第42話 ミズア、【竜槍】を抜く

「お、お待たせしました…」


俺がミズアの病を癒してからしばらく後。

着替え終わったミズアが、俺の前に姿を現した。

水色と白色を基調とした、ゆったりとした袖と短いスカートが特徴の私服である。

こう見ると、ライナよりも胸が大きい…っていかんな比較しては。


「その…」

ミズアは体をもじもじとさせている。

「あー、体はもう大丈夫ですか?」

「…」

「えーと…」


俺が言葉に困っている間に、ミズアは行動に出た。

「本当に!」

高く飛び上がったと思うと、着地と同時に両腕を地面につけ、頭を下げる。


「申し訳ありませんでした…!!!」

俗にいう、【ジャンピング土下座】である。

レムーハ大陸では、最上級の謝罪方法だ。

流石に面食らう。


「ミ、ミズアさん!?」

「ミズアは、ドミーさまの【スキル】を疑うだけでなく、追い返そうとしました。この罪万死に値します…!!!」

「いや、そこまでのことはー」

「どんな罰もお受けしますので、なにとぞお許しを…」

「ミズアさん!」

「は、はい…」

収拾できそうになかったので、少しだけ大きな声を出す。

恐らく、【ビクスキ】の効果で多少混乱状態なのだろう。

了解を得たとはいえ、少しだけ罪悪感を感じる。


「…俺が偉そうにいうのもなんですが、あなたにはまだやるべきことが残っています」

「やるべきこと…」

「そうー」


「【竜槍】を、抜くことです」



==========



「【廃兵院】の地下に、【竜槍】が眠っているんですね」

「ドミーさま、ミズアに敬語を使う必要はありません…名前を呼ぶときも『ミズア』で大丈夫です」


打ち捨てられた教会を利用した【廃兵院】。

ロスヴィータを地上で待機させ、その地下に続く階段をミズアと共に下っていく。

先頭を行くミズアは混乱も収まり、穏やかなたたずまいを崩さないまま、ゆっくりと歩いている。

ライナとは、色々な意味で正反対だ。

もしライナなら、軽やかに階段を降りていくだろう。


「…じゃあミズア」

「はい」

「【竜槍】を抜いたら、何がしたい?」

「何がしたい…」


ミズアは、少し戸惑っているようだったが、口を開いた。

階段を一歩一歩歩く音が、狭い空間に響く。


「ロスヴィータやそれ以外の兵の名誉を回復し、せめて普通の生活が送れるようにしたいです」

「それはとても重要だ。だが、どうやって?」

「例えば、ムドーソ王国軍に復帰してー」

「それは、恐らく難しいだろう」

「…なぜですか?」


俺は、ミズアを刺激しないようゆっくりと話す。


「エルンシュタイン王は、恐らく愚かな王ではない。でも、周りの貴族たちは腐敗が激しいと見ている」


実際、ギルド本部の騒動後、何人かの貴族が接触を図っている。

大きな動きを起こすほどではないが。


「軍備も冷遇されたまま、100人程度の冒険者たちで国防を担っている状態だ。ミズアが戻れば、最悪殺されかねない」

「…」

ミズアは、応えなかった。

続きを聞きたがっている。

俺はそう判断した。

「だから、ミズアが【竜槍】を抜いた後、どのようにして功を立て、どのようにロスヴィータたちの名誉を回復するのか。自分で考える必要がある」


階段は、ようやく半分といったところか。


「確かに、そうかもしれません。ロスヴィータたちは幾度も嘆願書を提出しても、一顧だにされませんでした。悔しいですが、ずっと放置されています」

「そうか…」

「それと、ドミーさまに触れた時、夢を見ました」

「夢?」

「母、メクレンベルク・フォン・ユッタの夢です。母はこう言ってました。『私があなたに願うのは、あなたが歩みたいと願う人生を歩むこと』と」


ミズアは立ち止まり、俺の方を向いた。

サファイアのような青い瞳が、俺の心を捉える。


「ミズアがもし【竜槍】を抜けたとしたら、その力で、腐敗したムドーソを変革したいです」

「変革…」

「ドミーさまもお気づきになっているかもしれませんが、エルンシュタイン王は個人としては善人と思います。しかし、近年は政務を滞らせ、ムドーソの地に暗雲が立ち込めているのが現状です」

「…そうか」

「できることならそのような現状を変えたい。それが恐らく、母やロスヴィータの名誉を救うことに繋がるでしょう」


ミズアは、俺と同じ願いを持っているようだった。

まあ、俺の場合は保身と野望が3分の1ずつ混ざっているが…


「…ですが、ミズアに振るえるとしたら、槍だけです。一人の武力でできることには、限りがあります。ですからー」

ミズアの表情が変わった。

「こちらからもお聞きしたいです。ドミー様は、ミズアに何をさせたいのですか?」



==========



「ムドーソ王国の歴史に、幕を下ろす」

今回も、俺は正直に応えた。

「無血でな」


「無血…」

「ああ、冗談ではない」

手をひらひらと見せる。

「今日ミズアを癒したのは、触っただけで【女性】を支配できる【スキル】だ。いや、できてしまうという方が正しいか。借りものだがな」

「支配されたら、【女性】はどうなるのですか?」

「そのままでは、好意的な支持者といったところだ。仮定の話だが、王を国民の投票で選ぶ制度があるとしたら、俺に全員投票する。だが、自害しろといった無茶はできない」

「では、ミズアも…」

「先ほどは、命を救うことを優先して、詳細な説明ができなかった。申し訳ない」

「それは…いいでしょう。でなければ、未だにあのベッドで死を待つしかなかったのですから。ただ、支配を完了した後はどうするのですか?」

「適切に人を用いる王、これを目指す」


ここからが正念場だ。

「俺には、追加の効果として、触れた【女性】の【スキル】、ステータス、胸に秘める願いを知ることができる。それに基づいて人材を配置し、可能な限り全員が幸せを得られる環境を作るんだ」

