第95話 ドミー、決断する
俺が率いる連合軍総勢82人は、【ブルサの壁】まであとわずかという距離に来ていた。
が、最後の障害に阻まれている。
「ここは【奇跡の森】と呼ばれております。なんでも、ムドーソ王国2代目国王ノーラ王の死後草原に雨が降り注ぎ、たちまち森となったという伝説があるそうです」
「…」
「というわけで、代々の国王は森の伐採を禁じ、現在に至るまで森は残されております」
「なあ、アマーリエ」
「何か?」
「【ブルサの壁】の目前にこれだけの森が広がってるのは邪魔じゃないか?」
「おっしゃる通りですな」
「…伐採しない?」
「私にはなんとも」
軍の機能を軽視するムドーソ王国らしい障害であった。
【ブルサの壁】に変事が起きた時、首都から来た援軍は森の真っ只中を横切れということらしい。
中に伏兵でも潜んでいたらどうするつもりなのだろうか。
草原地帯はすでに夜となっていた。
一応森の中に街道は整備されているが、暗闇の中立ち入るのは気が引ける。
というわけで、【奇跡の森】の入り口で野営となった。
この森がなければ俺たちの運命は大きく変わっていたはずだが、もちろんこの時は知る由もない。
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「ハンドサイン…ですか?」
ミズアが疑問の声を上げる。
【ブルサの壁】はもはや直前だが、恋人たちに新たな教育を施す。
「そうだ。いちいち声を使って情報伝達ができない場面は、今後確実に存在するだろう。そのために、簡単な情報だけでも手で表現しようと思ってな」
「ふーん。話はわかるけど、例えばどんなサインよ?」
ライナも干し肉を食みながら会話に加わる。
「例えば、人差し指を出した時は、『あっちの木陰が空いてるぞ』とか」
「…聞いた私が馬鹿だったわ」
「ドミーさま、素晴らしいサインです」
「無理して褒めなくてもいいわよミズア」
「本気です!」
「本気なの!?」
「マジで!?」
「あんたは悪ノリするな!」
「とまあ冗談はこのぐらいにして、まずは何種類か簡単なやつを…」
ハンドサインに関する打ち合わせを行い、その夜は早めに宿泊した。
明日からは、また色々と軋轢があるだろう。
【アーテーの剣】とも連絡が取れていないし。
だが、不完全ながらも大幅な強化を果たした連合軍を、評価してくれる人間もいるはずだ。
なんならまた【腕戦争】でも開催して…
まどろみのなかでさまざま思考を巡らしながら、俺は眠りの世界に旅立っていった。
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森の向こう側からでも聞こえて来る、人の怒号や悲鳴。
私が【ブルサの壁】の異変に気づいたのは、寝ずの番として見張りに当たっている最中だった。
「ライナ!」
ミズアはすでに察知しているようで、【竜槍】を携えて私のもとに向かう。
「木の上まで飛べる?」
「もちろんです」
ミズアは個性である【高速】を発動し、私を抱えて跳躍する。
森一番の大木にたどり着き、2人で状況を確認した。
【ブルサの壁】が、燃えている。
おそらく失火ではない。
守備兵の目を逸らすため、至る所に投げ入れられた火種によるものだ。
私たちが明日到着するはずだった【征服門】も、激しい炎に包まれている。
ここらからは見えないが、おそらく戦闘が繰り広げられているに違いない。
「ミズア、アマーリエやゼルマに報告して。私はドミーに直接話をする」
「はい!」
ミズアと共にすぐに大木から飛び降り、各々が果たすべき役割を果たしにいった。
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「何があった、ライナ」
ドミーは、すでにプレートアーマーと盾を着用していた。
「【ブルサの壁】が炎上している。誰かが戦っているみたい」
「喧嘩の類ではなさそうか?」
「全域に渡って炎上してるわ。おそらくオークの侵攻よ。80年ぶりのね」
「俺は本で読んだだけだが、それほど深刻だったとはな…とにかく連合軍の皆を起こそう」
