第32話 ドミーの準備

「あたしと【断金の契り】ですって?」

俺の提案に、アメリアは驚いた表情を浮かべる。


服飾係のクラウディアに服を作ってもらう日の朝。

俺はアメリアと周辺を走ることにした。

…採寸とかあるし、少しでも痩せておかないとな。

その道中での提案だ。


「ああ。なんだかんだお前には世話になっているしな。俺がエルンシュタインに認められたのも、お前の献身あってのものだ」


今から思えば、ちょっと急いでいたのかもしれない。


実は、ギルドから出頭するよう命令があり、国境線の哨戒にあたることとなったのだ。

国境線にはモンスターや半知覚種族のオークがうろついており、一戦交える可能性もある。

当然ながらムドーソをしばらく離れるため、信頼できる仲間は一人でも欲しかったのだ。


だがー、


「残念だけど、あたしはパスね」


断られた。


「…どうしてだ?」

「言っとくけど、あなたが嫌いなわけじゃないわよ」


アメリアは優しく言った。

朝の光を浴びながら、ずっと同じペースで走っている。

「でも、あなたと【断金の契り】を結ぶってことは、将来的には王の重臣になって国政を担うってことでしょ?あたしにそこまでの才能はないわね。ステータスで見てもわかるでしょ」

「べ、別に才能がなくてもいい。俺が王になればいくらでもー」

「ダメよ。あなたには、適切に人を用いる王になってほしいから」

「人を、用いる…?」

「そうーふん!」


アメリアが、倒れていた古木を乗り越える。

俺も乗り越えて、アメリアについていく。


「もし、あなたが才能がない人にも【断金の契り】を交わして、みんな同じように権限を与えたらどうなると思う?」

「それは…」

「無用な権力争いが起きるわね」

「それは、俺の【スキル】があればー、」

「争いは防げる?確かにあなたには反逆しないかもしれない。でも、多分支配された人間同士ならペナルティはないんじゃないかしら」

「…!」


-【ビクスキ】の影響下に置かれた【女性】同士の争いを、防ぐ機能はありません。レベルアップで追加される予定もありません。


ナビも肯定する。

「そうなのか…」

「だから、本当に信用のおける人物とだけ【断金の契り】を交わしなさい」

「…」

「あなたは、【スキルチェック】で【女性】のステータスや【スキル】がよく見える。【服従条件】からは、【女性】が望んでいることもわかる。これをうまく使っていかないのはもったいないわ」

「俺に、できるかな」

「できるわよ、きっと。もし人を用いることができなければ、エルムス王のように家臣を殺す暴君になるしないわ」

「それはいやだーなっ!」


俺は、先ほど乗り越えた大木より大きな木を乗り越えた。

少し、成長できた気がする。


「もちろん、【断金の契り】以外の人間を冷遇しろと言ってるわけじゃない。適切な能力と望みに応じた、適切なポジションを与えなさい。例えば、あなたとあたしは多分、今ぐらいの関係でいい」

「…これからもいろいろなお願いはする。頼りにしてるぞ」

「もちろん!そのために筋肉を鍛えるわ!マッスルマッスル!」

アメリアは力瘤を盛り上げた。


「だがー、」

俺は足を止めた。

「お前に何も与えないというのは、少し寂しいな」

「ドミー…」


「だから、こうしよう」



==========



「冒険者ドミー!同士アメリアの願いに応じ、ともに筋肉を鍛えることとする!」

「門番アメリア!同士ドミーと筋肉を鍛えつつ、覇業成就のため微力を提供する!」


オリジナルの【筋肉の誓い】を立てることにした。

これが、自ら身を引いたアメリアに対する、俺ができる精一杯だ。


「王国を手に入れたら、ムドーソ全域マラソンにも行くぞ!」

「その時が楽しみねえ!マッスルマッスル!」

「…じゃあ、ギルド本部に行ってくるよ」

「頑張ってきな!あ、じゃあその前にあれを…」

「あれ、な。じゃあいつも通りー、」

「あひゅうううううん!!!」



レムーハ記 人物伝より



無欲のアメリア。


功臣17位。

大小さまざまな功を立てたとされるが、多くが後世に伝わっていない。

王国建国後は、もっぱら名誉職に就いた。

ただ王と肉体を鍛えることを無常の喜びとし、その関係は建国後も終生続いたという…



==========



「やっほー、久しぶりー!ってほどでもないか」



ラムス街の道具屋【ミョルニル】。

ギルド本部での退屈な会合を終えた俺を待っていたのは、先日支配下に置いたクラウディアだった。


1.下級貴族から芸術家見習いとなったクラウディア


種族:女性

装備:【何の変哲もないスケッチ】

クラス:下級貴族…だった

ランク:B

スキル:【デザイン】

体力:3

防御:0

魔力:0

【絶頂】した回数:1回

【絶頂】しやすいポイント:太もも

【服従条件】:あなたの服を作らせて!


