第65話 ゼルマの想い
あたしの名前はゼルマ。
「運命の3女神」を意味する女神の名前を冠した冒険団【モイラの誓い】に所属している。
【スキル】は【憑依系】。
目が見えないので、戦闘能力はほとんどない。
というわけで、あたしは仕事が嫌いだ。
この稼業では命を捨てることを美徳としている人間も多いが、そんな奴を見ると反吐が出る。
ランク昇格や【スキル】の強化にも興味がない。
ランクや【スキル】は1人1人限界値が存在してるらしく、そこを超えると伸び悩んでいくからだ。
あたしは、C+を超えたあたりで、すでに伸び悩みが始まっている。
【ドミー団】のライナが【成長阻害の呪い】で悩んでるようだけど、遅かれ早かれ限界は来るんだから諦めればいいのに。
というわけで、楽な仕事をちゃちゃっと終わらせて、適当なところで引退して、のんびり暮らしたい。
それが、人生で唯一の目標だ。
ーどこまでも成り上がって行こうぜ!ゼルマ!アマーリエ!
…そうすれば、昔の思い出したくない記憶も、多分忘れられる。
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とはいえ、そんなあたしでも仕事をしなければならない時がある。
エンハイム城を含む数個の街が結成した自警団に追われ、廃棄されていた古城ケムニッツ城に立て篭もったゴブリン500匹を討伐する時なんかがそうだ。
【スキル】を使えないので基本は雑魚だけど、あたしたちが総勢83人しかいないことを考えると、慎重に行動しなければならない。
「【インサイト】」
そこで、人間以外の生物の視界を得て短時間操作もできるあたしの【スキル】を利用し、ケムニッツ砦の偵察を図る。
ランクの格付けは低いものの希少性の高い【スキル】で、同じく【モイラの誓い】に所属するアマーリエに表向きの仕事を丸投げする代わりに、偵察任務を請け負う。
今回は鳥の視界を得て、上空から確認することにした。
ー領域を石の城壁で囲み、内部に兵舎、武器庫、食糧庫、主郭を置いただけのシンプルな砦。
ー要所要所に配置された武装したゴブリン。
ー城門が設置された南側以外は川と断崖に囲まれた険しい地形。
ー城内では畜産や農業も行われているようだ。
可能な限り、羊皮紙に地図として記載していく。
製図は【スキル】ではなく、独学で学んだ知識だ。
こりゃ、徹底的に籠城するつもりね…
あたしは、ゴブリンの様子を見てそう判断した。
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1年ほど前に【ブルサの壁】の破損した箇所から侵入したゴブリンは、エンハイムを含む各都市と、幾度かの小競り合いを展開した。
そして、恐らく1つの教訓を得ている。
打って出て戦うと不利だが、籠城すれば攻めてこない。
正しい予測であった。
城攻めには大量の兵と兵器が必要となるため、ユリアーナが動員した2~300人程度の兵員では実行しにくいのである。
兵員と言っても、これまで実戦経験がほとんどない素人なのだ。
そのため、ゴブリンたちはそれまで奪った物資を放棄されていたケムニッツ砦に貯め込み、大規模な行動を控えるようになった。
その代わり、少数による襲撃隊を結成し、都市を行きかう商人や旅人を襲う作戦に切り替える。
各都市の点を守るのに精一杯のユリアーナは、有効な対策を見出せなかった。
そのストレスが積み重なり、先日の騒動に発展したのだろう。
あの時、もっと強硬に主張していれば…
1年前連合軍がここを通過したとき、ゴブリンたちはまだケムニッツ砦に籠っていなかった。
だからあたしとアマーリエはゴブリンの早期討伐を提言したけどー、
ー報酬もなしにそんなことは出来ないわ~~~~
ー放っておけば、【ブルサの壁】に引き上げていくだろう。
エリアルとヘカテーに拒絶されている。
だが、結局ゴブリンたちは引き上げなかった。
【ブルサの壁】の向こう側は、さまざまな種族や生物が入り乱れる過酷な環境と聞いたことがある。
恐らく、向こうにも事情があるのだろう。
だから、仕事はしたくないのよ…
必死の提言を無視され、傷つくぐらいなら、何もしない方がマシだ。
でも、このような状況になったのは、エリアルとヘカテーを説得できなかったあたしたちにも責任がある。
アマーリエも自責の念を感じているだろう。
だから、今日でケリを付けなくては。
と思ったところで、【インサイト】の効果が切れる。
盲目のあたしの視界は、真っ暗となった。
C+ランク程度ではこれが限界。
再び【インサイト】を発動し、「最も近い場所にいる鳥類」を指定する。
視界は回復し、あたしは偵察を再開した。
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「ドミー殿は、どうお考えかな」
【アーテーの剣】を除く連合軍80人と俺が率いる【ドミー団】の3人は、マンハイムを出てから3日後にケムニッツ砦へと到着した。
ゴブリン側にもキャッチされており、砦はすでに厳戒態勢となっている。
わざと存在を明かして撤退してくれれば…という希望的観測も今は昔。
もはや戦闘は避けられそうもない。
アマーリエが指揮官となっていたが、ユリアーナにゴブリン討伐を約束した俺が実質的な責任者だった。
「安心してくださいアマーリエさん。すでに計画は考えています…それにしても、ゼルマさんが描いた地図は素晴らしいですね」
だが、俺はそのことよりもゼルマの描いた地図に気を取られていた。
城、周辺の地図、ゴブリンの配置まで正確に掴んでいる。
「おだてても何も出ないわよ。あたしは仕事したくない性分だし、アマーリエの言葉以外には従わないわ」
「すみません。とにかく、この地図は活用させてもらいます」
「ふん…」
「すいませんドミー殿、普段はぐうたらで甘えん坊な【女性】なのですが。この前も雷が怖いといってー」
「それ以上言ったら蛇をあんたの懐に忍ばせるわよ」
「いえ、なんでもありません」
「戦闘前の会話じゃないですぜ!」
「のろけはゴブリンどもを討伐してからじゃないと」
「違いない!」
戦闘前とは思えない会話に、周囲のCランク冒険者の緊張もほぐれる。
おそらく、アマーリエなりの配慮なのだろう。
俺も、少しは話しやすくなった。
「作戦というほどのものはありません」
俺はライナとミズアに目をやる。
「私たち3人で」
「…ケムニッツ砦を強襲します」
2人は俺の言葉を代弁した。
アマーリエを中心に緩やかにまとまっているとはいえ、統率が取れているとはいいがたい80人を投入するのは危険と判断した。
確実に死傷者が出るだろう。
「…ドミー殿の行動はいつも予想を超えますな。しかし、我々も何もせずにいるというのはー」
「いえ、一つ重要な任務をお願いしたいのです」
「なんでしょうか」
「隠れていてください」
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