【挿絵付き】第49話 ミズア、傘下に加わる

「ん…」

俺が意識を覚ました時、森はすっかり静かになっていた。


「そうだ、ミズアは!?」

慌てて周りを見渡して見たが、それらしき人影はない。

【メルツェル】機械人形の姿も見えない。


くそっ!もしミズアに何かあったらロスヴィータや【廃兵院】の兵士たちの命を懸けた献身がー


「ド、ドミーさま…」

その時、右の方向から誰かのか細い声が聞こえた。

いや、この声はー、


「ミズア!」

各所を負傷しており、【竜槍】を杖代わりにしてようやく歩いているミズアだった。



==========



「な、なんとか【メルツェル】機械人形は倒しました…ロスヴィータのところに向かいましょう。くっ…」


そこまで言うと、ミズアは膝をついてしまう。

頬、肩、腕、脚。

致命傷はことごとく避けているも、傷だらけだ。

俺が情けなく寝ている間、あんな化け物と1人で戦っていたというのだろうか。


「分かった。だが、とにかく一度体をー」


その時、俺はミズアの頭上に何かが浮かんでいるのが見えた。

あらゆるところに亀裂が走り、6つの目が真っ赤に染まる球体。

【メルツェル】機械人形だ。

そのままミズアの脳天に自らの質量をぶつけようとしている。


「危ない!!!」

俺はとっさに飛び込んだ。

か細いミズアの体を抱え、そのまま地面に倒れ込む。

その直後、【メルツェル】機械人形が地面に激突した。

【メルツェル】機械人形の状態が万全であれば、おそらく俺ごと粉砕できただろう。

だが、もはや破壊寸前の【メルツェル】機械人形の速度は遅く、なんとか避けられた。



==========



ドミーさまのがっしりした肉体に抱かれ、ミズアは宙を浮きます。

それにより肉体は全快するのですがー、


「…んっ!」

同時に強烈な快感に苛まれてしまいます。

地面に倒れ込んでもドミーさまはミズアをしっかりと抱いたまま離せなかったのでー、


「…!」

そのまま、【絶頂】してしまいました。

恥ずかしい…


「すまない…」

気がつくと、ドミーさまは泣きそうな表情を浮かべていました。

「ミズアが危うい時、何一つ加勢できなかった。何が王となる男だよ…」


不思議な人だ…

絶大な力を持っているはずなのに、それに溺れようとしない。

むしろ自分の弱さを自覚し、それでも前に進もうとする。


「ドミーさま、あまり自分を卑下してはいけません。今日だけで、ミズアの命を3度も救ってくれました」

「だがー、」

「人は誰しも欠点があり、皆で補い合って生きています。ミズアも、ロスヴィータの教えがなかったら負けていたでしょう」


その時、再び【メルツェル】機械人形がミズアたちの頭上から襲撃を仕掛けます。

全快した肉体で空中に飛び上がり、回避。

ドミーさまは、刺激が強すぎないよう軽く抱えました。


「おわあああああ!?」

「大丈夫ですか!」

「あ、ああなんとか」


【メルツェル】機械人形がなぎ倒した森の開けた地域に着地。

ドミーさまをゆっくり下ろします。


「ここで、待っていてください」

「…いや、俺も行く。先ほどは何の助けもできなかった。もしかしたら、今もできないかもしれない」

「…」

「だから、せめてミズアの戦い振りを見届けさせてくれ」

「ドミーさま…分かりました。それでは、行って参ります!」


背中にドミーさまの視線を感じるだけで、力が湧いてきます。

【竜槍】を構え直し、諦めずに襲撃をかけようとする【メルツェル】機械人形と相対しました。



==========



「引いては、くれませんか」

もしかすると傲慢だったかもしれません。

ですが、【メルツェル】機械人形を見たときに出たのは、そんな言葉でした。


「…」

戦闘兵器に生死の概念があるとするなら、もはや瀕死の状態でした。

特に先ほど投擲で穿った亀裂からは、液体が止めどなく溢れ、地面を濡らしていきます。

制御もふらふらで、辛うじて空中に浮いているといった状態です。

【廃兵院】の方々やロスヴィータを襲った憎き敵とはいえ、哀れみの感情を覚えずにはいられませんでした。


「カ…」

その時、ミズアは【メルツェル】機械人形が言葉を発するのを聞きました。


「カエナオ…」

なぜ、100年以上前の人物の名を挙げたかは分かりません。

ただー、


「あなたにも、引けない事情があるのですね…」

それだけは、分かりました。

【竜槍】を構え、しばらく睨み合います。

そしてー、


【メルツェル】機械人形が突進してきました。

おそらく全てのエネルギーを推進へと回し、こちらへと肉薄します。

ミズアはー、


「はっ!」

空中へと飛び上がります。

攻撃をかわされた格好となる【メルツェル】機械人形が、こちらを眺めているのが見えました。


せめて、苦しまぬよう一撃で。


【ファブニール】から授かったスキルの2つ目を発動します。

ミズアに異常な加速力もたらし、敵に回避不能な一撃をもたらす、一撃必殺の技。

【竜槍】の加護の下、空気の層を突き破りながら突き進みます。


「【刺突】!!!」


ミズアは【メルツェル】機械人形の頭上に一瞬で迫り、そのまま突き抜けました。

一瞬静寂が訪れましたがー、


【メルツェル】機械人形の顔は一瞬で四散。

音もなく、崩れ落ちます。

それが、ムドーソ王国に100年以上受け継がれてきた戦闘兵器、【メルツェル】機械人形の最期でした。 




レムーハ記 ドミー王の記録から抜粋


【メルツェル】機械人形が王の臣下によって倒されたのは、ムドーソ暦100年の6月頃と推定されている。ほとんど使われていなかった遺物とはいえ、強力な戦闘兵器を失ったことは、ムドーソ王国の威信と軍事力低下に拍車をかけることとなった。



