第85話 ドミー、肉を手に入れる

 レムーハ記 動植物伝より抜粋


 【エリュマントス】は【ブルサの壁】周辺の草原地帯に住まうイノシシで、【草原の主】と呼ばれた。

 大きい鼻に牙と一見通常のイノシシであるが、その体は肥えた牛数頭分に匹敵する巨大であったため、モンスターに分類される。

 また肉食であり、草原地帯に住まう馬を牙で倒し、好んで食べた。

 個体数が少ないため人間との接触は少ないが、時折旅人や商人が犠牲となることもあった。

 だが、【エリュマントス】にはがあり、危険を顧みない一部の人間に人気である。



==========



 「あれが【エリュマントス】?」

 「らしいな。【ブルサの壁】へと向かう街道を塞いでるらしい」

 「縄張りなのでしょうか…」

 「向こうにも事情があるのだろうが、こちらにも事情がある。じゃ、手筈通りに」


 ライナとミズアを散開させて、俺は【エリュマントス】へと近づいていく。

 

 「ブモオオオオ…」

 見れば見るほど巨大なイノシシだ。

 通常サイズのイノシシでも、突撃されると命に関わる。 

 それが牛数頭分のサイズだというのだから、危険度は言うまでもない。


 ーあたしの【インサイト】で【エリュマントス】がいるのを見つけたの。ちょうど、【ブルサの壁】への最短ルートに陣取ってるわ。

 ー何が目的なんだ?

 ー分からない。好物の馬の気配を感じ取るのがうまいと聞くけれど…

 ーいずれにせよ、放ってはおけないか。


 ゼルマから報告を受けたのは、本日の早朝である。 

現在連合軍が訓練を繰り広げている地点から、程近い場所にいた。


 動物を無闇に殺傷する趣味はないが、到着予定日のギリギリまで訓練に明け暮れる以上、迂回ルートを選択することはできない。 


 というのをにして、【ドミー団】の3人で討伐に当たることとなった。



==========



 「やい!イノシシの化物!このドミー将軍が相手だ!」

 情報通り街道上で座り込んでいる【エリュマントス】を、挑発しておびき出す。

 「怖いのか?図体ばかりでかい臆病者め!逃げるなら今のうちだぞ!」


 一応逃走の機会を与えるが、まあ言葉が通じないんじゃ無意味だよな。


 「…」

 【エリュマントス】は無言で立ち上がり、俺を威嚇する。


 今逃げ出すなら許してやる。


 まるでそう言っているかのようだ。

 

 だが、俺は逃げなかった。

 「うおおおおお!!!」

 逆に、盾を構えて猛然と街道上を走る。

 遠目から小さく見えていた【エリュマントス】が、みるみる小山のようなサイズまで巨大になった。


 「ブモオオオオオ!!!」

 ここに来て、【エリュマントス】も挑戦を受ける気となったらしい。

 巨大な牙を振り回し、街道を猛進して、俺を一気に刺し殺そうとする。


 「ドミー!ちゃんとかわしなさいよ!」

 「はいよ!」

 だが、これは【ドミー団】の罠。

 わざと挑発して敵の攻撃経路を限定させれば、こちらの攻撃も当てやすい。

 

 すでに、俺の背後から【魔法系】スキルが迫っていた。

 俺は頃合いを見て横の草原に飛び込み、【エリュマントス】の攻撃をかわす。

 猛進していた【エリュマントス】は方向転換ができず、そのまま【魔法系】スキルの洗礼を浴びることとなった。


 それはすなわち、【ファイア】の亜種。


 威力を抑えた代わりに強烈な閃光をもたらすスキルで、ライナによって新たに【グリント】と名付けられた。

 

