第41話 ドミー、ミズアの苦しみを癒す


ベッドから起き上がれなくなってから、同じ夢を見るようになりました。

人生が永遠に変わってしまった7歳から、現在に至るまでの夢。


ーミズア、メクレンベルクの名を継ぐ立派な人物に…

ーいや、これは押し付けね。

ー私があなたに願うのはー、


頭から血を流しながらも、笑顔で語りかける【女性】。

【馬車の乱】が起こった日、母であるメクレンベルク・フォン・ユッタと別れる直前の姿です。

普段は威厳のある話し方をしていますが、ミズアの前では優しい口調でした。

母が最後に言おうとした言葉は、周囲の轟音にかき消されてよく聞こえず、聞き取れませんでした。


ーいや!お母さまと離れたくありません!

ー頼んだわよ、ロスヴィータ。

ーこの命にかえても!

ーいやあああああ!


ロスヴィータに連れられ、ムドーソ城内を脱出しようとした時ー、


ーミズアさま!危ない!


おそらく流れ弾として飛んできた【赤の裁き】が、目の前に迫ってきたのを覚えています。

目を覚ました時にはー、


ーロスヴィータ、腕が…

ーははは、これぐらいなんてことはありません。おい!ミズアさまが目を覚ましたぞ!

ーおお!ミズアさまが…

ーミズアさまがいらっしゃれば、希望はある。


敗残兵数十人と共に、ムドーソ王国南部の山岳地帯カパラチア山脈まで逃げ延びていました。



==========



ーはあっ!

ーははは、流石ですなミズアさま。

ーそ、そうですか?嬉しい…


山での生活は過酷でしたが、ミズアは鍛錬に明け暮れました。 


いつか、一族代々伝わる【竜槍】を抜けるような人物になる。


それが、ミズアの人生の目標でした。

そうすれば、ロスヴィータたちもきっと名誉が回復されるはず。


ーメクレンベルク一族代々に伝わる【竜槍】は、【スキル】を利用した攻撃や防御を無効にする強力な武器です。

ーミズアも、いつか【竜槍】を操れる人物になれるでしょうか?

ーもちろんですとも!



今思えば、人生で一番安らぎがあった時期だったかもしれません。



==========



ーおい!王のお許しが出たぞ!


そんな生活に変化が起こったのは、逃げ延びてから3年目のことでした。

現国王のエルンシュタイン王から、罪を許すとの布告が出たのです。

ムドーソ城内には入れませんでしたが、その代わりに、ずっと手に入れたかったものを返還されました。


ーこれが、【竜槍】…?

ーそうですとも!14歳になれば、ミズアさまも抜けるようになりますぞ。


石の台座に刺さっている、武骨で大きな白の槍。

昔生息していた伝説のドラゴン、【ファブニール】の骨で作られたとされる、強力な武器。


ミズアと、ロスヴィータ含む敗残兵に残された最後の希望。


ーミズアさま、そろそろ寝ませぬと…

ーありがとうございます。でもまだもう少しだけ…


さらに鍛錬に明け暮れるようになり、3年の月日が流れました。

【竜槍】を握れるまで、あと1年。



==========



ーうそ…

お腹に紫色のアザを見つけたのは、そんな時でした。

【紫毒】。

ムドーソ王国に伝わる、不治の病です。

強烈な高熱と食欲不振が続き、早ければ1年で死に至るという、恐ろしい病。

今思えば、逃亡生活から今に至るまで、無理をしすぎたのかもしれません。


ーミズアさま、お加減は…

ーだ、大丈夫…すぐ治りますから。とりあえず鍛錬にー、

ーいけません!安静になさいませ。


ミズアの強がりをあざ笑うかのように、体調はみるみる悪くなっていきました。

ロスヴィータが色々手を尽くしてくれましたが、敗残の身で不治の病を治療する資金や医術者もおらず、効果は出ませんでした。



==========



でも、最後の希望はありました。

14歳になれば抜ける【竜槍】です。

【竜槍】は、使い手となった者に力を与えるとされます。

手にすることができれば、きっと…


その想いで、何とか病と1年間戦いました。

効き目があるか分からない薬や治療法を、何度も試しながら。

そして、忘れもしない14歳の誕生日。

ふらふらの体をロスヴィータに支えられながら、なんとか【竜槍】を引き抜こうとしました。


ーそんな…

ーミズアさま、気を確かに!


