第58話 ドミー、交渉を行う
「…なるほど、昨年の費用未払いで遺恨があり、今回の義挙に至ったと」
「ははーっ!」
マンハイムの中枢部を占拠して、数分経過した。
俺は今、影武者や伏兵など巧妙な策を講じて自信満々であったろうマンハイムの長、ユリアーナから事情を聞いている。
【スキル】で支配下に置いたと言っても、やることは変わらない。
あくまで交渉だ。
物音を聞きつけて外の兵士たちが無理やり大広間に押し入ろうとしたが、ユリアーナに説得させて退かせている。
「しかし、連合軍100人相手に武装した市民100人では、いささか無謀のように思えるのだが」
「実は、近隣の森に、他都市の援軍200人を潜ませています」
「…それは本当か?」
まいったな、こりゃ思ったより大事だぞ。
マンハイムだけの反乱ではなかったのか。
「人質を取られたことに激昂した連合軍100人が攻め寄せた時、後背から襲いかかる算段でございました。合図を送る約束なので、今は待機しておりますが」
「あくまで強気だな」
「去年の横暴を見る限り、連合軍は軍の体をなしておりませぬ。不意を突けば、たやすく崩れるだろうという確信がございました」
「悪いが…やめさせてくれないか?」
「そのためにはー、」
ユリアーナは俺に支配されながらも、気丈に振る舞った。
「我々、いや、マンハイムや周辺都市の要求を聞き入れていただきとうございます。そもそも、ここにいる【女性】以外、ドミーさまは支配下に置いておりませぬ。強力な【スキル】と配下をお持ちなのはわかりましたが、残りの市民を一気に支配するのは困難かと…」
至極もっともな言い分である。
そうなれば、ライナとミズアもさすがに無血というわけにはいかないだろう。
誓いに反することは、避けなければならない。
一応確認するが、俺の【ビクスキ】を利用して支配しても、まったく意に沿わない要求を聞かせるためには、【服従条件】を満たす必要がある。
まあ、戦争する気満々だった街のボスと幹部の戦意を無血で削ぎ、交渉のテーブルに着かせるだけでも十分強力なのだが。
ユリアーナの【服従条件】を確認するとー、
物資未払いに対する賠償、責任者の処罰、無視されたゴブリン討伐の実行
となっていた。
参ったね、こりゃ…
「少し、考えさせてくれ」
「お待ちいたします。ですが、もう一つだけ申し上げます」
「なんだ?」
「エルンシュタイン王は、我ら領民や領地を守護する気がないのでしょうか?」
「…!」
「【ブルサの壁】からほど近いこの地域は、ムドーソ城周辺のように安全ではありません。モンスターもよく出没します。しかし、近年は儀礼的に連合軍が【ブルサの壁】に短期間駐屯して帰還するだけ。これでも、我々から税を徴収するとおっしゃるのですか」
「…」
「ゴブリンから受けた被害だけでも、マンハイム含む数都市で数十人もおりますぞ!」
「それ以上は言わないほうがいい。俺は許しても、ムドーソ王国がそなたを許さないだろう」
「ははっ…しかし、いずれにせよこの命は捨てるつもりです。連合軍を追い払った後、ムドーソ城へ直訴するつもりでした」
「そうか…」
午前中にアマーリエとゼルダに語った軍隊の必要性。
実際の状況は、俺が想定したよりはるかに深刻だった。
ムドーソを出発する前に何冊か本を読んだが、国の軍隊が自分の領地や権益を保障してくれないと悟ったとき、住民たちは自ら武装する。
これは、歴史上何度も発生したことだ。
エスカレートしていけば、税の支払いを拒否し、自立の傾向すら見せようとする。
その後はどうなるか、一々語る必要もないだろう。
マンハイムで起こっていることは、いずれ起こる血みどろの流血の序曲だったのだ。
==========
というわけで、なんとか丸く収めないといけないのだがー、
「こほん。それで、賠償金というのは、具体的にはどれほどなんだ?」
「はい。未払いとなっている物資の費用はもちろん、支払い遅延により追加料金、不当に物資を奪われた精神的苦痛などを含めますと…」
随分細かいな…
「15967ゴールドとなります」
「なるほど…」
ー30000ゴールドまでなら、すぐお出しできます。
出発前夜、ラムス街でシネカに聞いてみたことを思い出す。
即決で出せる資金はどれほどか、という問いに対する答えだった。
「よし、ムドーソ王国の国費から出すよう取り計らおう」
「誠にございますか!?」
「ムドーソ王国の底力を、舐めてもらっては困るな」
「ははーっ!」
もちろん、嘘である。
だが、この場を収めるには、ムドーソ王国への信頼感を回復させたほうがいいだろう。
すみません、シネカさん…
「ただし、ムドーソ王国の裁可を取るのは時間がかかる故、まずは俺が出す。ユリアーナ、そなたシネカという者を知っておるか?」
「おお、存じております。今は隠遁しておりますが、金融の才を持つ大商人だとか」
【奇跡の腕を持つ男ドミー】の噂をキャッチしていたユリアーナは、俺の期待に応える。
「その者に問い合わせるが良い。恐らく、数日で届くであろう。前払金として、1000ゴールドを渡しておく」
イラストリアのマッサージ稼業で稼いだ資金だ。少しでもいいので現物を渡しておけば、与える安心感は数倍にもなる。
「反乱した我らにここまでしていただき、感謝という言葉では言い表せません!!!」
ユリアーナは涙を流している。
「馬鹿者、俺以外に反乱したなどと一切口外するなよ。お前たちは平和的な抗議を行い、連合軍がそれを呑んだ。公式記録に残るのはこれだけだ」
「はい、はい…!」
ユリアーナにも、ここに至るまでさまざまな苦しみや悩みがあったのだろう。
涙を流したとして、誰が非難できようか。
「よし、大方はまとまったな。今後の流れだが…」
ユリアーナやその幹部たちと話し合いを重ねながら、俺はラムス街で起こったことを思い出す。
こうまで事態がうまく運んでいるのは、ライナが正々堂々【青の防壁】を破ったからだ。
それを評価したエルンシュタイン王が10000ゴールドを与え、それをシネカに渡し、資金を自由に使える関係を得た。
いや、ミズアの功績も大だろう。
ミズアの実力がなければ、身体能力がさほどではないライナを侵入させることも、この場を無血で収めることもできなかった。
結局、俺は誰かに支えられる形で、辛うじて立っている。
後で、2人に感謝の気持ちを伝えなければな…
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その後、大広間では、ユリアーナによって奇妙な命令が下された。
「交渉がまとまった故、役割の大きかった者から数人ずつ聞きに来るように」という命令だ。
みんな訝しんだが、この騒動の責任者の言葉には逆らえない。
城壁を防衛する隊長や資金提供をした商人など、大広間には入れなかったが重要な役割をした人物から、少しずつ大広間へと入っていく。
さらに奇妙なことに、一度大広間へ入った者は、ほとんど敵意をそがれ、「ドミーさま万歳!」を叫んでいる。
数時間をかけたが、最終的にマンハイムの住人500人が大広間へと入った。
並行して、潜んでいた他都市からの援軍200人にも使者が送られ、撤兵していく。
要求は聞き入れられ、流血は回避された。
その一点が共有されていき、騒動は急速に収束していった。
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