第68話 戦いの終結と決意

討ち死にしたビーンの代理となったのは、ソーンという者だった。

 ビーンとの血縁はないが、軍事担当官として寵愛された経歴の持ち主である。

 突如天から襲来した恐ろしい悪魔によって多くを殺され、統率を保っているのは200匹足らずとなっている。

 生き残りも多くが負傷しており、逃走する途中で多くが脱落していった。


 「なんとか【ブルサの壁】を超えるのだ!そうすれば…」


 ゴブリンにしか伝わらない言語で、ソーンは周囲を必死に鼓舞する。

 やがて、標高の高い山に囲まれた谷に到達した。

 ムドーソ王国では【イトスギの谷】と呼ばれている地形で、ここを抜ければ【ブルサの壁】までもうすぐだ。

 周りのゴブリンたちも希望の表情を浮かべたため、ソーンの激にも力が入った。


 「もうすぐ、故郷に戻れるぞ!」


 果てのない大草原地帯。

 ほんの1年前まで住んでいた土地。

 愛すべき故郷。

 

 「そうだ。もともと、望んで捨てた土地ではない…」

 「オークたちも、今なら態度を軟化してくれるのではないか?」

 「急げ!」


 自然、ゴブリンたちの足も速くなる。

 

 「さあ!皆の者もう一息だぞ!」

 周囲を激励しているソーンも、前方の景色に視線がくぎ付けとなっている。

 だからこそ、生き残りを冷徹に狙う者の存在に気付けなかった。



==========



 ソーンが異変に気付いたのは、かたわらを歩いていた仲間の頭部がはじけ飛んだためである。

 人間の【女性】による、風を利用した【魔法系】スキルが命中したのだ。

 おそらくCランク相当であるが、どのランクであれ即死するゴブリンには関係のない話である。


 「伏せろ!伏兵だ!」


 慌てて呼びかけるも、時すでに遅し。

 谷を囲む山に布陣した伏兵から、【魔法系】スキルが雨のように飛んできた。

 すでに満身創痍のゴブリンたちはかわすこともできず、次々と倒れていく。


 「走れ!走るのだ!谷さえ抜ければ生き残れる!」


 ソーンは声を枯らして叫びながら、人間たちが残酷の二社択一を迫っていることに気づいた。


 伏兵の潜む谷を犠牲を払って突破するか、引き返して3人の悪魔に殺されるか。


 まるで、自らの領域を犯した罰と言わんばかりに。


 ソーン含む生き残りたちは、最後の力を振り絞って前者を選択した。

 全力疾走で谷を走り抜けようとするも、身を守る遮蔽物は全く存在しない。

 腕や足を吹き飛ばされ、みるみるその数を減らしていった。


 もう少しだ…


 結局、谷の終着地点まで生き残っていたのは、ソーンだけだった。

 もはや地位も威厳もなく、ただ生にしがみつく動物でしかない。

 

 命さえ、命さえあれば!


 だがー、


 壁?!


 死の魔手から逃れようとしたソーンに、1枚の壁が立ち塞がった。

 なんの装飾も施されていない、シンプルな黒い壁。


 しかし、小柄なソーンの動きを止めるには充分すぎるほどの大きさ。


 反射的に足を止めたソーンの右側頭部に、【魔法系】スキルが命中した。

 音もなく倒れ込み、その後静寂が訪れる。


 こうして、500匹いたゴブリンは1夜にして地上から姿を消した。


 

==========



 「もう動くものはいないわ、アマーリエ」

 「ありがとうゼルマ。これで、作戦の第3段階も終了か」


 【インサイト】のスキルを使っていたゼルマから報告を受ける。

 【イトスギの谷】に潜んでいた連合軍80人に、死傷者はいない。

 遠距離戦に徹したため、【魔法系】スキル使いのみが活躍する形になってしまったが、致し方ないだろう。

 ドミー殿のこだわりは、味方に死傷者を出さぬことなのだから…


 ー隠れるとは、すなわちどうすれば良いのですか?

 ーゴブリンが逃走する箇所に潜み、伏兵として待機してください。


 もはや、「武を示せ」などとのたまった自分の不見識に笑うしかない。

 ドミー殿本人は、肉体と盾以外さしたる戦闘用スキルを持たぬというのに…


 「最後の【ウォール】はなかなかファインプレーだったわよ」

 「谷の出口を兵で塞ぐのも良いが、それでは万が一ということもあるからな」


 空間に壁を出現させる【支援系】スキル【ウォール】は、私アマーリエが利用できるスキルである。


 ランクはC+だが、80人の兵員を防御する壁を最大3枚展開できる。

 さしたる才能もない私がCランク冒険者たちの元締めを務められるのは、スキルの便利さ故だ。

 とりあえず私の周辺にいれば生存確率が上がるという単純な論理である。

 集団に幅広い視野を提供するゼルマの【インサイト】の役割も大きいが。


 だが、結局は刃を欠いている…


 私とゼルマには、打撃力が一切ないという弱点を抱えていた。

 戦争とはすなわち攻撃であって、防御ではない。

 【ドミー団】が一夜にしてそれを証明している。

 ヘカテーとエリアルはそれを悪用し、Cランク冒険者集団80人に敵を引きつけさせ、手柄は全て【アーテーの剣】がかっさらうということを繰り返してきた。


 ーあら〜〜〜役割分担してるだけじゃない〜?

 ーお前らは黙って雑用をこなしてればいいんだよ。

 ーヘカテーさん、エリアルさん。本当のこと言っちゃダメですよ、キャハハハハハ!


 いや、そんなことはもうどうでもいい。

 今重要なのはー、


 「ゼルマ」

 「何の話?って一応聞いてあげるわ。なんとなく内容は分かるけどね」


 「あの男の手を、握ろうと思う」

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