第70話 凱旋と本音

 要らざる客が消沈して帰った後、総勢83名の連合軍はエンハイム城へと入場した。


 「ドミーさまが帰られたぞ!」

 「辺境に安定を取り戻した英雄、【男性】ドミーに栄光あれ!!!」

 「ええい、あたしにもドミーさまを拝ませてよお!」


 待ち受けていたのは、エンハイム城の住民だけではない。

 ロストック、マインツ、ゾーリンゲン。

 エンハイムと同盟を組んで自警団を結成していた、辺境都市の人間たちも押し寄せている。

 おそらく、地主や大商人といった指導者層であろう。

 決して広大とは言えないエンハイム城に追加で数百人が押し寄せたため、文字通りすし詰め状態となっていた。


 今日は一日休む暇がないだろうな…


 にこにこ笑顔を浮かべて手を振りながらも、内心はややうんざりだった。

 戦果をあげた者に対する表彰、祝賀の宴、辺境都市の要人との会談。

 やることは腐るほどある。

 【アーテーの剣】を追放した今、【ドミー団】とアマーリエ率いる連合軍80人がムドーソ王国代表なのだから。


 -ユリアーナ、俺がゴブリン討伐を成功させたら、傘下にしている都市の要人を連れてきてくれ。辺境に安定が戻った祝いといえば、誰もが喜んでやってくるだろう。

 -我ら辺境の民の願いを全て聞き届けてくれるのですから、その程度は喜んでお引き受けします。

 -細かい調整は一任する。

 -ははーっ!


  まあ、自分でこのような状況を作ったのだから文句も言えまい。

  せっかく地方に来ているのだから、ついでにスキルによる支配を波及させるのが上策だろう。


 「笑顔が引きつってるわよ、英雄ドミー」

 小声で指摘を受けたので振り返ってみると、ライナが文字通り太陽のような笑顔を浮かべていた。

 手を盛んに振り、群衆の期待に応えている。


 その隣にはー、


 「な、なんだかドキドキします…」

 ミズアが【竜槍】を抱え、エンハイムの街を恐る恐る歩いていた。

 時折手を小さく振るが、一部の群衆はライナの時より歓声をあげている。


 2人合わせて勝気な姉と弱気な妹と言ったところだ。

 …肉体の成長はやや妹の方が勝っているが。


 「今変なこと考えなかった?」

 「いえ、何も」

 「一瞬でドミーさまの考えを読み取るとは、流石ですライナ」

 「ミズア、あなたも目を見れば分かるわ。注意深くね…」


 軽口を叩きながら、エンハイム中央の会館へと向かった。



==========



 政治的なセレモニーは、群衆の熱気を受けつつも、淡々と進んでいく。


 まずは、今回ゴブリンの討伐に至った経緯の説明だ。

 すでに何度か宿泊している街中央の会館が会場となり、多くの人間が押しかけている。


 細かい説明は、事情に詳しいユリアーナやアマーリエに一任した。

 辺境に初めて来たばかりの人間が説明するのは不自然だからな。

 最後に、満を持してという形で俺が登壇する。


 ー1,000年に一度生まれた【男性】という存在であること。

 ー【スキル】を持たないが、辺境の苦境を聞いてあえて連合軍に加わったこと。

 ーアマーリエたちの協力を受け、激闘の末ゴブリンを打倒したこと。


 …最初以外は嘘八百である。

 「野望のために良く知らない辺境に来た」「3人でゴブリンの砦を壊滅させた」と明かすのはメリットがないので仕方ない。


 特に工夫を施した演説ではなかったが、まあまあ好評であったと感じる。

 

