第72話 ドミー、高らかに二股を宣言する

「…嫌だ」

 「え?」


 俺は思わず、子供のような拒否をしてしまった。


 「俺は、ミズアとそんな関係になるのは嫌だ!一方的な献身を受けて、それを利用するだけの人間にはなりたくない!」

 「ドミーさま…?」

 

 だめだ、熱くなっては。

 ミズアは冷静に話していると言うのに。


 「すまない。少し時間をくれ」

 一度深呼吸し、思考を整える。

 ミズアは、その間何も話さなかった。


 「俺たちは、初めの出会いこそ成り行きだったかもしれない。だが、腐敗した王国を改革するという共通の目的の下、生死の境目を何度潜り抜けてきた」

 「…」

 「【廃兵院】では【断金の交わり】を結び、互いの意思を尊重しながら目標を達成すると誓っている。なのに、俺がミズアだけに我慢を強いる関係なんて悲しいじゃないか…」

 「で、でも!」

 ミズアがようやく口を開く。

 「ドミーさまは王になられるお方です。ライナはともかくミズアをことさら特別扱いするのはー」

 「いや、俺にとってミズアは特別だ!!!」

 「…!」


 椅子から立ち上がり、言い切った。

 それが、俺の本音なのだから。  


 「これは、スキルによる支配を達成したいという野望とは違う。信頼できる友人や愛する人と共に過ごしたいという、人として当然の思いだ。だからー」


 感情が昂って思わずミズアに触れそうになったが、やめた。

 それは、スキルによる支配に過ぎない。

 

 「ミズアが俺を愛しているというなら、喜んでその想いに応える!」

 「ドミーさま…!」


 ミズアは、俺が今まで見たことがない表情を浮かべる。

 嬉しさと恥ずかしさと戸惑いが交じりあっており、彼女の複雑な心境が垣間見得た。

 「でも、もしミズアがドミーさまの足を引っ張るようなことがあればー」

 「『成功も失敗も共に分かち合う』と言ったじゃないか。何があっても悔いはしない」

 「本当に、本当にミズアの想いに応えてくれるのですか?」

 「当然だ!俺に二言はない!」

 「…嬉しい、嬉しいです」


 ミズアのはにかんだ表情を見て、俺は安堵した。

 お互いに本音で話ができてー、


 「でも、ダメです!!!」

 「ええ?!」  


 今度は、ミズアが立ち上がった。 

 顔を赤くしながらも、俺を強い目線で見つめている。


 「ライナは、どうするのですか…?」

 「ミズア…」

 「この世界では、特別な想いを共有できるのは2人だけと決まっています。ドミーさまとミズアが想いを遂げてしまっては、ライナが1人になってしまうではありませんか」

 「…」

 「ミズアは…はしたなくてずるい女です。ドミーさまに想いを伝えたいと思いながら、ライナの友情は裏切りたくないという身勝手な考えを持っています」

 「分かった、分かったから泣くなミズア…これは、俺の責任でもある」

 「もう、どうしたら良いのかわかりません…!」

 気丈に振る舞っていたミズアも、最後は膝から崩れ落ちる。


 この世界では女性同士で家族を作るというのに、男性を好きになってしまった。

 それだけでなく、自分の想いによって友人との友誼が壊れるのではないかと苦悩する。

 どうして良いか分からなくなっても、無理はない。


 俺はミズアの悩みに応えければならなかったが、実はもう答えは決まっていた。


 「ミズア、俺は…」 

 口を開こうとした時ー、


 カラン。

 入り口で何かが落ちる音。

 ライナだ。

 【ルビーの杖】を取り落とし、こちらをじっと見つめている。

 そしてー、


 「ごめん!ミズア!私、あなたの気持ちも知らないでー」


 こちらに向けて走り出す。

 最初はゆっくりと、次第にスピードを上げて。


 「きゃあ!?」

 が、月明かり以外何もない暗闇の中で走り出すのが良くない結果を招く。

 足を滑らせ、思いっきり床にダイブする態勢となった。


 「危ない!」

 俺は当然ライナを守ろうと疾走する。

 なんとかダイブするライナを受け止めるのだがー、


 「いやん!」

 当然、【ビクスキ】の影響を受けてしまう。

 俺の体に勢いよく衝突したため、空中で【絶頂】する形となった。

 勢いは止まらず、そのまま2人後方のベッドに落ちていく。


 「ドミーさま!ライナ!」

 最後はミズアだ。

 俺とライナを受け止め、ベッドまで安全に着地させようとする。

 「…あっ」

 当然、ミズアも空中で【絶頂】する。

 そのまま、3人はベッドに倒れ込んだ。


 ビクンビ◯ン。


 シリアスな雰囲気は、一度破壊された。



==========


 「自分の想定とは違う展開になっているのが気になって、様子を見に来たと…」

 「ドミーの【ビクスキ】に支配された女性は、ドミーが体験した情報をおぼろげだけど共有してるからね…プライバシーを侵害したのは謝る」

 「警護に当たっていたCランク冒険者はどうした?」

 「いったん帰らせたわ。今は3人とも起きてるし、ローブの暗殺者が来ても対応できるはずよ」

 「そうか、ならいいんだが」

 「だからー」


 ライナは呆れているようだった。


 「良い加減土下座をやめなさい」

 「はっ…」


 俺は【通常土下座】の体制を解く。

 【ジャンピング土下座】よりも格式は低いが、謝罪の意を示す方法として各地で行われている。


 「ドミーが歴史に名を残すとしたら、『土下座の価値を下げた男』としてでしょうね」

 「そんな王様が一人ぐらいいてもいいかもしれない」

 「はいはい、良いから立ち上がりなさいよ」


 ミズアとライナは、寝台の端に並んで座っている。


 「よしよし。もう大丈夫よ、ミズア」

 「…ありがとうございます」

 ライナはミズアの頭を撫でて、慰めていた。

 出会ってから短い期間ではあるが、2人に確かに友情が芽生えているのを嬉しく感じる。


 俺は立ち上がり、2人と相対した。

 


