第35話 邂逅と萌芽

「せんぱあああああい!イラートを置いてどこいってたんですかあああああん!」

「ちょっと、イラート!そんなに抱きつかないでったら…」

「いやだあああああ!ライナ先輩はイラートのものなのおおおおお!」


ー軽装な鎧。

ー小ぶりな戦斧

ー短く切りそろえた銀髪。


まるで少年のようだな。

俺がイラートという【女性】を初めて見たときの印象だった。

もっとも、【男性】が不浄とされているこの世界でうっかり口にするとまずいが…


イラートは子供のように顔をいやいやと振り、ライナに抱きつくのを辞めない。

「ライナ先輩!【アーテーの剣】に戻りましょう!イラートも遂にBランクになったんです!」

「本当!?」

「はい、今も単独任務をこなしてきました!すごいでしょ?」


よく見ると、戦斧には少し血痕が付いている。

単独でモンスターを倒したのだとしたら、確かにBランク相当の力はあるのかもしれない。


「ああ、もしかしてー、」


俺はギルド本部に行く前のライナの言葉を思い出した。


ーその子もヘカテーとエリアルにいじめられてたけど、私が庇ったんだ…


「ライナが庇った子か?」

「はい!ライナさんはイラートをいつも助けてくれて…」


振り返ったイラートは、初めて俺の存在に気付いたようだった。


「えーと…」

けげんな表情を浮かべる。


「ライナ先輩とはどのようなご関係で?」



==========



「と、いうわけなのよイラート。ね、ドミー?」

「まあ、そんな感じだな」

「ふーん…」


少し後。

話を聞きたがったイラートに、俺とライナはこれまでの事情を話した。

もちろん【ビクスキ】のことはぼかし、【奇跡の腕を持つ男ドミー】という触れ込みである。


「なるほど…ヘカテーさんとエリアルさんが【ドミー団】に接触するな!って言ってたのはそのためでしたか…」

「ヘカテーとエリアルは、誰からの指令だと言ってた?」

「いや、そこまでは…」

「そうか」


とりあえずヘカテーとエリアルを【絶頂】させ、調べる必要がありそうだな。

おそらく、もっと大物が裏にいるだろう。


「そんなことよりー、」


イラートの目が鋭く光った。

「ドミーさん、ライナ先輩のことは好きなんですか?」


ん?

「なっ!?」


驚きの声を俺は心の中に、ライナは口に出す。


「…好きかって聞いてるんです。難しいことじゃないでしょ?」

どうやら冗談を言える空気ではないようだ。

イラートの表情は真剣である。

「そ、そそそそそこまでの関係じゃ、ななななないわよね?ドミー」

口が震えているぞ、ライナ。


ーどうしたものか。

少し悩んだが、俺は自分の気持ちを正直に話すことにした。


「…好きだ」

「ど、ドミー!?」

「ライナはこのムドーソ王国で随一の【遠距離系】スキルの使い手だ。なのに、至らぬところも多い【男性】に過ぎない俺を、いつも支えてくれる。だから、いつまでも一緒にいたい」

「…」


ライナは赤面し、唇をぎゅっと結んだが、何も言わない。


ー少し、直球過ぎたかな。

だが、発言に後悔はない。

俺はこのイラートという【女性】について何も知らないが、真剣な問いに対してごまかすのは不誠実だと感じる。

まっすぐ、自分の気持ちをぶつけるまでだ。


「ごほん…イラート。私も、その…ドミーが好きだわ」

「…!」

イラートの目が驚きで見開かれる。

「ドミーは、私を買いかぶってるの。ドミーがいなければ、私はとっくにゴブリンに殺されてるわ。こうやって遠征に出発できるのも、ドミーが力を貸してくれたからよ。だからー、」

深呼吸をしてー、

「私も、ドミーとずっと一緒にいたい」

ライナも、自分の気持ちを伝えた。


イラートは、何も言わない。

その状態のまま、数秒が経過した。



==========



「…良かった。ライナ先輩」

先に口を開いたのは、イラートだった。

表情も、柔和なものに戻っている。

「ずっと、ライナさんのことが心配だったんです。一人ぼっちで、悲しんでいるんじゃないかって」

「イラート…」

「でも安心しました。先輩が素敵な人に巡り合えて」


イラートが立ち上がった。

その時、激しく咳こむ。

「すみません、昔から体が弱くて…じゃあ、今日はこれでー」

「ねえ!」


ライナが、立ち去ろうとするイラートを呼び止める。


「私たちと、一緒に行動しない?【アーテーの剣】なんて抜けて」

「…」

「私も、あなたを全力でサポートするわ。ドミーだってー」

「先輩」

だが、イラートは従わなかった。


「イラートの【スキル】は、単独行動で初めて輝くんです。誰かとは組めないんですよ…」

「そう…悪かったわ」

「でもー、」


そして、最後に笑顔を浮かべた。


「何回か顔を見せますから、その時は想い出話でもしましょう!」

そう言い残し、去っていった。



==========


「確かに、ずっと一緒にいたわ、イラートとは」


連合軍に合流する道中で、ライナは言った。


「何かと気が合ってね。一緒に食事に行ったり、遊びに行ったり…でも、【成長阻害の呪い】を受けてから、余裕がなくなって、ちょっと疎遠だった」

「…」

「だから、あの子の気持ちに気づけなかったのかな…」


この世界の【女性】は、パートナー同士で子を成すことができる。

おそらく、イラートも…


「なら、これから、イラートとの時間を作ればいい。イラートも望んでいたことだ」

「…いいの?」

「ああ」


不浄な【男性】は、常に誰かから敵意を向けられている。

だから、俺に何があってもいいよう、ライナが色々な人間と交友関係をもつのが一番だ。

仮にライナが誰かとパートナーになったとしても、それに俺が口を指しはさむ権利などない。


「…ありがとう」

だが、それを口には出さなかった。

恐らく、ライナが泣いてしまうだろうから。



==========




その時、連合軍ではちょっとした騒動が起こっていた。


「大変だ!誰か手当を!」

「痛い!誰か助けてよおおおおお!」


進軍中に遭遇した、巨大な猪型モンスターである【カリュドーン】。

連合軍にとっては大した強敵ではないが、どうやら油断したCランク冒険者が突進攻撃を受けて負傷したらしい。


いや、負傷という生易しいものではなくー、


「大変だ!このままだと死ぬぞ!」

腕が千切れかかっていた。

間違いなく、後数分で死に至る。

とある冒険者が回復の効果を持つ【キュア】を掛けるがー、


「ダメだ、治癒に時間がかかる…!」

Cランク程度の【スキル】では、助かりそうになかった。


「そんな奴~~~放っておきなさい~~~」

「死ぬ奴は死ぬ、冒険者なら本望だろう」


エリアルとヘカテー含む【アーテーの剣】のメンバーは、冷酷に見捨てて去っていく。


「ちくしょう、ランケに気に入られてるからって偉ぶりやがって…」

「そんなことはどうでもいい!どうやって助ける?」

「…仕方ない」


「奇跡の腕を持つ人間を、試してみよう」






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