しかし、【竜槍】は岩のように重く、台座から引き抜くことはできませんでした。

ミズアは、主人として選ばれなかったのです。


ーロスヴィータ、しばらく、一人にしてください…

ーはっ…


ーお母さま、ごめんなさい。ミズアは、みんなの期待に応えられませんでした…


その夜、ミズアは涙を流しました。

お母さまと別れて以来、7年ぶりの涙。


そして、ベッドから起き上がれなくなりました。



==========



「えーと…俺は、ドミーといいます」

「今から、あなたを救う者の名前です」


【女性】とは異なる肉体的特徴を持つ人物が、ベッドに横たわるミズアを見下ろしています。

1,000年に1度生まれるとされる、【男性】でしょうか。

ロスヴィータも一緒です。


「ミズアさま。ドミーさまは【奇跡の腕を持つ男】と呼ばれている【男性】です。必ずやミズアさまの病を癒せるでしょう」

ロスヴィータの嬉しそうな顔を見て、ミズアは事態を察しました。

「…帰って、もらってください」

「ミズアさま!?」

「ドミーさん。ロスヴィータは、ミズアの大切な人です。騙すような真似は、しないでください」

途切れ途切れになりながらも、言葉を紡ぎます。

今まで多くの詐欺まがいの人物が、ミズアの治療と称してなけなしのお金を奪っていきました。

これ以上、ミズアのために無駄なお金を使わせるわけにはいきません。


「ロスヴィータ…もう一度だけ、【竜槍】を、抜きに行きましょう」

「そんな!無茶です」

「誕生日から、かなり、日が経ちました。今なら…」

息が苦しくなり、言葉を途中で止めます。

その代わり、休息を求める体の悲鳴を無視して、なんとか上体を起こしました。

なんとか【竜槍】の安置場所まで這っていければー、


激痛。

声にならない悲鳴を上げ、再びベッドに倒れこみます。

体から、完全に力が抜けました。


「ミズアさま!大丈夫ですか!?」

「…どうして」


もう、涙を我慢できませんでした。


役割を果たせない自分への恨めしさ。

それを支えるためにロスヴィータたちに苦労を強いる不甲斐なさ。



「ミズアには、もう、生きる価値なんてない…!」

最後の力で声を振り絞った後、あとは涙を流すことしかできませんでした。



==========



「…ミズアさん。一度患部を触らせてくれませんか」

長い沈黙の後、最初に声を発したのは、ドミーでした。

弱りきってはいますが、沸々と怒りが湧いてきます。


「かえって、ください」

できるだけ平静を保ちましたが、声の震えは止められません。

話すたびに、涙が溢れていきます。


「もう、支払うお金も、ありませんから。だからー」

「お金はいりませんよ」


ドミーは、冷静でした。

「包み隠さず言えば、俺が手であなたに触れれば、病気は治ります。今日は瀕死のけが人も全快させましたからね」

「…」

「ただ、この力を使うのは怖いんです。自分が、人ならざる力を得たことを、目に見えてはっきりさせてしまうから」

「じゃあ、使わなければ、いいじゃないですか」

「でもー」

そして、こちらを真剣な眼差しで見つめます。

「あなたを放っては置けない」



==========



「…分かり、ました」

ミズアは、震える手で衣服をたくし上げ、ドミーに【紫毒】を見せました。

「これは…」

ドミーは絶句しているようです。

無理もありません。

最初は拳程度の大きさだった【紫毒】も、今ではお腹全体を覆い尽くすまで成長しています。


「触って、ください」

「はい。ただ、あなたに触れば、恐らく俺の影響下に置かれることとなります。別にそれで理不尽な命令をするつもりはありませんが」


少し迷いましたがー、


「病が治り、【竜槍】を抜けるなら、構いません」

嘘偽りない本心でした。


「分かりました…」

ドミーは、ミズアのお腹にゆっくり手を伸ばしていきました。

そしてー、


「あっ!?」

強烈な感覚とともに、ミズアは意識を失いました。



==========



また、夢でした。

でも、いつもとは違う夢です。


ーこの娘の名前は、ミズアにする!

ーミズア、このムドーソ王国を守護する立派な将軍になるのよ。

ー6歳の誕生日おめでとう、ミズア。

ーミズア、エンダさまとは仲良くしてやってね。彼女は孤独なのよ…

ーミズア、軍人たちを止めることができなかった。ごめんね、あなたを巻き込んでしまって…


母との、思い出でした。

【父親】である【女性】は早くに亡くなったため、たった一人で育ててくれた母。

7歳で永遠に会えなくなるまで、いつまでも一緒にいられると信じた大切な存在。

病で忘れかけていた暖かな思いが、溢れていきます。


そしてー、


ー私があなたに願うのはー、

永遠の別れとなったあの日にかけてもらった言葉も、はっきり聞こえます。


ーあなたが、歩みたいと願う人生を歩むこと。



==========



「大丈夫か!ミズアさん」

「ミズアさま!」

誰かが、呼ぶ声が聞こえます。

意識が覚醒していき、自分を心配そうに覗き込む2人の顔。


「お母さま…」

「?」

「い、いえ。なんでもありません」


思わず口走った言葉に動揺したとき、ミズアが体の変化に気づきました。

軽い。

まるで鳥のように。

ベッドから起き上がろうとすると、するりと抜けられました。

信じられない。


「治ってくれたようで良かった!」

ドミーは、ニコニコと笑っています。


「…あの」

「?」

思考が明瞭になっているミズアは、あることに気づきました。

熱の熱さから逃れようと、簡素な白服以外は下着もつけていないことに。

顔が赤くなりー、


「き、着替えてもいいですか?」

逃げるように部屋を後にしました。











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