第86話 和解の宴
「ドミー将軍、これは…?」
「まあ、すごいわね」
訓練2日目の夜。
78人を率いて草原の野営地に戻ってきた私とゼルマを待っていたのは、宴の会場であった。
ー冒険者数人が座ってくつろぐために敷かれた十数枚の布。
ー布の上に置かれた、人数分の酒とパン
いや、良く見るとパンには上下2つに分割されており、間に何かが挟まっている。
肉だ。
おそらく、ただ火で焼いただけで何の味付けもしていない。
しっかり火に通しているようなので、腹を壊すことはないだろう。
「おい、なんだこのうまそうな匂いは…」
「【ブルサの壁】まではろくな食事はとれないと思ってたのに」
「ねえ!もう食べていいでしょ?」
それでも、軍事費削減のあおりを受け、基本パンしか支給されていない連合軍にとっては魅力的な食事に違いない。
エンハイムを始めとする街で食事は取れるが、なんと自腹だ。
貧乏な冒険者の中には、質素な食事で我慢する者も多い。
「【エリュマントス】を討伐するだけにしては長い間いないと思っていたが…まさかこんなことを考えていたとは」
隣のゼルマが愉快そうに笑う。
「あたしはなんとなくそんな気がしてたわ。でも、誰か数人手伝わせれば良かったのに」
「訓練の邪魔をしたくなかったのだろうな。将軍らしい」
「【エリュマントス】の肉は美味らしいから楽しみね…ってアマーリエ、お腹鳴ったわよ」
「…ゼルマもな」
「連合軍の者たちよ!今日はよく訓練に耐えた!朝方見ていたが、この俺をぎゃふんと言わせる出来であったぞ!」
驚きを隠せない連合軍の前に、ドミー将軍が姿を現した。
右手には、盃が握られている。
おそらくかなりの重労働だったろうに、疲れはみじんも見せていない。
「い、一生分働いたわ」
「ドミーさま、ミズアは料理の大変さを身をもって理解しました…」
…かたわらの補佐官2人は流石に疲れているようだが。
「いささか粗雑ではあるが、料理と酒を用意している!心行くまで食べ、飲み、語りあかそうぞ!」
ドミー将軍はそういうと、右手に握った盃を天高く掲げた。
「宴の始まりだ!」
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-この丸い食べ物が何かって?特別に教えてあげるわ。
-【挟み餅】よ。餅が何かって?まあ、パンみたいなものと思ってちょうだい。この丸い餅の間に食べ物を挟んで食べるのが、あたしの国の習わしだったのよ
-…もう滅んだけどね。
-ロザリー、いつまでドミーと話してるんですか。さっさと出発しますよ。
-はいはいレイーゼ。じゃあ行くわよ、あたしのドミー。
というわけで、パンに肉を挟んだ【挟み餅】もどきを再現しようというのが俺の発想だった。肉は焼いて食べるのが当然だが、それでは手が汚れる。
木の皿以外はナイフやフォークも支給されない貧乏連合軍にそのまま振舞っても、高い評判は得られないだろう。
特に調味料も何もないのは…美味とされる【エリュマントス】の肉で補う。
素材の味ってやつだ。
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という計画のもと始めたが、これは想像以上の苦労だった。
血抜きや皮剥ぎ(ミズアの力を借りた)など最低限の加工を終え、ある程度分解した肉を、手押し車で数回に分けて運んでいく。
…俺一人の力で。
「ドミー、少しぐらい手伝おうか?」
「ぬおおおおお!お前たちは調理で頑張ってもらう!それまで体力を温存しろおおおおお!」
「ドミーさま、流石です!」
「1年間女性3人の荷物持ちを務めた男を甘く見るなあああああ!あっ…腰が…」
…あまり思い出したくもないが、レイーゼの【トランスポート】スキルがあれば、かなり楽だったろう。
次は、肉を1人分のサイズに切り分ける作業だ。
「では参ります。刺と…」
「ストーップ!ミズアのスキル使ったら【エリュマントス】ごと吹き飛んじゃう!俺の腰の犠牲を無駄にするな…」
「分かりました。【刺突・弱】!」
「このタイミングで新技を編み出す!?」
最初は苦労したが、慣れてくれば流石は【竜槍】の使い手。
目にも止まらないスピードでみるみる肉を1人サイズに切り分けていく。
