第48話 紙一重の差(後編)

勝った。


手刀が【竜槍】の使い手のみを正確に破壊しようとする姿を見て、【メルツェル】機械人形はそう確信する。

射撃に利用するエネルギーをすべて推進力に回したため、一時的だが【竜槍】の使い手を上回るスピードだ。

敵にできることは、そのまま腕部の膨大な破壊力を身に受けて四散するか、【竜槍】を捨てて回避するかのいずれか。

これまでの戦闘で得た試算ではそうなっている。

【竜槍】を捨てれば戦闘力の大半を喪失するため、回避されても問題はない。


【竜槍】の使い手の抹殺と自らの稼働継続。

それが、ノイズに影響を受けた【メルツェル】機械人形の目標であった。


そのための秘策として最終段階まで秘蔵したのが、抑制から解き放たれた【メルツェル】機械人形の腕部が利用可能な、格闘モードだ。

人間の腕を模した造形は制御が難しく、抑制された状態では射撃と、【廃兵院】で見せたような簡単な防御しか命令できなかった。

それが今なら、猛スピードで【竜槍】の使い手のみを的確に破壊しつつ、顔の部分は無傷で済むように制御可能である。


ただ、そのためには2つの条件を満たす必要があった。


1つ目が、確実に仕留められるように【竜槍】の使い手を一瞬だけ拘束すること。

2つ目が、腕部も格闘攻撃ができると気取られないこと。


1つ目の条件は、最初に負わされた損傷の亀裂を、制御が困難な振りをして、これみよがしに見せつけることで達成している。


引き抜く隙を作るために【竜槍】を深く食い込ませるが、中心部には届かないよう制御した。


2つ目の条件を達成するため、顔自らが近接戦闘を請け負い、腕部が射撃を担当するという連携を長時間披露した。

そうすれば、腕部に格闘攻撃ができるとは気づかれにくい。

先ほど指の穴だけを切り落とそうとしたところから見ても、欺瞞工作に成功していると判断可能だ。


一瞬の間に成功要因の分析は完了し、あとは手刀で【竜槍】の使い手を破壊するのみ。

損傷は甚大だが、かろうじて稼働継続は可能である。

任務は、成功した。



==========



やはり、罠でしたか。

飛んでくる手刀を見て、ミズアは悟りました。

顔の明らかに制御がとれていない動きには、違和感を覚えていたのです。

これまでの攻撃すべてが、寸分の狂いもなくミズアの急所をとらえる緻密なものだったから。


そのような状況であえて短期決戦を挑んだのには、理由があります。


こちらも、最終局面まで、切り札を隠していたからです。


「…【幻影】」


先ほど【ファブニール】から授かった、2つの【スキル】の内の1つを。



==========



目標、分裂。

分裂…?


一瞬だけ気のゆるみを見せた【メルツェル】機械人形を驚愕させたのは、【竜槍】の使い手が、2人に増えたからだった。

2人は別々の方向に向けて手刀を回避しようとしている。

対応できるのは、1人だけ。

1人だけなら、どこに回避してもそのまま捕捉できた。


【スキル】の可能性大。


【メルツェル】機械人形は、さきほどデータベースに照会したことを思い出す。


ーその件についてですが…【竜槍】の使い手は、継ぐものによって保有できる【スキル】が違います。事情を知るものは【ファブニールの気まぐれ】と呼んでいるそうです。よって、今回詳細は不明です。


、不確定事項。

それが、最終局面で姿を現すとは…


もはや止められない。

2人のうちの1人を手刀で打ち砕くもー、


手ごたえはなかった。

幻である。

慌てて腕部を制御しようとするも、短時間で多数の予想外が発生し、さすがに反応が遅れてしまう。


手刀は顔を遠く離れ、完全に無防備となった。


その時ー、


衝撃。

内部構造破損大。

危険。


【竜槍】が引き抜かれたのが分かった。

まだだ。

顔を急速後退させ、腕部との合流を目指す。

まだ、任務を果たしていない。


少し離れたところで、【竜槍】の使い手が迫っているのが見える。

この距離なら、まだ逃げ切れるかもしれない。


しかし、それはかなわない願いだった。

【メルツェル】機械人形は、【竜槍】の使い手が全力疾走しながら、腕を振り上げている姿を確認する。


ーあの構えは、投擲…?


【廃兵院】で、投擲武器を使う人物がいたのを思い出す。

関係者なのだろうか。


そんなことを考える間もなくー、


【竜槍】が投擲された。

みるみるこちらに肉薄する、必殺の一撃。

なんとか合流した腕部に防がせるー、貫通して大破。

そのまま迫る。


回避、不能…!


そしてー、


思考回路に重大な損傷。


【メルツェル】機械人形は自らを司る重要な機関が、【竜槍】に貫かれる音を聞いた。

そして、炎に飲まれていった。



==========



「…はあ、はあ…」

【メルツェル】機械人形の顔が炎上するのを確認し、ミズアはがっくりと膝を下しました。

腕部も機能を停止し、ピクリとも動きません。


「ドミーさま、申し訳ありません。ミズアは、まだ未熟です…」

薄氷という言葉だけでは足りないほどの、ギリギリの勝利でした。

自分とそっくりの分身を作る【幻影】。

それを利用してなんとか攻撃を回避したものの、幻は1人だけ。

一歩間違えれば、粉砕されていたのはミズアでした。


「ロスヴィータには、お礼をいわないといけませんね…」

ただ、最後の最後で、これまでの鍛錬の成果を出せました。

肉体が限界を迎えていたため、投擲できなければ、【メルツェル】機械人形に追いつけなかったでしょう。


ーミズアさま!槍を持つからには、投擲も学ばなければなりませぬぞ!

ーとうてき…?

ーそうです!このロスヴィータを手本となさいませ!


それが、紙一重で、ミズアに勝利をもたらしたのです。



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