第54話 ドミー、軍の必要性を語る
「…」
「…」
俺の言葉を聞いたアマーリエとゼルマは、押し黙ってしまった。
致し方ないことかもしれない。
7年前、【馬車の乱】で軍を粛清して以来、この国で軍事に対して語ることはタブーなのだ。
実質、反乱宣言に等しい。
ほかのCランク冒険者を先に行かせたとはいえ、少し悪いことをした自覚はある。
「まあ、今は構想段階ですが」
「…あたしたちが、それをヘカテーとエリアルに密告するとは思わないの?この集団の指揮権は【アーテーの剣】にあるし、あんたを処断することも不可能じゃないわ」
先に口を開いたのは盲目の【聖職者】ゼルマだった。
【スキル】を利用しているのか、まるで目が見えているかのような立ち振る舞いをしている。
「仲間の命を救ってくれという、聞き入れて当然の嘆願を無視するような連中に味方するんですか?先ほど骨を折ってくれた他のCランク冒険者たちも失望するでしょう」
「…」
「安心してください。俺も、あなた方を邪魔をするようなことはしません。お互い、緩やかな共存関係で行きましょう」
「まさかあんた…自分の野望を安心して語る環境を整えるために、さっきの茶番劇を演じたんじゃないでしょうね」
「あなた方は、人をこき使うだけで済む【アーテーの剣】の連中とは違い、信義を重んじる必要がある。そう思っただけです」
3人の間に、少しの間沈黙が流れる。
どうやら、当たりのようだった。
==========
「…こちらからも質問がある」
次に口を開いたのは、アマーリエだ。
重装の鎧に盾のみという、シンプルな構成の戦士。
「なぜ、わざわざ軍が必要なのだ?この国は7年間、【馬車の乱】によって平和だったといえる。皮肉なことだがな。一部の人間を除き、ことさら軍を復活させようとする機運も少ない」
「それは、単純な話です」
短いながらも、ムドーソ王国各地を旅し、さまざまな人を見て回った感想を伝える。
「この国は、もし戦争や内乱が起こった時、容易に滅亡する運命にある」
「…話を聞こうか」
反応を見る限り、アマーリエにも心当たりがありそうだった。
「この国の防衛は、【守護の部屋】に極度に依存しています。ですが、エルンシュタイン王は即位してから7年間もそれを動かさずにいるようです。理由は分かりませんが、危険な状態にあると言ってよいでしょう」
「だが、国境線上にも警備隊を配備しているし、一応首都には我ら冒険者の連合軍も…」
「警備隊に関してはあまり知りませんが、連合軍の実力はあてにならないでしょう…すいません、あなた方の実力を軽視するわけではありません」
「…まあ、それは否定できないだろうな。実際、国境の【ブルサの壁】にたった100人移動するだけで、時間がかかり過ぎてしまっている」
ここまでの道中で、宿場町イラストリアにたどり着くだけで5日も掛かっていた。
ムドーソ王国初代エルムス王はエルーデ王国を滅ぼした際、イラストリアから首都ムドーソ(当時はラゴモと呼ばれていた)まで、軍勢を率いつつ約2日で移動したというのに。
それによって城内で裏切りが発生し、早期の簒奪に繋がった。
「たった100人の中にそれぞれリーダーの違う14の集団が存在するのですから、無理もないことです。物資も、ゆく先々で現地調達しながらなのですから」
14個の集団は、Bランク冒険者20名を擁する【アーテーの剣】、それ以外のCランク冒険者集団13個から成り立っている。
正直、これもバランスが取れているとは言えないだろう。
ヘカテーとエリアルに統率力があれば別だが、今のところ【アーテーの剣】の利益を優先しているようにしか見えない。
おそらく、これも軍が力を持つことを恐れた結果なのだろうが、あまりにアンバランスである。
先ほどのように、Cランク冒険者80人が結束すると、命令を下すのも困難なのだから。
「アマーリエさん。俺がムドーソ王国を滅ぼすとしたら、筋書きはこうです」
「おい!いくらなんでもそれは…」
「この場には誰もいません。安心してください」
俺は、あえて続けた。
「国境地帯には、【スキル】は持たないながらも、我らと同じ知能を持つ種族オークが居住していると聞きました。その数はムドーソ王国の人口よりもはるかに多いですが、統一した国家を持たず、いくつか種族で争っています。そのうち好戦的な種族に資金を流し、反乱を促します」
「…オークは表面上はムドーソ王国に従ってはいるが、内心は下等生物として蔑まれることに不満を持っていると聞く。資金があれば、不可能ではないだろう」
「そうすれば国境の警備隊は応戦するでしょうが、別に勝つ必要はありません。最悪にらみ合っていればいいのです。そうすれば、あなた方首都の連合軍も、遅まきながら援軍へと向かうでしょう」
「そのあとは?」
「地方で反乱を起こし、がら空きとなった首都ムドーソへ進軍します。エルンシュタインが【守護の部屋】を使わなければそれでよし、使うなら首都は遠巻きに包囲しつつ、他の地方に支配の輪を広げます。警備隊と連合軍は、オークと対峙するのに精一杯で手も足も出ないでしょう」
「…」
「つまり、この国は軍の反乱を恐れるあまり、非常事態に対して備えるという軍の機能を失っているのです。国境と首都という点を守るのが精一杯」
「まあ、分からんでもないな」
「国が平和に治まっているというのはあくまで国内の論理であって、敵対者の論理ではありません。周辺の王国や国境のオークたちも、虎視眈々と牙を研いでいるでしょう。ムドーソの領民をしっかり保護するためにも、軍隊の復活は不可欠なのです」
「ふん!」
口をはさんだのは、ゼルマだった。
「あんたの論には、弱点があるわ」
「なんでしょうか」
「地方で反乱を起こすっていうけど、呪われし【男性】の上に貴族でもないあんたが、どうやって反乱の指導者たり得るのよ」
「そうですね。ですがー」
俺は右手をわざと広げた。
2人に緊張が走るのが分かる。
「それが、もし可能だったら?」
俺は軍隊の必要性を語りつつ、自らの【スキル】をアピールした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます