第66話 ケムニッツ砦強襲(前編)

アマーリエ率いる連合軍と協議してからしばらく後。


 私とドミーは、ケムニッツ砦の南側にいた。

ケムニッツ砦は、城門が設置された西側以外は、川と断崖に阻まれている。

 南側も川と断崖が広がっているが、ゼルマの地図によると、ここから敵の族長がいる主郭までの距離はかなり近い。

 ここから、ミズアの個性【高速】を利用した跳躍により、3人とも城内へ侵入する計画である。


  周辺状況を探らせていたミズアが戻ってきた。

 「アマーリエさま総勢80名、撤退を開始しました」

 「それはよかった。目立つようにか?」

 「あえて鬨の声を上げ、ゴブリンの注意を引きつけています。その後、ドミーさまの指定した場所へ潜むものかと」

 「…予定通りだな」


 現在、ゴブリンたちの注意はアマーリエたちに向いているだろう。

 ミズアが私とドミーを連れて跳躍する速度は、かなり遅い。 

 統制が取れていない面もあるアマーリエたちを突入させず、私たちが侵入する隙を作る囮とするのが、ドミーが考えた作戦の第一段階だ。

 

 「ライナ」

 「ええ」

 私は、自らの【スキル】で最も強力な火炎、すべてを焼き尽くす蒼い炎を用意した。

 100年間破られなかったムドーソ王国の【青の防壁】を破った、【フレイム】である。

 個性の1つである【集中】により、私の【魔法系】スキルの精度はかなり高い。

 ここから直接見れない西側の城門も、粉々に破壊可能だ。

 おそらく、アマーリエたちの姿を確認しようと、多くのゴブリンが群がっている城門に。


 「いや、待て」

 不意に、ドミーは私を止めた、

 慌てて【フレイム】を止める。


 「どうしたのよ、急に」

 「…大丈夫か?」


 ドミーの言わんとしていることが、なんとなくわかった。

 おそらく、やむを得ないとはいえ、ゴブリンを大量に殺すことになる私を気にかけているのであろう。


 優しいんだね、ドミーは…


人間は、ゴブリンのようにスキルもなく知能もない生物は、姿に共通点があっても容赦なく殺戮してきた。

 だから、ユリアーナも、この事態を和解で終わらせることができなかったのだろう。

 人間並みの知能を持つオークですら、虫けらのように扱う者も少なくない。

 間接的とはいえ、一片の情を見せた人間はドミーが初めてではないだろうか。


 「私は、大丈夫」

 「…そうか」

 「だから、今日で終わりにしましょう。不毛な争いを」


 でも、ここで躊躇していては、さらなる悲劇を招くだけだ。

 本来なら、私が遠距離から【フレイム】を放っていれば敵は逃げ散るだろう。

 でも、半端に生き残りが出れば、復讐心を滾らせ、さらにエンハイム含む諸都市の人間を襲うに違いない。

 【ドミー団】がほぼ独断でことを始める以上、半端な結果で終わらせちゃいけないんだ。

 もし死んで地獄に落ちるなら、私がドミーを弁護する。 

 ゴブリンを焼いた灼熱の火で、自分が焼かれても構わない。


 「せめて、ライナとミズアは…俺が全力で守る」


 死んでも守る、と言わなかったところに、ドミーの成長を見た気がした。


 「言わなくても分かってるわ。私も、ドミーとミズアを全力で守る」

 「ミズアも、ドミーさまとライナを全力でお守りします」


 「…よし。じゃあー、」


 ドミーは一度深呼吸した。

 そしてー、


 「行くぞ!!!」


 戦いの始まりを告げた。



 ==========



 「【フレイム】!」


 ライナが、自らの切り札を唱えた。

 【ルビーの杖】から大量の蒼い奔流が迸り、放物線を描いて飛んでいく。

 目標は、ここからは見えない西側の城門。

 数秒後ー、


 「ギャアアアアア!!!」

 強烈な爆発音と数十人以上の悲鳴が聞こえた。

 命中したかどうかをいちいち確認する必要は感じない。

 ライナは、そんな失敗を犯さない人物だ。

 ケムニッツ砦の城門は間違いなく破壊され、大きな動揺が走っているだろう。

 

 「ミズア!」

 「はい!」


 朝体験した時よりも力強い浮遊感。

 俺とライナを運ぶ役目を果たすため、ミズアが全力を尽くしている。


 速度は遅いが、川と断崖を飛び越え、着実に城の城壁へと近づいていった。


 「ミズア、そのままの速度を保て。ライナ、あそこの塔に弓兵が5人いる。当たらなくていいから【ファイア・バースト】で牽制しろ」

 「分かったわ!」

 「分かりました!」


 最後まで調整に時間が掛かったが、俺たちが編み出した連携の一つ【飛行】は順調に機能している。


 ーミズアはバランスとスピードを保ちながらの飛行

 ー俺は視力を生かした索敵と指示

 ーライナは俺の指示を受けながら脅威となる敵を排除


 機動性に難があるのが欠点だが、空中からの強襲を想定していない敵に対しては有効だ。

 事前にゴブリンたちを混乱させていることもあって、さしたる妨害を受けず城壁の上へとたどり着く。


 「もう一度!」

 「はい!」


 休むまもなくミズアは再び跳躍、城内の上空に至る。

 

 ー破壊された城門とその周辺。

 ー転がるゴブリンたちの遺体。

 ー慌てふためいて城門へと向かう生き残りのゴブリン。

 