 ==========



 「まず謝らせて、ミズア。私が軽々しくライバルだなんて言ったから、ミズアの心を傷つけてしまった…」


 まず口火を切ったのはライナだった。

 そんなことがあったとは知らなかったが、軽い冗談のつもりだったのだろう。

 ライナは、人をむやみに傷つけることを好まない女性だ。

「いいんです…ミズアも、ドミーさまとライナに隠し事をしていました」

「図々しいかもしれないけど、これからも私の友達でいてくれる?」

「はい…!」


 本来なら、お互い謝るようなことではない。

 だが、それで両人が納得するならよいだろう。


 「…じゃあ次は俺だ。ライナー」

 「謝らせて、でしょ?まったく、うちのパーティは泣いたり謝ったりの繰り返しね」

 だが、ライナは嬉しそうだった。

 「まあ、その分特別な体験を一杯できたから良いかもね。で、何を謝りたいの?」

 「俺が、ライナとの関係を曖昧にしてきたことだ」


 先ほどミズアに気付かせてもらったことを、きちんと伝える。


 「単刀直入に言うが、俺はライナが好きだ」

 「なっ!?あんたいきなり…」

 「しなやかな肢体と美しい金髪を持つ魅力的な女性として、情に厚く涙もろい優れた人格者として、【魔法系】スキルを縦横無尽に扱う戦友として、俺にはもったいないぐらいの人物だ。これからも、常に行動をともにしたいと思っている」


 「…は、恥ずかしいじゃないのよ」

 俺だって恥ずかしい。

 だが、言わなければな。


 「でも、こういう感情をはっきり伝えて良いか迷いがあった。女性同士でパートナーを結ぶこの世界で、ライナの負担になるかもしれないと思ったからだ」

 「…」

 「だが、今日で逃げるのはやめにする。俺はライナが好きだ」


 ライナは顔を炎魔法のように真っ赤にし、視線をそらして自らの金髪を触っている。

 だが、意を決したのか、話し出す。


 「私も…ドミーが好き。1人の人間として。女性とか男性とか、そんなことはどうでもいい…大好き」


 「…ありがとう。本当に」

 目頭が熱い。

 だが、今は我慢しよう。


 「お礼は私がいうべきよ。ドミーがいなかったら、私はもう何回死んでたか分からない。力を授けてくれて、再起するチャンスを与えてくれた」

 「ライナ…」

 「これからも一緒にいましょう、ずっと」

 「ああ、約束する」

 「嬉しい…でも、話にはまだ続きがあるんでしょ?」


 ライナは喜びながらも、俺を後押しした。

  

 「すまない」

 俺は、隣のミズアに向き直った。


 「欲張りかもしれないが、俺はミズアのことも好きだ」

 「ドミーさま…」

 ミズアは胸をギュッと抑えた。

 緊張しているのだろう。

 だが、俺の視線からは目を逸らさない。


 「恥ずかしい話だが、ミズアのシルクのような白い髪、サファイアの蒼い瞳は初めて見た時から魅了されている。【廃兵院】では勇気を奮って【竜槍】を抜き、強敵と一歩も引かず戦った。ケムニッツ砦でも俺の無理難題に応え、使命を果たしてくれた。戦場を離れれば控えめな性格も、いじらしく思っている」


 「そんな!ミズアはそんな感謝されるようなことはしていません」


 ライナとは、少し違う反応。

 だが、根底に流れる想いは、きっと同じはずだ。


 「ミズアは、ドミーさまにずっと助けられてばかりです…もしドミーさまと出会えなかったら、今頃病で死んでいたでしょう。そうでなくても、【竜槍】など永遠に抜けなかったに違いありません」

 「俺は、少し手助けしただけだ」

 「いいえ!そうではないとはっきり言えます。もしこれを否定するものがいれば、ミズアは許しません」


 ミズアは、控えめな性格から脱却しつつあった。

 病に侵される前の本当のミズアが、顔を出しているのもしれない。


 「ドミーさま、ミズアは、もう逃げません。ミズアも、ドミーさまが大好きです…!」


 涙も流さず、強い口調で言い切った



==========



 「ありがとう、ミズア」

 「はい!」


 さて、問題はここからだろう。

 この世界で決して普通とは言えないが、誰にも負けない感情で繋がった者たち。

 それをどう昇華させるのか。


 ライナとミズアも、こちらを緊張しながら見つめている。

 問いは明白だ。


 


 「決めた!」

 俺は叫んだ。

 そして、自分の意思を2人に伝えた。




 「俺は!!!ライナとミズアをどちらも愛する!!!」

 

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