第80話 アルハンガイ草原での戦い

 レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋。


 オークは、草原地帯にて遊牧を営む種族である。

 知能はほぼ人間と変わらないが、スキルを会得できないという意味で、ムドーソ王国では「半知覚種族」とされた。

 人間よりはるかに優れた身体能力を持ち、草原に住む馬を飼いならして移動手段としている。


 オークの特徴の一つとしてあげられるのが、繁殖力の高さだ。

 正確に計測されたことは無いが、人口は約50万人とされる。

 ムドーソ王国は約5万人なので、その差は約10倍。

 オークは統一された国家を持たないため一枚岩ではないが、それでも差は歴然である。


 故に、ムドーソ王国の統治が草原地帯まで及ぶと、2つの勢力は頻繁に衝突するようになった。

 オークはスキルの存在を知ってはいたが、人口差で補えると慢心していたと伝わっている。


 そして、ムドーソ歴20年の6月。

 オークは遂に軍事行動を起こした。

 有力種族が結集して連合軍を編成し、自らの領域に進出した人間の排除にかかる。

 その数、およそ5万人。

 この緊急事態に対応するため、ムドーソ王国3代目国王、ムドーソ・フォン・ノーラは自ら草原地帯に向かった…


 

 ==========



 「道化さん、お茶を一杯もらえるかな」

 「はーい!」

 

 【守護の部屋】の玉座に腰掛けながら、ノーラは召使いに命令を出す。

 【守護の部屋】内部に唯一入室を許された世襲制の【道化】だ。

 その名の通り道化の格好をしている女性で、背はかなり低い。

 

 「すまないねえ、こんな遠くまで。ことが済んだらすぐ帰るようにするから」


 【守護の部屋】は現在、空中を浮遊しながら、オークの集結地点に向かっている。

 

 -オークどもが、大挙して我が国の国境を侵しました!

 -王よ!もはや【守護の部屋】を動かすしかありません!

 -愚かな蛮族どもに、【赤の裁き】を下してください!


 趣味である絵画を楽しんでいる最中の急報だった。


 「かえったら、またおえかきする?」

 「そうしたいねえ。…どうも、殺しは疲れる」

 「つかれないひとなんていないよ」

 「そう思いたいんだが、どうもご先祖さまの事績を見るとそうは思えないんだ。まったく、因果な血筋に生まれちゃったよ私は」


 ノーラは、始祖エルムスからムドーソ王国を実質簒奪した2代目国王、チディメの長女である。

 何かと血なまぐさい歴史に彩られた王朝の空気を払拭するため、実質的な奴隷である【道化】にもへりくだるのがノーラ流のやり方だった。



==========



 やがて、ノーラと【道化】を乗せた【守護の部屋】は、オークの集結地点へと到達する。

 広大な草原が広がる地、アルハンガイだ。

 すでに数万にもなる武装したオーク軍が集結しており、ムドーソ領へと進行する準備を終えている。

 オーク兵の多くは騎乗しており、攻城戦ならともかく、野戦では相当な強さを誇るだろう。

 人口が10分の1のムドーソ王国がまともにぶつかれば、多大な損害を出すに違いない。


 ノーラは、【守護の部屋】をオーク軍の頭上に動かした。

 地上にいる誰の目にも見えるように。


 オーク兵ははじめ困惑の声を上げるが、やがて矢を一斉に射掛ける。

 数百本の矢が【守護の部屋】に迫るが、全て【青の防壁】に阻まれた。

 【赤の裁き】の自動迎撃はギリギリ発動しない距離なので、一方的に攻撃を受け続ける。


 -提案なのだが…少し威嚇して追い払う手もあるのではないか?なんなら和平の使者をー

 -何をおっしゃいます!たかが半知覚種族に妥協しろというのですか!?

 -民が望むのは1つだけ、容赦のない報復ですぞ!


 「やるしかない、か…」

 ノーラは争いや流血を好まない人物だったが、同時に厳格な王としての資質を備えていた。

 家臣が、いや民が望むことは、意に添わぬことでも実現しなければならない。


 「道化さん。きっと、ムドーソ王国の寿命は長くないんだろうね。今でも血なまぐさい歴史を重ねているのに、また新たな流血が加わるんだから…ムドーソ王国の歴史書は、血のインクで赤く染まる」

 「でも、きっとほめてくれるひともいるよ?」

 「そりゃ、利益を得る人はね。さあ、始めるとしようか」


 【守護の部屋】が赤く染まっていく。

 ノーラは、ムドーソ王国の国王としては唯一、【守護の部屋】に関するスキルを保有していた。

 それは、【赤の裁き】の威力を時間経過で高めていく【極射】である。

 草原地帯に到着するまでの3日間、ノーラは【赤の裁き】の威力をひたすら高め続けていた。

 一瞬で戦いに決着をつけるために。



==========



 「…鉄槌を下せ、【赤の裁き】よ】


 オークが赤く染まる【守護の部屋】に恐怖を抱き始めたとき、それは起こった。

 

 一瞬、部屋から閃光が走ったかと思うとー、


 オーク軍の中央で大爆発が起こったのだ。

 弓や投石では到底実現できないほど、強大な破壊力。

 

 数千のオーク兵は肉体が蒸発、さらに数千のオーク兵が即死、さらに数千のオーク兵が消し炭と化した。

 草原地帯では火災が発生して、辛うじて生き残ったオークを瞬く間に飲み込んでいく。


 精強なオーク兵が集っていた草原は、瞬く間に地獄と化す。

 生き残りは悲鳴を上げながら逃げ惑い、オーク軍は崩壊した。

 


==========



 だが、気丈にも抵抗を試みるオーク兵たちがいる。 

 弓矢がなくても、槍や石を投げつけ、【守護の部屋】の攻撃を行った。

 戦意が残っているのは、残り5000人といったところ。

 

 「まだたりないよ」

 「分かってるさ」


 再び、【守護の部屋】が赤く染まる。

 先ほどの【極射】は、約半分ほどの威力だった。

 不測の事態に対応するため、2射目を射てるよう調整したのだ。

 5000人にはやや過剰な攻撃であるが、その分1人も残さずに平らげるだろう。


 「しばらく、絵を描く気分にはなれそうにないな」


 ノーラは吐き気に襲われながらも、第2射目を放った…



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レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋。


 アルハンガイ草原の戦いで、約30000人のオーク兵が焼かれた。

 効果は絶大であり、数日も経たずして降伏の使者がノーラ王の下を訪れる。


 ー戦争指導者の処罰

 ー草原地帯の一部をムドーソ王国に編入

 ー軍事力の削減

 ー部族の解体と再編

 ー交易の開始 

 ーオークとムドーソ王国の境界線に【ブルサの壁】を建造

 

 ノーラ王は比較的寛大と言える条件でそれを受け入れたが、オーク側から引き渡された戦争指導者は、報復を求める貴族たちによって残虐に殺害された。


 いずれにせよ、この勝利によってムドーソ王国の版図は広がり、ノーラ王は【賢王】と呼ばれることになった。

 経済や文化も発展したため、この時をムドーソ王国全盛期と位置付ける研究者も多い。

 ただし、ノーラ王はこの出来事を称賛されることを嫌い、表立って口にする者は少なかった。


 王が草原地帯に到達するムドーソ暦100年まで平和が保たれため、この期間は【80年の平和】と呼ばれている。 


 

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