第36話 奇跡の腕
「…なるほど」
「な、なんとかならないか?」
俺はある程度の事情を、血相を変えて訪れたCランク冒険者の一人から聞いた。
思ったことは2つある。
まず、俺とライナを排斥しているように見える連合軍100人も、一枚岩じゃないということだ。
Bランク冒険者のみ所属できる【アーテーの剣】の20人が、最大派閥であるのに違いはない。
だが、それ以外の80人は大小13個の冒険者チームに分散しており、ほとんどがCランク冒険者となっている。
結束できるはずがないとは思っていたが、どうやら思ったより深刻らしい。
「やってはみるが、恐らく助けることはできないだろう」
もう1つは、死にゆくものを助けられず残念、という気持ちだ。
俺の【ビクスキ】には、幸福感をもたらすことはできても、傷を癒すことできない。
「そんな…【奇跡の腕を持つ男】なんだろ?」
「すまない。だが、少しでも痛みを和らげることはできるかもしれない」
嘘を言っても仕方ないので、正直に伝えることにする。
それで失望されても、仕方がない。
「分かった…それだけでもお願いできないか?」
「構わないが、【アーテーの剣】はどうした?」
「…あいつらは、とっとと次の街に向けて去っていったよ!!!」
名も知らないCランク冒険者の【女性】は、憤懣やるたないという表情を浮かべた。
「いつもそうだ…いつもCランクの人間に雑用や汚れ仕事を押し付けて、自分だけおいしい所を持っていきやがる。それをあいつらは役割分担というがなー、」
いつのまにか、涙を浮かべていた。
「いつだって、ねぎらいの言葉一つ掛けちゃくれないんだ!!!」
「…」
「…すまない。とにかく来てくれ」
「ああ。行くぞ、ライナ」
「ええ」
俺は、負傷者のいる現場へと向かった。
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「ヒュー…ヒュー…」
負傷したCランク冒険者の怪我は、思ったより深刻だった。
避けた右肩には包帯を巻いていたが、血がとめどなく溢れている。
もう、目も見えていないだろう。
「酷い…どうしてこんなことに?」
ライナが困惑の声を挙げた。
「【カリュドーン】をCランク冒険者たちで威嚇して、追い払う予定だったんです…」
必死に【キュア】を掛けている【女性】冒険者が力なくいった。
「途中まではうまく行ってました。でも、【アーテーの剣】に所属する予定の1人が、やっぱり仕留めて手柄にしようと攻撃したんです。それで、命の危険を感じた【カリュドーン】が突進してきて…」
そして絶望の表情を浮かべる。
「だめだ、Cランクの【キュア】じゃ出血を止められない…」
「あいつら…許せない!」
ライナが怒りの表情を浮かべて【アーテーの剣】を追いかけようとするがー、
「待て。今はこちらが先だ」
俺はライナを制止して、ゆっくり彼女の傷口に手を近づける。
ーせめて、痛みが和らいでくれるといいのだが。
そして、血に染まった肩に、手を触れた。
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「ごふっ…」
突如、負傷していたCランク冒険者が血を吐き出した。
そして、体が痙攣し始める。
「おい!やっぱり奇跡の腕なんて…」
「いや、待て」
あれ?
実は、俺が一番驚いていた。
最初は、血に隠れて良く見えなかったがー、
傷口がーふさがっていく?
【キュア】でも治療できなった痛々しい傷がみるみる元に戻っていく。
飛び散っていた血も動き出し、みるみる体内に吸収されていった。
まるで、時間をさかのぼっているかのように。
「…」
いつの間にか、服からも血痕が消えていた。
そしてー、
「あ…?あたし、なんでこんなところに…?」
負傷していたCランク冒険者は、意識を取り戻した。
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-すみません、ドミーさま。報告が遅れました。
呆然としていた俺の脳内に、ナビが話しかける。
そういえば、最近声を聞いていなかったな…
-ただいまアップデートが完了しましたので、サポート業務に復帰します。
アップデート?
