第47話 紙一重の差(前編)

様子が、おかしい。

【メルツェル】機械人形の顔にダメージを与え、木の上で様子を見ていたミズアは、空中に浮かぶ戦闘兵器の変化を感じ取ります。


顔の【ラグタイト】が剥がれ落ちていき、内部の構造が一部露出。

6つある眼球は深紅に輝き、まるで涙のような液体を流していきます。

腕の【ラグタイト】も崩れ落ち、緑色の輝きを増していきました。


何が起こっているかは分からず、少し恐怖を感じます。

ですがー、


「負けない…!」

【竜槍】を握りしめ、覚悟を決めました。



==========



リミッター解除を完了。


ミズアと同じように、【メルツェル】機械人形も決意を固めていた。

【竜槍】の使い手の抹殺。

それが、この身に与えられた命令。


リミッター解除は大幅な性能向上をもたらすため、戦闘力はほぼ互角。

だが、時間が経過するほど内部構造にダメージが及ぶため、20分以上は連続戦闘ができない。


この状況で確実に目標を抹殺するためにはー、


自らの帰還を辞さず、相打ち覚悟で敵の足を止め、仕留める。


ーあなたの名前は、今日からメルツェルね!

ーメルツェルには、いろいろな世界の風景を見てほしいな

ーお願い、生きて…


だがその時、不思議な映像が自らの思考回路に流れ込むことに気づいた。

皮肉にも、思考を抑制する設計を解除したことにより流れ込んだノイズ。


そのため、【メルツェル】機械人形は戦術の修正を強いられた。


1.抑制機能解除によって解放された新機能を活用する

2.そのために必要な前提条件を満たす


数秒で再構築を終えるが、懸案材料が存在する。

姿、不確定事項。


データベースに照会してみるがー、


ーその件についてですが…

満足のいく答えは得られなかった。

よって、戦術構想からは除外する。


とにかく、方針は決まった。



==========



先手を取ったのは、【メルツェル】機械人形でした。

「…!!!」


顔の部分がこちらに突進してきたのです。

これまでは、上空に浮遊しつつ、遠距離から腕部で射撃する動きでした。

それを転換し、まさに捨て身の攻撃を仕掛けてきたのです。

顔が森の中に突入し、衝突して火花をあげますが、まったく意に介していませんでした。


「くっ!」

木から飛び降りて慌ててかわした瞬間、【メルツェル】機械人形の顔がすべてをなぎ倒していきます。

すさまじいスピード、おそらく今のミズアとほぼ互角です。

地面に着地しますが、少しバランスを崩してしまいました。

そこを見逃さず、顔が自ら切り開いた空間から侵入した右腕が、光弾を放ちます。


連射、連射、連射、連射、連射。

すさまじい勢いです。

森は、あっという間に火炎地獄となります。

ミズアは、自らにとって致命傷となる光弾のみを見極め、【竜槍】で受け流します。

ですが、頬や足を少し切り、血が流れました。


「一度体制を立て直して…」

その時、背後から殺気を感じます。

振り返ると、すでに【メルツェル】機械人形顔が目の前まで迫っていたのです。

右にかわしながら【竜槍】で突き刺しましたが、表面を軽く裂くだけにとどまります。

逆に、こちらがすさまじい反動で吹き飛ばされ、転がりながら衝撃を受け流そうとするとも、とある大木に激突しました。


「がはっ…」

受け身を取りますが、背中に激痛。

ドミーさまの【強化】がなければ、間違いなく骨が折れていたことでしょう。

なんとか立ち上がり、【竜槍】を構えなおします。

【メルツェル】機械人形の顔と腕が、浮遊しながらこちらの姿を伺っていました。

どちらも【ラグタイト】の装甲がさらに剥がれ落ち、火花がいたるところで発生し、透明な液体が漏れ始めています。


「そちらも、命がけなのですね…」

ミズアは自らを戒めます。


「…こちらも覚悟を決めました。ここから先は、ミズアも己の身を顧みず戦います」



==========



