第45話 ミズア、誓いを立てる

ロスヴィータさん、生きていてくれ…

14歳の少女と槍を抱きかかえて走りながら、俺は願った。

最善の策を提示したつもりであるが、それが成功するとは限らない。

すでに空は明るくなり、朝を迎えようとしている。


「…」

ミズアは俺の腕の中で眠ったままだ。

数十分で覚醒すると聞いたが、もうそれぐらいは経過しているはずである。

焦りが広がるが、どうすることもできない。

ただ、逃げるだけだ。


「はあ…はあ…」

かなりの間走ったため、体力の限界が来た。

14歳の少女の肢体を抱えて、全力疾走するのはいくら【男性】でも疲弊する。

仕方ないため、森の中でいったん休憩することとした。

ミズアをそっと地面に横たえると、地面に手をつく。


ライナは、どうしてるのかな…

はっきり言って、最も信頼できる【炎魔導士】を一旦呼びに行かなかったのは、最大のミスだった。

もしここにいてくれたら、【メルツェル】機械人形にも対抗できただろう。


いや、甘えてはいけない。

俺は首を振った。

この事態を打開できるのは、他ならぬ俺だけなのだから。

短い休憩を終え、ミズアを再度抱きかかえようとしたときー、


「うそだろ…」

【メルツェル】機械人形の不気味な顔がこちらを覗いていた。

ほどなく、両腕も姿を見せる。


ここまで早いとは。


ロスヴィータは間違いなく時間を稼いだはずだが、【メルツェル】機械人形の速度は想像を超えるものだったらしい。


どうする。


【メルツェル】の両腕、その指先が緑色に輝く。


ーだから、クラーラは自ら囮を買ってでたのだ…


そうだ、一秒だけでも。


「おい化け物!」

俺は、ミズアを葬ろうとする【メルツェル】機械人形の両腕に立ちふさがった。

一瞬、その挙動に迷いが見えたように感じる。


「俺は!王となる男だぞ!!!」



==========



「目覚めよ、【竜槍】の後継者よ」


ミズアの意識を覚醒させたのは、低いうなり声のような声でした。


「ここは…そうだ!【竜槍】を…」

「焦るでない」

上から声が聞こえます。

見上げるとー、


「我は【竜槍】に封印された魂」


それは、鈍色のうろこに覆われ、翼を生やした巨竜。

メクレンベルク家の絵画でしか見たことがない、伝説の存在。


「【ファブニール】である」



==========



「【竜槍】を継ぐ者は、この空間で契約を結ぶこととなっている。が、お主は少々事情が特殊な故、たどり着くまで時間がかかったようだ」

あたりを見渡してみると、どうやら洞窟のようでした。

【ファブニール】は、奥の広い空間にぴったりと収まっています。


「ここは…どこですか?」

「それを説明するには、時間がかかりすぎるな。お主の仲間も襲撃を受けているし」

「仲間…【廃兵院】の方々やドミーさまが!?」

「焦るな、だから手短に済ませようといっておる」


そういうと、【ファブニール】は長い舌をチロチロと動かしました。


「我は古の昔、レムーハ大陸を荒らしまわった。だが、ついに寿命が尽きようとしたとき、一人の人物に持ちかけられたのじゃ。これまでの罪を許して命を永らえる故、槍となりて力を貸せとな。それに従い、肉体は滅びたが、魂はこの空間に留まっておる」

「それが、【竜槍】…」

「お主の先祖だ。子孫たちがムドーソ王国に仕官し、メクレンベルクを名乗るはるか前の話となる」

「ミズアは、何をすればよいのですか?」

「簡単じゃ」


【ファブニール】の目が細まります。

笑っているのでしょうか。


「【竜槍】を振るい、どのような願いを遂げたいのか。それを話してみよ。面白き願いなら、貸し与える力を増やしてやってもいい」



==========



「ミズアは…」

【ファブニール】の問いに対し、2つの答えが浮かびます。

迷いましたが、正直に答えます。


「【竜槍】を振るい、腐敗したムドーソ王国を正したいです。そして、今までミズアを助けてくれたロスヴィータや【廃兵院】の方々、お母さまの名誉を回復したい…」

「なるほど、それは重要な願いである。で、もう一つは?」

ですが、【ファブニール】には見通されていたようでした。

ミズアのもう一つの願いを…


「ミ、ミズアは…」

頬が紅潮するのを感じます。


「ド、ドミー様と行動を共にしたいです。ただ一緒にいるというのではなく、何かこう、特別な関係に…」

「ふはははは!」


【ファブニール】は大笑いし、口から炎を噴き出しました。


「面白い。【男性】に恋したのじゃな」

「こ、恋…?」

「おっと、すまん。この世界では理解しにくい概念である」

なぜだか分かりませんが、心底愉快そうです。


「死の床から自らを救い、【竜槍】を抜くための力となったのだから、無理からぬことだな。だが、1つ言っておくことがある」

「…なんでしょうか」

「その恋は、恐らくかなわぬぞ。あやつには、すでに強いきずなで結ばれた【女性】がおる」

「…!」


心臓を、冷たい手でぎゅっと掴まれるようでした。


「それでも、想いを持ち続けるか?」

「…はい」


それでも、気持ちは変わりませんでした。

「ドミー様に、終生寄り添います」

「よくぞ言った!」


【ファブニール】の瞳が輝きます。

「【竜槍】に加え、【スキル】を2つやろう」

「あ、ありがとうございます!」


不意に、意識が薄れてきました。


「全てを手に入れられるわけではない。だが、それもまた人生…」



==========



「俺は!王となる男だぞ!!!」



俺の不遜な発言に、【メルツェル】機械人形は一瞬だけ反応した、気がした。

が、結局両腕の指先にエネルギーが注がれる。


クソ!万事休すか!

せめて最後まで目を見開いていようと思ったがー、


「うわあ!」


急な浮遊感。

飛んでる?


真下に【メルツェル】機械人形の光弾が猛烈な勢いで過ぎていくのが見える。


「大丈夫ですか!ドミーさま!」

ミズアだった。

【竜槍】をわきに抱え、俺を両腕で抱きかかえている。

先ほどとは、立場が逆転していた。

だがー、


「あっ…」

ミズアが切ない声を上げた。

無理もない、急に【ビクスキ】の効果を受けたのだから。

みるみる急降下していく。


「すまない!」

「い、いえ。降下します。捕まってください!」


スピードが多少落ちるが、激突するような形で地面に落ちていった。



==========



「いてて…」

ミズアと共に着地したが、どうやら大事はないらしい。

少し頭がくらくらするが…


「大丈夫ですか?」

「ああ、心配ないミズア。それよりもー」

「あれはミズアも古い資料で見たことがあります。【メルツェル】機械人形ですね?」

「そうだ。早く倒さないと、ロスヴィータが危ない。ミズアが目覚める時間を稼ぐために、戦ってくれた」

「…!分かりました。少しお待ちください。片づけてまいります」


敵のもとへ向かおうとするミズアだったがー、


「その前に、【強化】をお願いしたいです…」

「あ、ああ。お腹か?」

「違います」

「じゃあー」


俺の下に近寄りー、


「今回は、こちらでお願いします…」


ゆっくりと口づけを交わした。



==========



「ありがとうございます!それでは行ってまいります!」


【強化】の恩恵を受け、敵に向かっていくミズア。

それを見送る俺だったが、疲労と緊張から一気に解放され、意識が急速に薄まる。


今日、一夜で色々なことありすぎ…


そして、意識を失った。






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