 状況は、想定通りに展開されているようだ。

 そして、目標とする建造物が見えてくる。

5〜6階ほどの高さがある、城の狭さにしては立派すぎる主郭だ。

 昔は、貴族の屋敷だったらしい。


 みるみる接近するが、着地地点に武装したゴブリンが数名いるのが見えた。


 「【ファイア】!」

 ライナは、俺の指示を待たなかった。

 着地した俺たちを巻き込まないよう、最小限の威力に抑えた業火でゴブリンを排除する。


 そしてー、


 「着地します!!!」

 息を切らせたミズアの掛け声とともに、俺たちは主郭の入り口手前に着地した。



 ==========



 「よくやった、ミズア、ライナ」

 「ありがとうございます」

 「そんな話は後!どんどん来るわよ!」


 無事の着地を喜ぶ間もなく、主郭の入り口から新手が出てきた。


 「ウガアアアアア!!!」

 「アギギギギギ…」

 「グガゲ!ガタル!」

 突然の強襲にもひるまず装備も立派なので、恐らく親衛隊の類だろう。

 ゴブリンの間で交わされる原始的な言葉を叫びながら、槍を構えて一斉に迫ってきた。

 

 俺たちは互いに言葉を交わすこともなく、2つ目の連携【強襲】を展開する。


 ー先頭は近接戦闘に長けるミズア

 ー中央はライナを盾と体格を生かしてガードする俺

 ー後方は俺とミズアを多彩な【魔法系スキル】で援護するライナ


 「【ファイア・バースト】!!!」

 「【刺突】!!!」

 

 2人はAランククラスの実力をいかんなく発揮し、数十人のゴブリンを文字通りなぎ倒していく。


 俺も、ただ眺めているわけではない。

 ライナに向けて弓を放とうとするゴブリン1人を発見し、間に立ちふさがる。


 「ギイッ!」

 親衛隊の1人だけあって、弓手は巧妙だった。

 俺の盾が小型であることを看破し、ガードしにくい足元に向けて矢を放つ。

 プレートアーマー越しでも、命中すれば歩行は困難となるだろう。


 だがー、


 ー足元を防護するには、もっと盾を下げなければなりません


 アマーリエの教えがここで生きた。

 とっさに盾を限界まで下げ、必殺の一撃を防ぐ。

 盾越しだが強烈な衝撃が伝わり、腕に痺れが走った。


 「【ファイア】!」 

 「グガアアアアアッ!」


 直後、ライナによって弓手は業火に包まれる。


 「大丈夫!?」

 「問題ない。ライナは攻撃に集中してくれ」

 「流石ね。分かったわ」


 その後、数分と経たないうちに親衛隊のゴブリンは全滅した。



==========



 「ドミーさま、敵の首領はまだ主郭の中でしょうか…」

 「この一瞬の襲撃を察知して逃げ延びれたら大したものだ」

 「とにかく、先を急ぎましょう!」


 主郭内部に至った俺たちは、新たな連携【省力】に切り替え、徐々に上へと登っていく。


 【強襲】と違うのは、俺が先頭、ミズアが中央を務めている点だ。

 狭い空間では、ミズアの機動性はかえって危険となる。

 万に一つもないと思うが、高速移動中壁に激突すれば大怪我は免れない。

 故に、物理的な装甲を備えた俺をまず前列とし、状況に応じて速度を抑えたミズアに加勢してもらう。

 ライナも、味方まで焼いてしまう火は極力使わない。

 

 「ウバアアアア!!!」

 5階まで至った時、親衛隊の1人が、槍を構えて突進してくるのが見えた。


 俺は、捨て身の覚悟で突撃する勇者に、盾を構えながら全力疾走で接近した。


 ー盾を前に出し、敵の攻撃方向を制限してください


 これで、敵は俺に向けて突撃するしかなくなる。

 だが、正々堂々勝負を挑むわけではない。


 「ドミー!」

 「分かってる!」


 俺の頭上で、すでにライナが放った【ファイア】が追従していた。

 威力はほとんどない代わりに、視界を奪う強力な光を放つタイプだ。


 俺と勇者が衝突する数秒前、それは炸裂した。

 盾で顔をガードして光を防ぎ、そのままタックルを仕掛ける。


 「ガアッ!?」

 視界を奪われ動きを止めた敵に、タックルが命中した。


 ー時には体当たりを仕掛け、敵を押し倒すのです!


 元々人間より体格が小さいゴブリンは、なす術もなく吹っ飛んでいく。


 その先には、ミズアが【竜槍】を手に待ち構えていた。

 倒れ伏した勇者の首を槍で貫ぬき、ひねりを入れてとどめを刺す。

 3人が狭い室内で無闇に力を振るうことなく、最小限の力で敵を制圧する連携【省力】。

 こちらは、ほぼ完成したとみてよさそうだ。


 「ドミーさま。同じ槍使いとして、彼に敬意を評しても良いでしょうか」

 「ああ」

 「魂が安らかなる場所へ旅立ちますように…」


 少し昂っていたが、ミズアが俺の気持ちを抑えてくれた。

 たとえ凶悪なゴブリンであっても、食すわけでもない生物を殺めたことに変わりはないのだ。


 「おそらく、これで護衛は最後ね」

 「そうだろうな。だからこそ、捨て身の勝負を挑んだのだろう」

 「終わらせましょう、この不毛な戦いを」

 

  こうして、俺たちは一人の負傷者も出さず、最上階へと向かっていった。




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