そこから先は、お互い致命傷を与えられないまま、すさまじいスピードの中で、いつ果てるとも知れない戦いが続きました。


ミズアはややスピードで勝っていますが、【メルツェル】機械人形は手数で勝っています。

【竜槍】で腕を攻撃しようとすれば顔が、顔を攻撃しようとすれば腕がカバーに入り、隙を見せません。


顔は、突進攻撃を繰り返しながら森をなぎ倒してスペースを作る近接戦闘担当。

腕は顔の一歩後ろに付き、森が丸裸になってよく見えるミズアに光弾を連射する射撃担当。


これを破れる使い手は、レムーハ大陸の中でも数人しかいないでしょう。


「そこ!」

なんとか、少しずつ、見切れるようになりました。

【竜槍】で、腕の指を1本切り落とします。

腕はひるまず残りの指で光弾を連射しますが、ほぼ回避。

ですが、左腕を少しかすめ、血が流れます。


このまま長期戦となるのはまずい…

一進一退の状況の中で、ミズアの心に焦りが広がっていきます。


ドミーさまの【強化】のタイムリミットが、迫っていたからです。

ずっと計測していましたが、残り約7分。

【強化】の効果が切れれば、ミズアはたやすく引き裂かれてしまうでしょう。

ドミーさまとの情報共有によると、負傷したロスヴィータもそろそろ助けなければ危ない。

どうすれば…


バチバチバチッ!

【メルツェル】機械人形のほうも、かなり疲弊しているようでした。

制御が効かないのか顔も腕もふらふらとしています。

特に、顔は不規則な回転を繰り返していました。


それにより、最初にダメージを与えた顔の左斜め下部に、大きな亀裂が走っているのが見えました。

無理もありません。その後、無理な動きを繰り返していたのですから。

本来なら、ミズアに攻撃されないよう隠す必要がある弱点。

それが、顔がふらふらと回転することによって、時折前方に姿を見せていました。


あそこをもう一度【竜槍】で貫けば…

ですが、焦りは禁物です。


もしこれが…なら…を使って…


様々な可能性を考慮ーといってもほんの2,3秒の話ですがー、ミズアは最善の手を考えました。

短い時間とはいえ、人生でこんなに思案したのは初めてかもしれません。

そしてー、


【メルツェル】機械人形…」


「これで最後にしましょう」

決断しました。



==========



「やあああああっ!」

ミズアは、まず腕に向かって突進しました。

後退しようとしますが、それより早く、残りの4本の指の穴を切り落とします。

これで、光弾は封じました。


その後は【メルツェル】機械人形の顔に向かって突進。

そのまま【竜槍】で貫けば、ミズアの勝利。

もちろん回避行動を取ると踏んでいましたがー、


「上!?」

予想とは違う動きを【メルツェル】機械人形の顔は見せました。

上空に飛んだのです。

ですが、スピードがまるでなく、ふらふらと回転しています。

しかも、左斜め下部の亀裂が、ちょうどミズアの真上にー、


ここしかない!

そのままジャンプし、一気に【竜槍】を亀裂に差し込みます。

ですがー、その直前で顔は急に制御を取り戻し、中心部に【竜槍】が届かないよう位置取りしました。


ー中心まで届いていない。

直感的に判断し、いったん引き抜こうとしますが、一瞬だけ隙が生まれます。


その時、背後に、異様な気配を感じました。

先ほど指を切り落とした腕です。

もう光弾が撃てないはずなのにどうしてー、


「腕部の戦術を変更」

教えてくれたのは、先ほどから密着している【メルツェル】機械人形の顔でした。

どうやら、内部の音声が、破損によって外部に漏れているようです。


「格闘モードに移行する」

腕部は残った指で短い手刀を作りー、


「拘束した目標を排除」


ミズアの肉体を横に薙ぎ払って両断するため、すさまじいスピードで迫ってきました。

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