第67話 ケムニッツ砦強襲(後編)
何故、このようなことに。
主郭の最上階で、ゴブリンの族長は震えていた。
名はビーンと呼ばれている。
【ブルサの壁】の破損した箇所を発見し、決死の覚悟で一族郎党500人とムドーソ領に入ったのは、とある理由があった。
ゴブリンより知能も肉体も優れているオークとの抗争である。
ドウキョというオークが率いる部族の財産を、ビーンの息子が奪ったのだ。
たちまち、ドウキョの息子であるカクレンが、騎馬隊を率いて襲いかかってきた。
強欲な息子が勝手にやったことだ!
ビーンにも言い分があるが、争いを調停する存在がいない広大な草原地帯では通用しない。
息子を殺害した後、死中に活を求め、ムドーソ領内に入るしかなかった。
それでも、上手くいっていたのに。
侵入したビーン一党に対し、ムドーソ王国は異様なまでに弱腰だった。
略奪に怒った自警団が攻めてきたが、発見したこの城に立て篭もって難を逃れている。
この地に、我らの王国を築くぞ!
ムドーソ王国民を幾人か残酷に殺害し、物資を奪って強気になったビーンがこう宣言したのは、ドミーらが乗り込んでくる3日前のことだった。
まだだ、まだ死ねぬ…
短剣を握りしめ、仮の玉座としていた金の椅子の裏に隠れた。
同時に、おそらく襲撃者であろう者たちが踏み込んでくる。
わずかに顔を出し、様子を伺った。
「いないな」
「逃げられたら厄介ね」
「周辺を捜索します」
踏み込んできた人間の内、1人はプレートアーマーと盾で武装していた。
この短刀では、返り討ちにされるしかないだろう。
もう1人は、白い髪と蒼い瞳をした人物。
軽装だが、出で立ちからしてかなりの使い手だろう。
襲い掛かっても、構えた槍で一刀両断にされるとしか思えない。
最後の1人は…ドレスを纏った魔導士といったところか。
経験上、あの類の人間は接近戦に弱い。
この短刀で一撃を喰らわせ、他の2人が動揺している内に逃げられるのではないか。
しかし、もし失敗すれば…
このままもう少し思考を巡らせたいビーンであったが、行動せざるを得なくなった。
ドレスを纏った魔導師と、目があってしまったのである。
反射的に、ビーンは突撃した。
「ギエエエエエイ!!!」
そこに戦術も戦略もなかったが、両者との距離がかなり縮まっていたこともあり、奇襲の効果を生む。
短刀は、ライナの心臓まで後わずかのところまで迫った。
==========
【飛行】、【強襲】、【省力】。
事前に私たちが定めた連携は、3つだけ。
だから、私めがけてゴブリンが突進したらどうするのか?
そんな取り決めはなかった。
でも、私は動揺しない。
事前に決めていなくても、ドミーとミズアが最善の行動を取ってくれるという確信があった。
だからー、
「【ファイア】」
光を伴わない、純粋な炎。
2人を巻き込まないように出力を絞って、ゴブリンの顔に放つ。
「イギアアアアア!!!」
ゴブリンはのけぞり、動きが止まる。
「ライナ!!!」
思った通りだ。
私の特別な人が、ゴブリンと私の間に入ってくれる。
盾でゴブリンの頭を思い切り殴った。
軽いゴブリンの肉体が飛んでいく。
「よくもライナを!!!」
私の大切な友人も、期待通りの動きを果たした。
【竜槍】を使い、最小限の動きでゴブリンの首をはねる。
よかった。
私は安堵した。
取り決めがなくても、最高の動きができている。
またローブの暗殺者が襲撃してきても、付け入る隙はないだろう。
私たちは、最高のパーティなんだ。
==========
「大丈夫か?」
「ドミー…?」
幸い、意識を失っていたライナに怪我はなかった。
了解がないのにこんなことをしてはいけないのだが、強く抱きしめてしまう。
「んっ…」
ライナが呻き声を上げる。
慌てて力を緩め、ライナの顔をじっと見つめた。
降りかかる脅威は全て払ったはずだが、少しだけゴブリンの返り血がついてしまった。
俺は、なんと頼りない男なのだろう。
「なんで泣いてるのよ…泣き虫ドミー」
「…泣いてない」
「でも涙がー」
「泣くものか!俺は王となる男だぞ」
「別に王様だって泣いてもいいじゃない。人間なんだから」
「…っ」
「ねえ…」
ライナの声の調子が変わる。
「ミズアもちゃんと可愛がってあげて」
「…!」
慌てて見ると、ミズアも涙を流している。
「ドミーさま!ライナ!」
【竜槍】を床に置き、手を伸ばして俺とライナを抱きしめる。
「すまない、ミズアを置き去りにしてしまった」
「いいのです…ミズアには覚悟があります。ただ、お二人のそばにいられればそれで…」
「もう、そんなんじゃ王になれないわよドミー。あれ、私もなんだか涙が…」
「…涙のコントロールが必要だな、俺たちは」
ー命のやりとりが続いたことによる恐怖
ー死を克服して感じた陶酔
ー仲間の無事を喜ぶ歓喜
全ての感情がごちゃ混ぜになって、俺たちはしばらく涙を我慢できなかった。
==========
「…よし、仕上げといくか」
「はい」
「アマーリエたちも待ってるだろうし、ぐずぐずとしていられないわ」
いまだ鼻声だが、数分で俺たちは落ち着きを取り戻した。
戦いは、まだ終わっていない。
「ドミーさま、先ほど用意させていただきました」
「うん、よくやったミズア」
用意したものは、すなわち先程死んだゴブリンの首である。
服装から見て、族長に違いあるまい。
残酷であることは分かっているが、作戦第2段階を成功させる最後のピースである。
先ほど族長を殴りつけた右腕はズキズキと痛むので、左腕で首を掴んだ。
「ライナ」
「うん」
主郭の最上階から地上を見下ろすため設けられた窓。
見てみると、今更ながら族長の危機を察知したのか、ゴブリンたちが主郭に戻ろうとしている。
「聞け!ゴブリンども!」
大声を上げて、ゴブリンたちの注意を引いた。
「お前たちの族長は死んだぞ!!!」
言葉が通じてないのは問題ない。
証拠を示せば良いだけだ。
ちょうど砦の中央まで届くように、首を投擲する。
「【ファイア】!」
ライナが呼応し、威力を犠牲に強烈な明かりを放つ火炎を放つ。
ちょうど、落ちていく首にぴったりと寄り添うように。
城内は一瞬静まり返った。
ライナの明かりに照らされた首を、多くのゴブリンが目撃しただろう。
そしてー、
「ウギャアアアアアアアアアア!」
恐慌が始まった。
数百匹以上のゴブリンが算を乱し、恐怖に怯え、武器を捨てて逃亡していく。
大半が破壊された城門に殺到したが、狭い空間で渋滞を引き起こしてしまい、なかなか進めない。
ー同胞に踏みつけられて圧死する者
ー同士討ちで殺しあう者
ーもはやこれまでと自害する者
その過程で何十匹が悲惨な最後を遂げるが、残りはなんとか敗走していった。
30分足らずで生きているゴブリンの気配は消え、死体だけが残る。
生きているのは、俺たち3人だけだった。
拠り所となる防衛施設の破壊。
ゴブリンたちの精神的支柱であろう族長の殺害。
これらを達成することでゴブリンの士気を阻喪させ、壊乱に追い込む。
作戦の第2段階は、達成を見た。
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