-気にしなくて構いません。結論から言えば、【ビクスキ】がレベル3になった特典として、治癒能力を獲得しております。ドミーさまと接触した【女性】は、老衰以外の全ての怪我、病気が全快します。
流石に、言葉にならない。
俺は、レムーハ大陸で最高の医術者にもなったらしい。
==========
「おい…まじか」
「あれは神の御業だろ…」
「人間じゃねえ…」
俺と同じことを、周りのCランク冒険者も感じていた。
もちろん、けが人が治ることを望まなかったわけではない。
だが、目の前で起こった光景が、予想外過ぎたのだ。
ざわめきが次第に大きくなっていき、やがてー
「静粛に!」
一人の【女性】冒険者に制止させられた。
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「すまなかったな。ドミーとやら。せっかく助けてもらったのに失礼なことをした」
「構わないが…あんたは?」
「連合軍に所属する冒険団の1つ、【モイラの誓い】に所属するアマーリエだ。もっとも、私以外にはもう1人しか所属していないがね」
「あんたすごいね!どうやって治したか教えてぜひ知りたいよ」
「…こいつがもう一人のゼルマだ。見ての通り目が見えないが…まあおいおいわかる」
ー重厚な鎧に盾のみというシンプルな装備をした戦士
ー両目を布で縛っている、軽装備の聖職者
それが、アマーリエとゼルマだった。
「一応、私たち2人でCランク冒険者80人の元締めをやっている。【アーテーの剣】で回復スキルを使える人間を呼びに行っていた」
「あんまり仕事したくないけど、仲間が死にかけだからね…結局断られちゃったけど」
装備と同じく性格も正反対のようだが、仲は良さそうだ。
ゼルマは盲目だが、動きは軽やかである。
なんらかの【スキル】を使っているのだろうか。
「…とにかく、負傷者は全快した。今日はこれで失礼する」
「あ、ああ」
「そんだけでいいの?」
「そっちの方が、お互いにとって良い結果を生みそうだ」
「…」
「…」
「じゃあいくぞ。ライナ」
「え、ええ…」
本当はもっとやるべきことがあるのだろうがー、
恐怖。
困惑。
畏怖。
80人のほとんどがこのような状況下である。
一旦引いた方がよいだろう。
==========
「えへへ、相変わらずすごいね、ドミーは」
「…」
「…ドミー?」
ライナの言葉も耳に入らないまま、俺は連合軍のはるか後方を歩く。
正直ー、
恐怖を感じていた。
人ならざる者になっていく自分が。
いや、自分に対する恐怖は薄々感じていた。
それが、予想しないタイミングで能力進化を知ったことにより、表面に出てきたのだ。
ーなんともまあ、情けない…
こんな小心者がムドーソ王国を無血で乗っ取るなどと、よく言えたものだ。
だが、このまま【ビクスキ】がレベルアップしていけば、やがてー、
「えいっ!」
そんな思考を中断させたのは、ライナの暖かい両手だった。
俺の背中から、不意を突くように右腕に抱きつく。
当然ライナは強烈な感覚で体を震えさせるが、放そうとしない。
「くひひひひ、やっぱり強烈だねこれ」
「お、おいー、」
「…もっと自信を持ってよ、ドミー」
ライナはうつむきながら言った。
「自信…?」
「そう、あなたは正しいことをしてる。だからー、」
そして、泣き出しそうな表情でこちらを覗き込んだ。
「だから、震えないでよ…私がついてるからさ」
俺はその時、自分の肉体が震えていることに気づいた。
「ああ…もう大丈夫だ」
だが、ライナの暖かい心に触れて、徐々に落ち着きを取り戻す。
「ただ、もう少し、このままでいさせてくれないか」
「うん…」
そのまま、しばらくライナと過ごした。
==========
夜。
先行していた集団からはるかに遅れる形で、俺とライナは街についた。
ムドーソ城の郊外に位置する宿場町、イラストリアである。
そこでー、
「女装するよ!ドミー!」
生まれて初めて【女性】となった。
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