==========



「…」

我は体が軽くなったのを感じ、目を覚ました。

ここが、天国というやつなのだろうか。

妙に明るく、澄み切った空気が心地よい。


だがー、

「ロスヴィータ!」

すぐに、ここが現実であると分かった。

目を真っ赤に泣き腫らしたミズアさまが、こちらを見つめている。

「よかった、生きていてくれて…!!!」

「ミズアさま!我も、ミズアさまが生きていてくれて嬉しゅうございまする…」

互いに抱擁し、その無事を喜んだ。

ドミー殿は、あえて我らの間に入らず、静かに見守ってくれた。


「【廃兵院】の方々やロスヴィータがミズアを支えてくれたから、【メルツェル】機械人形に勝つことができました…感謝してもしきれません」

「いえー」


涙を流すのは何年振りだろうか。

「我ら一同、ミズアさまの病を長年癒すこともできず、苦しみからお助けできませんでした。申し訳ありませぬ…!」

「それは、病1つ治せず、みんなの期待に応えられなかったミズアの罪です。だから、これからはみんな一緒にー」

「いいえ、ミズアさま」


我は、首を振った。

これが、最後のお勤め。


「今日から、しばしの別れです」



==========



すでに、周辺は完全なる朝を迎えていた。

傷だらけとなった【廃兵院】だが、その前に整列している人物たちがいる。


ロスヴィータが今まで率いてきた、ムドーソ王国軍最後の生き残りたちだ。


俺が全員の肉体に触れ、怪我は完治した。

衰えていた兵士たちは、全盛期の実力を取り戻しつつある。

何人か亡くなってしまったのが非常に残念であるが、丁重に埋葬した。


「ドミー殿、今日より我らは再び山岳地帯に潜みます。それゆえ、ミズアさまをお預けしたい。ミズアさまも、ドミーさまの元で力を振るいたいと願っております」

「そんな…!!!」

俺のそばにいるミズアが悲痛な叫びをあげる。

「一緒に行動した方がー」

「それでは目立ちすぎます。衰えたとはいえ、【竜槍】の使い手が兵士数十人と行動していては、ムドーソ王国も黙ってはいないでしょう」

「…」

「我らは【メルツェル】機械人形をなんとか倒すもミズアさまを失い、嘆き悲しみながらも【竜の槍】を持って逃走した…心苦しいですが、そのような噂を流して敵を欺きます。そうすれば、ミズアさまに多少の行動の自由が生まれるはずです」

「ロスヴィータ…」


これは、俺の目標であるムドーソ王国打倒を聞き、ロスヴィータが選択したことだった。


「ドミー殿、我らの希望を一旦お預けいたす。ムドーソ王国を打倒した時に、再びお会いしましょう」

「ああ、不当な扱いを受けている兵士達全員の名誉を回復すると誓う」

「かたじけない…」

「…分かりました。このミズア、みなさんに救われた命を無駄にはしません」


その後、ミズアは【廃兵院】の兵士達全員に駆け寄り、感謝の言葉を掛けた。

それは、苦労を分かち合った者だけが共有できる暖かな空間だった。

兵士の中で、涙しない者はいなかった。


「「「ドミー殿とミズアさまに敬礼!」」」


兵士たちは最後に敬礼を行うと、【廃兵院】から去っていく。

軍人らしく、整然とした行軍であった。

 


==========



俺とミズアは、2人きりとなった。

俺の方から、ミズアに声をかける。


「ミズア」

「は、はい…」

「何というかその、ミズアと【断金の交わり】を交わしたい」

「…」

「俺は、ロスヴィータら【廃兵院】の兵士からミズアを託された。実力不足かもしれないが、ミズアを全力で守り、その意思を尊重する。その証だ」

「その前に、1つだけお聞きしたいことがあります」

「?」

「すでに、お一人【断金の交わり】を交わした者がいるのではないですか?」

「ああ。もう1人ライナという【女性】がいて、ずっと行動を共にしている。情に熱く、偉大な炎魔導士だ。ミズアのことも、自らの親類のように慈しむだろう」

「…」


ミズアは一瞬寂しそうな表情を浮かべたように見えた。

何か傷つけてしまったか?


「分かりました!」

だが、次の瞬間には、ミズアは微笑みを取り戻す。

「このミズア、喜んで【断金の交わり】をかわします。その代わりー」

「なんだ?」

「…ずっと、お側にいさせてください。いついかなる時も」

「分かった、誓おう」



==========



「冒険者ドミー!同志ミズアと行動を共にし、互いの目標達成を目指す!」

「【竜槍】のミズア!同志ドミーさまと行動を共にし、互いの目標達成を目指す!」


「「この誓いは、何者も破ることはできない!!」」


こうして、俺とミズアは【断金の交わり】を交わした。

丁度、ライナと【断金の交わり】を交わした時のような、爽やかな朝だった。


ドミーと行動を共にするミズア

https://imgur.com/a/9g20wTO



==========



レムーハ記 人物伝より抜粋


竜槍のライナ


功臣第3位。元は没落したムドーソ王国軍の一族、メクレンベルク家の出身。先祖代々伝わる【竜槍】を用いて強敵をことごとく打ち破り、王の覇権確立に多大な貢献を果たした。歴史家の一部は王に対して特別な思いを抱いていたと分析しているが、未だ定説を見ていない。



==========



「じゃあ、まずイラストリアに戻ろう。ライナも待っているはずだ」

「はい!」


こうして、俺は新たな仲間を得て、【廃兵院】を去って行った。


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