第44話【廃兵院】、襲撃を受ける

【竜槍】を引き抜いたミズアは、しばらくその場で立ち尽くしていた。

俺は、後ろからそれを見守っている。

いや、見守っていたのではない。

その姿があまりにも神々しいので、声をかけられなかったのだ。


「す、凄いぞミズア!」

ようやく出たのは、そんな月並みな言葉。

「やったな!試練に打ち勝ったー」


だが、それ以上は言葉が出ない。


ミズアが意識を失い、崩れ落ちようとしたからだ。

「危ない!」

なんとか抱きかかえ、地面に叩きつけられるのを阻止する。

【竜槍】がミズアの手を離れ、からんと音を立てた。


「大丈夫か?」

声をかけるも反応はないが、どうやら息はしているようだ。

俺の【ビクスキ】の関係上、怪我や病気ではないはずだがー、

「んっ…」

ミズアの肢体に触れているためか、少し震える。


「大変だ!ドミー殿!」

俺の思考を中断させたのはロスヴィータだった。

いつの間にか甲冑を着こんでおり、片腕には湾曲した投擲武器ー確かブーメランといったかーを携えている。

「どうした?」

「どうやら、襲撃を受けたらしい。我らが時間を稼ぐ故、急ぎ避難を!」

「どんな敵だ?」


一瞬【女性】の刺客ならと期待したがー、


「恐らく、ムドーソ王国で長年秘蔵されていた戦闘兵器、【メルツェル】機械人形だ。100年に渡って放置されていたはずだが、まさか起動させるとは…」


俺の力が通用する相手ではなさそうだった。



==========



「来い!この化け物め!」

「ミズアさまをお守りしろおおおおお!」

「1秒でも時間を稼ぐのだ!」


俺がミズアを抱きかかえて地上に戻ると、すでに教会は戦場と化していた。

内部の調度品が破壊され、ガラスが飛び散っている。

複数の敗残兵が外にいる何かに向かって【スキル】による攻撃を行っているが、すで息絶えているものもいた。

敵は、外か?


その時、俺は窓の外から何者かが覗いているのが見えた。


伝説のモンスター【サイクロプス】のように一つ目が浮かんでいる巨大な顔。

鼻も口もついておらず、外殻は黒々としているため、闇夜に黄色い目だけが浮いているように見える。

顔は俺とミズアの姿を確認すると、教会の窓から離れた。

代わりに、指に穴の開いた【メルツェル】機械人形の手が2つ、内部に侵入してる。

指の穴は緑色に輝いたかと思うと、俺たち目がけてー、


「伏せてください!」

光弾を連射する。

ロスヴィータがタックルしてなかったら、今頃穴だらけになっていただろう。

礼拝する信徒が座る長椅子に隠れ、なんとか難を逃れた。

だが、長椅子はみるみる溶けていき、俺たちが丸見えになるのも時間の問題である。

逃げなくてはー、

だが、どうやって?


「ミズアさまから離れろおおおおお!」

チャンスを作ってくれたのは、自ら飛び出した敗残兵の一人だった。

よく見ると、片目が潰れている。


「ライトニング!!!」

彼女は雷撃を発する【遠距離系スキル】を、人の背丈の2倍はある【メルツェル】機械人形の手に連射した。


だが、効き目がない。

雷撃は確かに命中しているが、黒々とした表面をわずかに削ることしかできないのだ。


そしてー、


「ぎゃあああああ!」

緑色の光弾を受け、崩れ落ちる。

そのあとは、何の動きも見せなかった。


「今のうちに、ミズアさまの部屋まで逃げるぞ!」

呆然としている俺を、ロスヴィータが導く。

その眼には、涙が流れていた。

「クラーラの死を、無駄にはしないでくれ…!」

恐らく、先ほど【ライトニング】を放ったものだろう。

俺は【竜槍】を放さないミズアを抱え、逃げ出した。

【メルツェル】機械人形の手は、物陰に潜みながら戦う他の敗残兵に気を取られているのか、追ってこなかった。



==========



「あれは2代目国王、チディメさまが腹心カオナエに作らせた戦闘兵器、【メルツェル】機械人形だ」


ミズアが寝室としていた部屋に即席のバリケードを作った後、ロスヴィータは語った。


「かいつまんで話すが、地形を無視して移動できる浮遊能力、耐【スキル】耐性を持つ鉱石【テトラグル】で覆われた防御力、2つの手から強力な【連射系スキル】を放つ攻撃力を持っている」

「ミズアが目覚めなければ、対抗手段はなさそうだな」

「【竜槍】を引き抜いたものは、数十分の間昏倒すると聞いておる。時間さえ稼げば、こちらの勝ちだ」

「だが、それではお前の部下がー」

「分かっている。我も部下の命を危険にさらすのは断腸の思いだ。だが、奴には弱点があるのじゃ」

「弱点?」

「そうだ」


ロスヴィータは、武器であるブーメランを強く握りめる。


「あれは、『目に見えるものを攻撃する』、『1つの目標を追いかける』といった単純な命令しか与えられないのだ。しかも、複数の命令を与えても優先順位を付けられない。所詮は人形ということだ」

「ということは…」

「恐らく、『【竜槍】の保持者を抹殺する』、『敵対者は排除する』があやつに与えられた命令だろう。だから、クラーラは自ら囮を買ってでたのだ…【メルツェル】機械人形が自らを優先するように」

そこまで言い切ると、ロスヴィータは深呼吸した。

そして、作戦を伝えた。


「いいか、まず我が【廃兵院】の外まで【メルツェル】機械人形を引き付ける。その後、ドミー殿はミズアさまを抱えて、反対側から脱出するのだ。ミズアさまが目覚めるまでの時間を稼ぎつつ、【廃兵院】の者たちも救えるだろう」