俺との【断金の交わり】を断ったアメリカの助言、自由に生きることを選んだクラウディアを見て、思いついた構想だ。

「自分が【男性】だったこともあって良く知っているが、この世界には、生まれたときの環境に左右され、自分らしい生き方ができない人が星の数ほどいる。そんな人間たちが救われるような理想の国家がー」


「50年ほど続けばいいなと思っている」



==========



「フフフフフ…」

ミズアは、笑ったようだ。

さすがに大言壮語過ぎたか!?

「ま、まあ、今は一介の冒険者に過ぎないけどな…」

「すみません、ドミーさまの夢を笑ったわけではありません」

ミズアは訂正した。

「ミズアを治癒するときは、そのような方と思ってはいませんでしたので…あの時は、自らの力を恐れ、むしろ躊躇っていました」

「…野望の割には、小さな人間だよな。はははははー」

「いえ、だからこそいいんです」


今度は、ミズアが俺の言葉を遮った。


「ドミーさまは、やろうと思えば乱を起こすこともできたはずです」

「…」

「しかし、無用な争いを起こさず、自らの能力を最大限利用して、穏やかに支配を進めようとしています。ラムス街の時から」


ミズアは、俺のやっていることを大体把握しているようだ。

【ビクスキ】の効果の一つ、情報共有である。


「だからこそ、ミズアも力をお貸ししたくなりました。命を助けられたのもありますが、純粋にドミーさまが切り開く世界を見てみたいです」

「じゃあー、」

「ただ、【竜槍】を抜けなければ、の話です。ですから…」


ミズアは、再び地下の階段に視線を移す。


「まずは、【竜槍】を目指しましょう」



==========



やがて階段が途切れ、地下の礼拝堂に到達した。

どうやら、表向きにはできない宗教儀式を執り行う場所だったらしい。

俺とミズアがやろうとしていることも、同じようなものだな。


そして、その奥に【竜槍】が安置されていた。

石の台座に突き刺さる、武骨な水色の槍。

伝説のドラゴン【ファブニール】の骨をそのまま使ったとされる、シンプルな形状。


「…」

ミズアは【竜槍】に近づいていったが、立ち止まった。

よく見ると、震えている。

無理もない。

これまでの死の恐怖やプレッシャーを乗り越え、ようやくたどり着いた場所なのだから。


「ドミーさま…」

「どうした?」

「もう一度だけ…」


顔が赤く染まっている。


「触ってもらえませんか?」

「ああ…どこがいい?」


そして、先ほどと同じように、上着をたくし上げた。

今度は、下着もきちんと身に着けている。


「おなか…」

「もう病気はー」

「そこが、気持ちいいという意味です」

「分かった」


先ほどの【強化】時間は、まだ続いている。

つまり、これはミズアの精神を鼓舞する行為だ。


「…っ」

ライナとは違い、ミズアは声を上げないタイプらしい。

だから、【絶頂】するまで、吐息を漏らし続けた。



==========


「…ありがとうございます」

「ああ」


行為は終了し、ミズアは着衣の乱れを直す。

そして、【竜槍】に手を伸ばした。

多少震えているが、やがてしっかりとそれを掴む。


「【竜槍】よ…」

静かな声で、ミズアは唱え始める。

「ミズアは、ここに帰ってきました。とある方に命を救われて」

そして、首を振る。

「いえ、その方だけではありません。お母さま、ロスヴィータ、【廃兵院】の方々。誰一人欠けていても、ミズアはここに帰っては来れませんでした」

青い瞳に、強い力を宿した。

「…ですから、今度はミズアが恩を返す番です。力をお貸しください」

ギルド本部でライナが見せた決意とちがい、静かな口調である。

だが、その中に宿る激しい決意は、優るとも劣らないだろう。


そしてー、


「今!引き抜きます!」

ミズアは、【竜槍】を握る手に力を込めた。



==========



その直後、【竜槍】に電撃のような奔流が走った。

俺が慌てて身を隠すと、先ほどまでいた空間に突き刺さり、激しく光り輝く。


「大丈夫か!ミズア!」

「大丈夫です!」

ミズアの声は震えていた。


「【竜槍】が、ドミーさまとミズアの力に共鳴しています!」

恐怖ではなく、興奮によって。

その言葉通り、徐々に台座から【竜槍】が引き抜かれていく。


「我が名は!」

最後に、ミズアは自らの名前を高らかに語った。

「誇り高きムドーソ王国将軍、メクレンベルク・フォン・ユッタの一人娘!メクレンベルク・フォン・ミズアなり!」


そしてー、


【竜槍】を、完全に引き抜いた。









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