「…ねえ」
「どうした?」
「戦争に、なるのかな」
私はケムニッツ砦のゴブリン討伐を思い出していた。
あの時は運良く、味方には一人の犠牲も出さずに済んだ。
でも、今回ばかりはそうはいかないかもしれない。
自分が傷ついたり死んだりするのは、そこまで怖くない。
でも、連合軍のみんな、アマーリエとゼルマ、ミズア、それにドミー。
誰かが傷ついたり死ぬのはー、
「きゃっ!?」
その時、私はドミーに軽く抱きしめられる。
甘美な快感が全身を突き抜け、思わず声をあげてしまう。
それだけではない。
おぼろげに共有しているドミーの感情が、ドミーの手を通じてこちらに流れ込んでいた。
それは、私が感じている感情と同じもの。
「心配するな。俺は自分の信念を貫く。この事態をなんとか収拾するし、最後まで味方に損害を与える作戦は取らない」
耳元で囁かれた。
その後、ためらいを見せながらも、次の言葉を紡ぐ。
「本当は、俺も怖い。でも頑張るよ」
「ドミー…」
私と同じように、ドミーも恐怖している。
でも、なんとか立ち向かおうとしている。
「ドミーって、本当に意地っ張りなんだから…」
私も頑張らなくちゃ、ダメだよね。
「すまんな」
先ほどの恐怖を、ドミーはすでに見せなかった。
「男ってのは、みんなこうなんだ」
軽口を叩き、自らを奮い立たせた。
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「ミズア、どう思う?」
連合軍が慌ただしく集結する中、俺はミズアを密かに呼び寄せた。
一つ相談したいことがあったからだ。
「場合によっては、メクレンベルクの血筋を引くミズアにとって不名誉なことかもしれない。だから、一度確認して起きたかった」
【ブルサの壁】の炎上の原因がどうあれ、俺が次に取る行動は決まっている。
だが、それはミズアの矜恃に反する恐れがあったからだ。
「…ドミーさま、気遣いは無用です」
「そうかな…」
「スキルに関係なく、ミズアの判断となります」
ミズアは柔和な微笑みを浮かべたが、目線には強い光が宿っている。
「エンハイム、ケムニッツ、連合軍の掌握。多少回り道をしながらも、ドミーさまは最善の道を取られてきました。今回の騒動も、必ずや最善の道を取ると確信しています」
「分かった。もう迷いはしない」
「ありがとうございます。もし【竜槍】が必要であれば、いつでもお声がけください。必ずや敵を討ち果たします。ただ…」
少し顔を赤らめる。
「今後は触れ合うのも難しい日々が続くでしょうから…」
「そうだな。どこを触られたい?」
「いいえ、ドミーさまにミズアの体を委ねるというよりは…」
「ん?」
ミズアは意を決して話し始める。
「ドミーさまのお体をお貸しください」
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「よしよし」
時間もないということで、ミズアのお願いは始まった。
が…
「なあ、これは一体なんなんだ?」
「膝枕、というものにございます。文字通り、ミズアの膝をドミーさまの枕として提供しているのです」
「お、おお…」
「よしよし」
確かに、ミズアの柔らかい膝は枕として素晴らしい。
時折頭をさすられる肉感的な手の感触も最高だ。
だが何よりも…
「ドミーさま、胸ばかり見てなんだか恥ずかしいです…」
「不可抗力だ、仕方あるまい…」
視線のすぐ先に浮かぶ二つの双丘。
これが俺の心を捉えて離さなかった。
「よしよし」
結局、ミズアはしばらく俺を膝枕し、楽しそうであった。
その真意を知るのは、しばらく後になってからである。
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「皆に今後の方針を伝える」
連合軍が勢ぞろいした後、俺は全員に下知した。
「これより、後方に向かって前進する!!!」
要するに逃亡である。
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