「…」

「案ずるな。この日が来ることを、むしろ待ち望んでおったのだ。ミズアさまのためなら、悔いはない」


死ぬ気か。

ミズアが倒れる直前とは違い、そんな月並みな言葉をいうつもりなかった。

なぜならー、


「ミズアさまに伝えてくれ。このロスヴィータ、最後まで…あひゃああああん!?」

俺には、別の可能性を示せるからだ。



==========



「…よし」

「ドミー殿!?いきなり何を…」

「腕を治したぞ」

「…え?嘘…」


ロスヴィータは驚きのあまり少しが素が出ていた。

無理もない。

失った片腕が復活していたからだ。

力を込めて握ったので、微弱だが【絶頂】も終了して【強化】状態となっている。

手荒な真似をしたのは、後で謝ろう。


「…ドミー殿。あなたはー」

「先ほどの作戦だが、少し戦術を変更しよう」

こちらも手短に話す。

「俺は病気だけでなく、怪我も治せる。ロスヴィータが深手を負っても、生きてさえいれば復活が可能だ。この意味が分かるか?」

「…なるほど。分かったぞ。ドミー殿」

「助かる。だからー」


ミズアを再度抱えなおし、俺は言った。


「死ぬなよ」

「承知!」



==========



「そこまでだ【メルツェル】機械人形!ムドーソ王国将軍、メクレンベルク・フォン・ユッタの側近!アーレンベルク・フォン・ロスヴィータがお相手する!」


手はず通り、我は教会の外に出て黒い戦闘兵器を誘き出した。

指示を出せる部下には、抵抗を辞め、【廃兵院】で潜むように命令してある。

おかげで教会は静かとなり、目論見通り【メルツェル】機械人形はこちらへとやってきた。


「初めて見るが、これほどとまでに不気味とはのう」

闇夜に浮かぶ黒々とした1つ目の顔、そして2つの手。

事情を知らないものが見れば、化け物か幽霊と思うに違いない。


「では、行こうか…」

投擲武器であるブーメラン、ロスヴィータ家に代々伝わる【月光】を構える。

忠実な家臣であるロスヴィータ家に、【竜槍】の素材を一部移植して作成したと伝わる、伝説の武器。


しばらくにらみ合った後ー、

「【投擲強化】!!!」

我は【スキル】で自らを強化し、【月光】を放った。

「…!」

危機を察知したのか、【メルツェル】機械人形の動きが変わる。

両腕を動かし、顔の前に立ちふさがるよう配置したのだ。


ギャリギャリギャリギャリギャリ!

鋭い金属音が響き、【メルツェル】機械人形の両腕に火花が走る。

次第に【月光】の勢いは衰えていくがー、


「こちらに戻れ!」

我が指示を与えると、再び手に舞い戻った。

そして、再び投擲する。


「…」

【メルツェル】機械人形もやられっぱなしではなかった。

今度は片腕で顔を庇いながら【月光】を回避しつつ、もう一方の腕で光弾を連射する。

「甘いわ!」

すんでのところで回避し、再び【月光】を手に戻す。

「これは、クラーラの分だ!!!」

そして再び投擲。

【メルツェル】機械人形も回避行動を取りながら光弾を連射。

それを回避し、顔を狙って投擲。


派手なつばぜり合いこそないが、一瞬の油断が死を招く。

命がけのヒット・アンド・ウェイ。

戦闘で昂るのは、何年ぶりのことであろうか。


そのまま命のやり取りが10数分続いたが、先に決着を付けたのはー、


「!【月光】が…」

【メルツェル】機械人形だった。

【月光】の動きを読み切った【メルツェル】機械人形が、光弾で叩き落したのだ。

コントロールを失い、地面に落ちる。


やはり、届かなかったか…



==========



【メルツェル】機械人形はまるで勝ち誇るかのように、我の前に立ちふさがった。

本来なら絶望するシチュエーションだがー、


ーいよいよ、ドミー殿の策を実行するとき!


我は落ちた【月光】には目もくれずー、


背を向けて遁走した。

「やーい、愚かな自動人形!ユッタ様に鍛えられた我の健脚!追いつけるものならこちらへ来い!」

道に落ちていた石を【投擲強化】で強化しながら投げつけ、挑発するのも忘れない。

復活したばかりの両腕を背中に巻きつけ、なけなしの盾とする。

案の定、背を向けて逃亡する我に向けて、【メルツェル】機械人形は光弾を連射した。

「ぐあっ!…ははは、腕など後からドミー殿に治癒してもらうわ!」

いくつか被弾するが、先祖代々伝わるロスヴィータ家の強力な鎧、背中に巻いた腕で、なんとか致命傷を防いだ。



==========



これで、時間は稼いだ…


数十分後。

我は森の中まで遁走し、とある茂みに身を隠した。

【メルツェル】機械人形はその巨体故、森林の中までは入り込めない。

無力化したと判断したのか、去っていく。

当然ながら血が全身から溢れているが、鎧に潜ませていた包帯で、気休めでも止血を行った。

おそらく、30分から1時間程度なら生きていられるだろう。

あたりは朝が近いのか、明るくなりつつあった。


ー勇壮に死ぬぐらいなら、無様に遁走してでも時間を稼いでいくれ。


ドミー殿の言葉を、我はこのように受け取った。

もっとも重要なのは、ミズアさまが目覚める時間を稼ぐこと。

生きてさえいれば治癒できるのだから、逃げ回り続けていればいいのだ。


ご先祖様、【月光】を失い、申し訳ありません…


だが、悔いはない。

もっとも大事なものを守ることに、成功しつつあるのだから。


ドミー殿とミズア様の奮戦に期待し、我は意識を失った。




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