 「ブモオオオオ!?」

 強靭なモンスターも、視界を潰されては抗しようがない。

 悲鳴を上げ、右側に倒れ込んでしまう。

 猛進の最中だったため、勢いを殺しきれないまま滑っていき、周囲の土や草花を巻き込む壮大な横転となった。


 間髪を入れず、上空に1つの影が舞う。

 【竜槍】を携えたミズアだ。

 スキルは利用せず、【竜槍】を振り下ろす。


 「はあっ!!!」


 一閃。

 必要最低限の行動でダメージを与え、素早く後退した。


 「ブ、ブモオオオオ…」

  

 自分の身に起こったことが気付いていない【エリュマントス】は立ち上がったがー、


 「…!!!」

 首が、ゆっくりと胴体から離れる。


 どろりと血が溢れていき、全身が痙攣したと思うとー、


 「…」

 崩れ落ちた。

 そして、何も言わなくなった。


 「ふう、やはりこの連携は使えるな。でかしたぞライナ、ミズア」

 「屋外だから【グリント】が効くか不安だったけど、なんとかなったわね」

 「流石です、ライナ」

 「ミズアの動きも良かったわ!」

 「ありがとうございます」


 最低限の力で敵を葬る連携、【省力】。

 のは、隠れたメリットであった。



==========



 「勇猛なる【エリュマントス】の魂よ、安らかに天に昇りたまえ…」

 葬った【エリュマントス】の前で、【ドミー団】はしばし黙祷を捧げる。


 そしてー、


 「よっしゃあああああ!!!食うぞおおおおおおおおおお!!!」

 「テンションたかっ!でも私も食べたあああああい!!!」

 「おー、です。ドミーさま。じゅるり…」


 不味いとされる肉食獣の中でも例外的に美味とされる【エリュマントス】。

 その肉で料理を作り、連合軍に振る舞うのが俺の目的だった。


 アマーリエのフォローで多少は和らいでいるはずとはいえ、俺と連合軍の間には多少のわだかまりが残っている。


 それを、俺自ら手料理を振る舞うことで、解消の糸口にすると言うわけだ。

 

 エンハイムの街を出てから半月もまともな飯を食ってねえ!やってられるか!!!


 という【ドミー団】の個人的な欲望を叶える手段でもある。


==========



 「さあ!さっそく始めるぞ!!!」


 ー鮮度を保つための血抜き。

 ーナイフによる皮剥ぎ

 ー汚れを水で洗い落とす洗浄。


 やることはたくさんある。

 大抵のことはロザリーにこき使われながら教えてもらった。

 グロいので大半は俺がやりますけどね!


 「でも、こんなでかいの本当に調理できるのかな」

 「ミズアも、実は料理はそんなに得意ではありません…」

 「心配するな!!!」


 残念ながら料理の嗜みがない2人だが、大事なスキルを持っている。


 「ライナ!お前は、炎を自在に操るスキルを持っている。ミズアは【竜槍】を使って、正確無比に肉を切り裂ける。つまり、火とナイフだな。この2つがあれば、大抵の料理はこなせる!」

 「なるほど。さすがドミーさま」

 「それはいいけどさ…」


 ライナは事前に待機させていた荷車を指差す。

 物資を運ぶため、連合軍が何台か利用している人力の手押し車だ。

 

 「肉、ドミーが荷車一台で全部運ぶことになるわよ…」

 「うん…」

 「…ドミーさま?」

 「くそおおおおお!なんでムドーソ王国の人間は馬を使えないんだよおおおお!!!」

 「知らないわよ!何故か知らないけど、オークにしか懐かないの!」

 「この時だけオークになりたいいいい!」

 このような事情があり、ムドーソ王国軍は機動力を欠いていた。

 他の国では馬を扱える人間も存在していると聞いたが、今は関係ない話である。


 「ドミーさま、ちなみにどのような料理を作るのですか?」

 「それはすでに考えている!」

 

 肉以外の素材は、保存食のパンと酒しかない。

 この状況でおいしい食事とするにはー、


 「すなわち、挟む!だ」

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