第64話 ドミー、初陣を果たす

「朝、か…」

 

 マンハイム市中心の会館。

 ローブの男が現れなかったことに私は安堵し、寝台に横たわるドミーとミズアを眺める。


 「…ライナ、狭い場所での動きはだな…」

 「…」

 

 寝言を漏らしているドミーと、静かに寝ているミズア。

 2人はぴったりと寄り添っており、まるで恋人同士のようであった。

 …まあ、私もミズアに起こされるまではそんな感じだったけどさ。


 「【アーテーの剣】が来ない以上、ゴブリン討伐の主役は私たち3人…」


 昨日、ドミーに付けられた護衛を伴って【アーテーの剣】の宿泊地に向かった時のことを思い出す。


==========


 「イラートじゃない、他の人たちは?」

 「みんな、先輩たちが近づいてくるのを見て逃げちゃいましたよ、ざまぁないですね。あはは…」

 「…」


 宿泊地にいたのは、私が【アーテーの剣】に所属していた時の後輩、イラートだけだった。

 眠そうな顔をしており、草地に横たわって休憩している。

 ヘカテーとエリアルたちはよほど慌てていたのか、ゴミが散乱しており、一部のテントはそのまま放棄されていた。

 もはや、完全に決裂状態に至ったらしい。


 「ねえ、イラート」

 「何です?」

 「私たちのチームに入らない?明日、ケムニッツ砦のゴブリンをCランクの人たちで攻略するの」

 

 単純に戦力として当てにするというよりは、【アーテーの剣】の中でも浮いてるように見えるイラートを助けたかった。


 「名前は【ドミー団】…ってあんまりかっこよくないけど、ドミーもミズアもとっても良い人だからー」

 「ねえ、ライナ先輩。なんでそんな頑張ってるんですか?」

 「えっ…」

 

 断られる予感はしていたが、想定しない返し方に面食らう。


 「マンハイムの人たちもゴブリンも、所詮ライナ先輩とは関わりのない存在です。そんな人たちのために、命をかける必要なんてあるんですか?【ブルサの壁】にさっさと行って、安全なムドーソ城に帰ればいいじゃないですか」

 「イラート、そんな言い方はー」

 「そんなに、あのドミーとかいう【男性】が大事なんですか?」

 

 急にイラートは立ち上がり、私に迫った。

 面食らって対応が遅れ、後ろの木に背中をぶつけてしまう。

 イラートの顔が、近い。


 「…逃げましょうよ、イラートと」

 「え?」

 「スキル、ギルド、連合軍、戦果。もうみんな嫌になりました。上を目指してもすぐ限界が来るし、ギスギスした人間関係やしがらみが待ってるだけ」

 「イラート…」

 「ライナ先輩と、なんのしがらみもない場所に行きたいんです…」

 

 イラートは、涙を流していた。

 ドミーと出会う直前の私と、同じような感情を抱いているのだろう。

 この世界に対する絶望と怒りを。


 「今日はこれで失礼します」

 

 イラートの顔が離れていった。

 そして、軽く咳き込む。

 出会った時から、体調はあまりよくなさそうだった。


 「羨ましいですね、ライナ先輩は。仲間や夢があって」


 そう言い残し、イラートは去っていった。



==========



 「…起きてたか」

 気づくと、ドミーが起床していた。

 出陣前に、最後の訓練をすることになっている。

 私たちに不足していた、連携を強化する訓練だ。

 もやもやとした想いを気取られぬよう、笑みを浮かべる。

 「こっちの準備は万端よ。上手くいくといいわね」

 「ああ、1日では無理だと思ったけど、もう少しで形になりそうだ。【スキル】の影響かもな」


 ドミーと触れた【女性】は支配下に置かれ、強い結びつきが生まれる。

 

 「いいえ、ドミーの人徳よきっと」

 「…面と向かって言われると恥ずかしいぞ」

 「だってそうなんだもーん」

 

 でも、それだけではないという確信が私にはある。

 暗殺を試みたローブの人物を退けたあと、私の心情を汲み取ってくれたのは、ドミーの人徳に他ならない。

 この【男性】は、王になるべき人なのだ。


 だから、イラートもきっと…


==========


 「さすがに、スピードを出すのは難しそうか?」

 マンハイム城内での、最後の調整。

 俺は、顔を赤らめながら頑張っているミズアに問いかける。

 空中で。

 【竜槍】を脇に抱え、俺とライナ2人と手を繋いで跳躍してみたのだ。


 「さ、流石にライナとドミーさま同時に抱えるのは…」

 ミズアはコントロールに苦労しながらも、なんとか俺とライナを着地させた。

 「め、面目ないです…」

 「いや、流石にフルプレートと盾持ってる人間追加はキツいよな」

 「あんまりミズアに無理させちゃダメよ、ドミー」

 「分かってる」


 【強化】された状態のミズアは、ライナ1人を抱えながら高速移動が可能であった。

 それがマンハイム城の中枢を抑える役割を果たしたのだが、流石に2人同時は厳しいらしい。

 敵に狙われた場合、弓矢や【スキル】で容易に撃ち落とされるレベルの速度しか出なかった。


 「ケムニッツ砦で使うときは、工夫が必要だな。空中からネズミを狙う練習もしたかったが、仕方ない」

 「ネズミ?」

 【炎魔導士のローブ】に付いた草を払いながら、ライナが疑問の声を上げる。


 「いや、空中から街の数カ所でネズミが何匹か潜んでるのが見えただろ?おれをライナの【スキル】で狙えないかなと」

 「いや、空中から見えないでしょ流石に」

 「?ネズミぐらいなら見えるよな、ミズア」

 「いえ、流石に」

 「そうなのか…」

 「昨日から思ってたけど、ドミーって視力や身体能力が並外れてるよね。ゴブリンなら素手で簡単に倒せるんじゃない?」

 「…」


 ードミーってさ、【スキル】を持ってない無能だけど、肉体の強さは相当ね。あたしが褒めてあげるわ。


 確か、ロザリーもそんなことを言っていたな。

 俺が【アレスの導き】にいた頃、大量の荷物を死ぬ気で運び終えた時のことだったはず。


 ー【スキル】が重視されるこの世界じゃ、なかなか評価されないけどね。あんたに代わって【スキル】を行使する【女性】がいればいいけど、そんな物好きはあたしぐらいよ。


 「どうしたの、ドミー?」

 「いや、俺も頼れる仲間を得たってことさ」

 「なるほど。そうやっておだてて、出陣前に私たちを裸にしようって魂胆なのね」

 「ミ、ミズアはいつでも大丈夫です!」

 「違うわ!」


 その後、いくつかの確認を行い、俺たちはいよいよ出陣する。


 「この地域の平穏を取り戻すため、みなさんの奮起に期待します!」

 高らかに宣言するアマーリエを指揮官とする、総勢83人。


 目指すは、ケムニッツ砦を占拠するゴブリン500匹である。

 これは、ようやくまともな戦闘能力を得た俺の、初陣と呼べる戦いだった。

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