…【ファブニール】さん、ごめんなさい。
なんとか切り分けた肉を、次はライナの炎で焼いていく。
美味とはいえ、中に何が入っているか分からない。
できるだけ丹念に焼く。
「おお、流石ライナ。いい感じに焼けてきたぞ」
「【ファイア】をこんな風に使う日が来るとは夢にも思わなかったわ…」
「…実は俺は半生程度が好きでな。こっそり俺だけー」
「だーめ!あんただけ特別扱いとか兵士の士気が落ちるでしょ、ドミー将軍」
「ちぇーっ…しかし78人だけでは食いきれんなこれ」
「残りは乾燥させて干し肉にしましょう、焼きたてよりは味気ないけど、パンよりはましよね」
肉を焼き終わった時、すでに夜に差し掛かろうとしていた。
慌てて78人分のパンに肉を挟み込み、終わったと同時に連合軍がやってきたのである。
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「諸君、昨日はすまなかったな。俺もあそこまでするのは本意では…」
「【エリュマントス】の肉うめえええええ!」
「ダメだ、手が止まらん…!」
「誰かおかわりをくれ!酒もだ!」
「って誰も聞いてない!?」
最初は俺のかっこいい演説から始める予定だったのだが、飢えた連合軍の耳には届かなかった。
仕方ないので、なし崩し的に始めることとする。
とはいっても、【ドミー団】はまだ食べ始めない。
各自散会し、冒険者たちとの親睦を図る。
「おお、エーディトか。ケムニッツ砦では、【ウィンド】のスキルで最後のゴブリンを倒したとか」
「ご、ご存知でしたか?」
「勇士の名前を覚えるのは当然である。ささ、もう一献」
「ありがとうございます!いただきます!」
【ウィンド】の使い手が活躍したのは知っていたが、名前を知ったのは、アマーリエから手渡されたリストのおかげである。
ー常日頃、80人全員の経歴と戦功は把握しております。リストとして書き記しましたので、お役立てください。似顔絵も描いております。
ーありがとう、アマーリエ。というわけで、【ドミー団】の3人はこれを1日で覚えるように。
訓練前の打ち合わせ中にもらったリストだ。
800人は厳しいが、80人ならある程度は覚えられる。
睡眠時間を削り、何とか対応した。
「それでね、フェーベ。ドミー将軍の女装姿ったら最高なのよ!」
「ひぇー、あの鬼のようなドミー将軍がですかい!?」
「一度みんなにも見せたいわ。ぷぷぷ…」
ライナは俺の女装ネタ(もちろんスキルに関することは伏せて)を吹聴し、俺のイメージの軟化を図る。
…事前に決めてたことだが、なんだか恥ずかしい。
「ペトロネラさん、敵が来た時はバビュッとしてゴキッ!です」
「こ、こうですか?」
「そうです、筋が良いですね」
ミズアは【近接系】スキルの使い手に、自らの技を披露するという手段を取る。
…伝わっているかは分からないが、まあまあ好評のようだ。
ある程度親睦を深め合って、ようやく俺たちもパンと肉と酒にありつく。
少し離れたところで。
「ライナ!俺の腰の分の肉は残しておけええええけ!」
「肉食って腰痛が治るわけないでしょ!」
「…はぐはぐ」
完全に飢えた獣の姿を、兵士の前に見せるわけにはいかない。
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「みんな、今日の訓練は順調だったとアマーリエから聞いている。よくやった」
宴も終わりに差し掛かり、俺は改めて演説した。
ー昨日無理やり処罰しようとしとことに対する謝罪。
ー連合軍再編の必要性。
ー元々の冒険団の友誼を妨害するつもりはないこと。
ー事がなれば、倍の報酬を含め厚遇すること。
酔っ払ってはいたが、伝えたいことは伝わったはずだ。
「もう夜も更けている。数人の見張り以外は、しっかり眠って明日に備えてくれ。それでは、解散!」
言い終わると同時に、連合軍全員はあることをした。
拍手である。
言葉は発しなかったが、俺に対して一定の評価を下してくれたと受け取れた。
「みんな、ありがとう」
こうして、和解の宴は終結した。
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