 王国から打ち捨てられた辺境の民と、何かと差別を受ける【男性】。

 そこに、何らかのシンパシーを感じた【女性】も多かったのではないだろうか。


 ミズアとライナに関しても、ムドーソ王国有数の勇者であるとは明かしていない。

 だが、ミズアに関しては1度だけ話題に上った。


 「私の【従者】ミズアも、槍をふるって一定の戦果を挙げました。よって、【従者】ではなく正式な連合軍の一員として遇したいと思います」

 「ありがとうございます!」 

 大した報酬ではないが、ミズアが喜んでくれて何よりだ。


 その後、アマーリエやゼルマを始め、戦果を挙げた者に対する表彰が行われていった。



 ==========



 次に行われたのが、祝宴の宴である。


 兵卒や一般市民は野外で、地元の有力者は会館内で行う形式となる。


 ライナ、ミズア、アマーリエとともに、俺は会館内で参加した。

 ゼルマは【アーテーの剣】の監視をお願いしているので不参加だが、恐らく当人もそっちの方が楽だろう。


 もちろん、ただ食事をとって休憩するのが目的ではない。


 「【男性】ドミーは、皆の衆と出会えたことを記念し、お一人ずつお声がけしたいと仰っている。希望者は前に出るように」


 盟主たるユリアーナにそう言われて、断れる者は誰もいない。

 自ら俺の前に進み出て、次々と【ビクスキ】の支配を受けていった。

 最近は力の強弱で【絶頂】の度合いを調節できるようになっており、声を上げさせないまま支配することもできる。


 間接的ではあるが、有力者を通してロストック、マインツ、ゾーリンゲンなど他都市にも支配の手を伸ばしていった。


 その後はライナとミズアも伴い、野外でどんちゃん騒ぎを行っている市民たちにも声をかける。


「この【男性】ドミーというのは、触るだけでどんな病や怪我も癒す奇跡の腕を持っています!私も何回ビクン◯ク…じゃなかった癒されたかわかりません!」


 「こ、このミズアも、お腹の病が一瞬にして完治しました。おすすめです…」


 【腕戦争】、マッサージに続き今回は医者である。

 もちろん、費用は無料だ。

 以前エンハイム城中枢を抑えた際に支配し損ねた者、他都市から従者として来たものを中心に勧誘し、支配を重ねていく。

 見るべき能力がある者には声をかけ、こうお願いした。


 「ユリアーナさんにこう言ってください。ドミーから推薦を受けたと」


 あとは、ユリアーナが遺漏なく取り計らうだろう。



==========



 夜。


 辺境都市の要人たちとの会談は、昼の間に主だった者の支配を完了させていたので、大きな動きもなく進む。


 強いて言うなら、1つだけお願いをした。


 ー街に帰ってから、ドミーの名は出さないようにして欲しい。


 ほぼ支配を完了させたエンハイムとは違い、急激な情勢変化に戸惑っている人間も多いだろう。

 大した依頼でもないので、意に沿わぬ命令をするのに必要な【服従条件】を満たさずとも聞き入れられた。

 その後は、要人たちが話す内容の聞き役に徹する。

 …完全に理解するには、俺の教養が足りないからな。


 共通しているのは、辺境に対して恩徳を施さないムドーソ王国への不満であった。


 それらも終了し、最後にユリアーナと会談を行う。

 念のため、後ろにはライナとミズアを控えさせた。


 「この名簿は、なんでしょうか」

 「エンハイム城や各都市で、軍事能力に秀でている者たちの名簿だ。全員を支配下に置いてないので未完成だが、我慢してくれ。何人かは、俺に推挙されたと言ってやってくるだろう」

 「あ、ありがとうございます。しかし、こう言ってはなんですが、このユリアーナはおそらく軍事に才がありませぬ」

 「それは、まあ。そうだな」


1.【盟主】アマーリエ(【強化】前)


種族:人間

クラス:政治指導者

ランク:B+

近接:12

魔法:8

統治:85

智謀:74

スキル:【種子活性化】

個性:【動員】【策士】【動転】

服従条件:ドミー様が辺境に安定をもたらす


一口コメント:策を好むが本当は統治向け


 もともと、農作物の収穫を増やすスキルで名を上げたらしい。

 自らの成し遂げたいことに呼応する人間を増やす【動員】、ライナと同じく智謀にプラス補正を与える【策士】、混乱状態に陥った時の期間を伸ばす(つまりデメリット個性)【動転】の個性を保有している。


 戦争は、基本向いていない。

 特に常日頃行動を共にするわけでもないので、積極的な【強化】も行っていない。

 日によって統治者の能力が変動すると領民が困るだろうし、素のステータスも十分ある。


 「自信がなければ、軍事に秀でている者に任せると言う形でも良い。とにかく、形だけでもいいから、自警団に留まらない本格的な軍隊を用意しておいてくれ。そうすれば、今回のような事態が起こった時、幾分マシな動きが出来るはずだ」

 「分かりました」


 練度については、後で俺が直々に訓練を施すから心配ない。


 そこまでは言わなかった。

 それは、もう少し先の話だろう。


 

=========



 深夜になり、全ての工程が終わって俺は寝室に戻った。


 「お待ちしてました、ドミーさま」

 寝室にいるのは、ミズア1人である。

 簡素な下着以外は、なにもつけていない。

 「今日は1人だけですが、ミズアをどうか可愛がってください…」


 なぜこのような状況になっているかなんとなく察しはついたが、その前にやるべきことがある。


 「ミズア、その前に聞きたいことがある」

 「…?なんでしょうか」


 「お前の本音だ」


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