「今日が楽しみでうずうずしてたんだよー早速行こう!」

「なあ、この前と性格が違わないか?」

「貴族は堅苦しいのさ色々とねー。今はもうどうでもいいけどね」


口調どころか、外見も大分変わっている。

小脇にスケッチを抱え、工房で使われるような汚れたエプロンを巻き、髪にも絵の具のようなものがついている。


「もしかして、職を変えたのか」

「そ!もう評価もされない屋敷勤めが嫌になっちゃってね。思い切って辞めてきちゃった」

「そうか…悪いな」

「ううん!自分で決めたことだから」

クラウディアはにっこりと笑った。

「あなたの【スキル】は、あなたが思っている以上に色々なものをくれるんだよ」



==========



「採寸するから、ちょっと待っててね…」

【ミョルニル】の店主には、少しスペースを借りてもらっている。

もちろん、その分の対価を支払った。

そのスペースで、俺は椅子に座りながら、クラウディアの採寸を受けている。


「なあ、クラウディアさん」

「歳上だけど、クラウディアでいいよ」

「じゃあクラウディア、俺がもし王になったら、何がしたい?」

【ビクスキ】で支配した女性と俺は、ある程度情報共有する仲となる。

だが、それを漏らすことは決してない。


「この前知ったばかりだけどさーその野望」

クラウディアはこともなげに言った。

「とりあえず【デザイン】で色々な服飾を作りたいかなー」

「…それだけか?」

「うん!ちょっと集中するから黙るね…」

クラウディアの表情が真剣になり、スケッチに取り掛かる。


人を用いる、か。

俺はアメリアに朝言われた言葉を思い出していた。

適切な能力と望みに応じた、適切なポジション。

恐らく、クラウディアは政治にはまったく興味を持たないだろう。

なので、【断金の契り】はしない。

だが、それでクラウディアの価値が失われるのではなく、さらに輝いていくのだ。


「できた!さあいくよ…」


クラウディアがスケッチを完成させたらしい。スケッチから光が伸びていき、俺の体を包んでいく。


そしてー、


「よし!完成!」


気がつけば、俺は鎧に身を包まれていた。



=========



「どう、かな…?古文書の絵画からイメージを深めたんだけど…」

「最高だ」


いわゆる、プレートアーマーというものらしい。

つま先から頭部まで、板金で覆われている。

兜にはバイザーがついており、押し上げれば視界が確保される仕組みだ。

さらに嬉しいことにー、


「えへへ、勢いでスケッチに書いたら、どうやらギリギリ服飾扱いになったみたいだね」


腰に剣まで付いていた。

鞘から抜いてみると純白に輝いており、利用にも問題なさそうだ。


「ありがとう、本当に助かる」

「本当は可愛い服とかにしたかったけど、それは帰ってきてからね!」

「ああ、それは、まあ。ところでお礼だがー、」


「それは、もう決めてる」

クラウディアは服を脱ぎ始めた。

「お、おい…」

「太ももが、いい」

下着だけになると、俺に向き直った。


「…分かった」

俺は、クラウディアの太ももに手を伸ばしていった…




結局、クラウディアは2回ほど【絶頂】した。

まだ見習いだからということで、鎧の代金は無料となる。

本当はアメリアのように【服飾の誓い】をしようと思ったのだが、終わったらさっさと帰っていった。

それも含め、彼女らしい。



=========



【おんぼろ亭】に戻って、鎧のまま帰宅する。

もちろん、鎧は一度脱いだ。


「鎧と剣を手に入れたのは良いけど、可愛い私をほっぽりだしてねえ…」

隠すわけにもいかなかったので、クラウディアの件はライナに話した。

ちょっとだけむくれている。


「すまない、埋め合わせはする」

「ま、いいわ。あなたも支配者になる身だからね…それよりもさ…」


ライナは相談があるようだった。


「どうした?」

「今日ね、とある人間2人をやり込めたの」

「…どんな人間だ?」

「とってもいやな奴ら、顔も見たくない」

「それで、何かしたのか?」

「ちょっと脅して、追い払っただけ。スカッとしたけど、これって正道なのかなってちょっと気になった…それだけ」

「そうか?多少策は用いても正々堂々と戦い、他の人間を誰一人傷つけなかっただろ?」

「うん、それは断言できる」


「じゃあー、」

俺は微笑んだ。

「ライナは道を外れていないよ。いつもそうだけどね」

「…ありがとう」


ライナは安心したようだ。

そして、少し恥ずかしげな表情を浮かべる。


「じゃ、じゃあ」


そう言うと、目を閉じる。

「今日は、あなたから【口付け】すること」


俺は何も答えず、そっとライナの唇に近づいていった…



=========



朝の城門前。

「ギルド各員、出発せよ!!!」

ランケの号令のもと、ギルドの構成員約100人が集結する。

それは、当時ムドーソ城内にいた構成員のほぼ全員だった。

ライナと因縁がある【ヘカテーの剣】のメンバー約20人も勢揃いしていたが、リーダー格の2人はあまり顔色がよろしくないようだ。


何はともあれ、俺とライナの2人も城門を出て、隊列に加わる。

向かう先はー、


ムドーソ王国の国境線上にある防衛施設、【ブルサの壁】である。

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