第78話 主従の交わり
なぜ、こんな悲しい過去を今更振り返ろうとしたのだろう。
これまで封印してきたのに。
【インサイト】を使えばいつでも見れるヒルダの【念写】も、ずっと見ないできた。
なのに…
ーゼルマ、【モイラの誓い】はAランクまでの成り上がりを目指すが、それは私利私欲じゃないぞ。
ーじゃあ、何を目指すの?
その理由はすぐに分かった。
きっと、あの男性のスキルの効果なのだろう。
悲しい記憶に覆い潰されてきた懐かしい記憶、過去の想い出が蘇ってくるのだ。
ーそれは、この世界で苦しむ人を救うためだ!
ー苦しむ人を…?
ーそうだ。村の中はこれまで平穏だったけれど、外を一歩出ればモンスターや盗賊たちがみんなの生活を脅かしている!見過ごせてはおけない!
ーあたし、戦闘に使えるスキルじゃないけど大丈夫かな。
ーもちろん!ゼルマのスキルにはいつも助けられている。必ずみんなの役にも立てるさ!
ー…ありがとう。
ーさあ、アマーリエが待ってる。そろそろ出発するぞ!
3人で訓練に明け暮れた日。
初めてモンスターを3人で倒した時の達成感。
人を救い感謝された時の喜び。
時には喧嘩もしたけど、最後には仲直りして、一歩ずつ前に進んできた。
悲しみで覆い隠しても、それらは穢れることはない。
ごめんね、ヒルダ。
今は亡き大切な人に、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
あたし、あなたの志を忘れていた…
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「ゼルマ!」
経過を見守っていた私だが、思わず声をあげてしまった。
ゼルマが、涙を流したからだ。
ヒルダを亡くした日の夜から、感情を極力出さなかった、大切な人の涙。
だめだ、想いを気取られるぞ。
内なる声の警告も無視して、抱きしめてしまう。
それが、あくまで友人として接してきた自分の心情に背く行為であっても。
「ごめん、アマーリエ…びっくりさせちゃって」
「どこか痛いところはないか?」
「大丈夫…ねえ、一度アマーリエの目を見て話したい」
「ああ、すまない」
少し距離を置く。
久々に見るゼルマの瞳は、金色だった。
3年前に見た時よりも、さらに美しく輝いているように見える。
「まず、謝らせて。あたし、アマーリエの想いに気付かないふりをしてきた」
「…違う!そんなことはー」
「あたしは、結局ヒルダに想いを伝えられなかった。それを、すごく後悔してる。アマーリエにもそうなって欲しくない」
「ゼルマ…」
「ごめんね、今更こんなこと言って。今は…まだ答えを出せないけど、いつか必ず答えるから」
ゼルマは、一度言い出したことは最後まで貫く人間だ。
それは、なによりも一番私がよく知ってる。
「…分かった。いつまでも待ち続けよう。どんな答えでも、恨みはしないさ」
「ありがとう…それとね、ヒルダの志を継ごうと思ってるの」
ゼルマは、【念写】された絵に目をやる。
「視力を取り戻して、自分の目で見て分かったの。ヒルダは…ずっと昔のまま。あたしたちは3年の月日が確実に流れてるのに。それが、大切な人と別れることなんだって」
「…」
「でも、あたしたち2人しかできないことがある。それが、ヒルダの志を継ぐこと」
「ヒルダは、常に言っていた。この世界で苦しむ人々を救いたいと…」
「うん。だからー」
ヒルダは、私に手を伸ばした。
まだ涙は完全に収まっていないが、瞳には強い意志が感じられる。
「あたし、もう少しだけ仕事を頑張るよ。アマーリエだけに負担をかけないようにする。一緒にヒルダの、いや、【モイラの誓い】の志を遂げよう」
私は、ゼルマの手をしっかりと握った。
「ゼルマが、そう望むなら」
3年間停滞していた時の流れが、一気に動き出す。
【モイラの誓い】は、完全に復活した。
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「すみませんドミー殿。このゼルマ、お見苦しいところをお見せしました」
「いえ、全ての責はこのアマーリエにあります。ゼルマには何の罪もありません」
「ちょっと、またあんたは自分で責任被ろうとするんだから」
「すまんすまん、これからはゼルマと折半しなくてはな。連合軍の管理も全て」
「…とりあえず3割ぐらいから始めましょうか」
詳しいことは分からないが、アマーリエとゼルマが新たな決意を固めたのは感じ取れた。
この2人の志に背くことがないよう、俺も頑張らなくてはいけないだろう。
「それではアマーリエさん。ゼルマさんー」
「もうゼルマでいいでしょ」
「右に同じく」
「はい…アマーリエ、ゼルマ。2人と新たな誓いをかわしたい。【断金の交わり】も考えたが、今回は不適当だろう」
2人、いや3人の絆に俺が介入するのは道に反するからな。
「だから、今回は【主従の交わり】を結ぶこととする」
「「はっ!」」
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「【男性】ドミー!アマーリエとゼルマの主として命を下しつつ、【モイラの誓い】が志を遂げられるよう支援する!」
「【モイラの誓い】のアマーリエ!ドミー殿の命に従いつつ、【モイラの誓い】が志を遂げられるよう尽力する!」
「【モイラの誓い】のゼルマ!ドミー殿の命に従いつつ、【モイラの誓い】が志を遂げられるよう尽力する!」
「「「「この誓いは、何者も破ることはできない!!」」」
紆余曲折を経ながらも、俺は新たな家臣と連合軍80人を手中に収めた。
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レムーハ記 人物伝より抜粋
指揮官アマーリエ
功臣序列第6位。元はムドーソ王国の冒険者パーティ【モイラの誓い】の一員。攻撃的なスキルは保有していなかったが、軍の組織化に長けていた。後に新王国軍最高司令官に就任し、王がレムーハ大戦で100戦100勝するのを助けた。
天網のゼルマ
功臣序列第7位。アマーリエと同じく【モイラの誓い】の一員。スキル【インサイト】は広大な視野を王にもたらし、後に【天網】と呼ばれるまでに至った。晩年は政治活動から引退し、孤児院【ヒルデ院】の経営に専念する。
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