第30話 密偵、ドミーにビク〇ビクンさせられるが嬉しい

ーラムス街は相変わらずだな。

人ごみの中を歩きながら、私は心の中で思った。


「これはユニコーンの肝!…嘘じゃない!本物だ!」

「おやっさん、今日もツケで飲ませてくれよ!」

「ねえ、今日あたしと遊ばない?」

「あんた、いい加減アメリアとはよりを戻さないの?」

「うるさい!あいつとは肉体を鍛え上げる美学が合わないのよ」


舗装されていない、汚らしい道路。

品性のなく、大声で叫ぶ【女性】たち。

外壁が痛んでいる、黒ずんだ家。


ーここを通らないと城門にはいけないというのは、我がムドーソ城の欠陥の1つである。

ー国民ならともかく、諸外国の使者が見たらどう思われるか、想像もしたくない。


貴族たちは、常にラムス街の陰口を叩いていた。


だが、私は嫌いではない。

一度しかない人生、これぐらい明るく生きたいものだ。


「ねえ、おばあさんだれ?ちゅーりゅーかいきゅうのひと?あたし、あんっていうの」


不意に、誰かに呼び止められた。

振り返ると、年端もいかぬ少女が袖をつかんでいる。


ー私がおばさんだと?まだ28歳なのに!年寄りあつかいするとぶっ飛ばすぞ!


とは言えないので、


「あ、ああお嬢ちゃん。私はベルタと言います。ここにドミーさんという【男性】がいると聞いたのですが、どこにいるか知らないかね?」

「どみーさん?」

「そう。ドミーさんに商品を注文されたので、届けないといけないんです」

「ふうん…」


ー事前に打ち合わせた【設定】を話した。



==========



「クラウディアよ、貴様に命じたいことがある」

主人、ランケから任務を与えられたのは、数日前のことだった。

装飾を施されたゆったりとした椅子に腰かけているが、よく見ると体を小刻みに揺らしており、右腕の爪を噛んでいる。

神経質なこの40代の【女性】が爪を噛んでいるときは、大抵良くないことが起こる合図だ。


「ど、どうされましたかランケさま?」

「…どうしたもこうしたもないわ!」


怒りに震えるランケは勢いよく剣を抜いた…と思ったが途中でひっかかったらしく「このなまくら刀エンギめ!お主は死んでもこのランケに逆らうか…ええい、この前は勢いよく抜けたのだが…」と毒付きながらようやく抜けた。


だから、あなたの貧相な肉体と運動神経では、剣など向いてないというに…


もちろん、そんなことを言えば、使用人でしかない私は最悪切られてしまうだろう。

…へたくそなので、かなり時間がかかるはずだ。


「失礼した…実は、お主に密偵を頼みたい」

剣を抜いて落ち着いたランケは、こう言い放った。

「ラムス街へ行き、ドミーとかいう【男性】を探すのだ」

「ラムス街ですか…?あそこは不浄な街でー」

「だからこそ、貴殿に頼んでいるのだろう、クラウディア」

「…」


なるほどね…

クラウディアは、自分がなぜこの任務に選ばれたのかは分かった。

ムドーソ王国第5代女王、ムドーソ・フォン・エルンシュタインの秘書官であるランケの屋敷。

ランケとのパイプを作るべく、色々な貴族の子弟が使用人として送り込まれている。

その中でも一番家柄の低い自分に、汚れ仕事がめぐってきたと言うことだ。

元は商人だったが多額の献金で貴族となったランズベルク・フォン・ラーレの娘、ランズベルク・フォン・クラウディア。

つまり私に。


「その【男性】ドミーとやらを探して、どうすれば良いのですか?」

拒否権があるはずもないので、先を促すことにする。

「あやつはな、自分では【奇跡の右腕を持つ男】と名乗っておる。【女性】に触れるだけで、さまざまな奇跡を起こすのじゃ」

「ははは、呪われて卑小な【男性】ごときにそんなはずが…」

「いや、このランケもこの目で見た。あやつが、そばに追ったライナとかいう小娘の背中を触ると、たかがCランク程度の実力しかないのに【蒼炎】を放ったのじゃ」

「Aランク上位にしか放てないとされる【蒼炎】を…?」

「しかも、あやつは王の…いや、この話はやめておこう。なんにせよ、あのドミーという男は危険じゃ!早急に対策を打たねばならぬ」


ランケは、私に鋭い目を向けながら命令した。


「クラウディア、ドミーを討て!」

いや、私の【スキル】戦闘できないですけど!?

「…とは言わぬ。ラムス街へ行き、ドミーに関する情報を探ってくるのじゃ。もちろん、【スキル】を生かしてな。お主の【スキル】は、このランケには不要じゃからのう…少しは役に立て」

「はい…」

あーあ、それ本人の前で言ったらだめなのに。

相変わらず性格悪いなー、この人…


「分かりました。承りましょう」

いずれにせよ、私に拒否権はないので承諾するほかない。

「うむ…」

ランケは物憂げな表情を浮かべた。

「今更説明するまでもないが、この国は現在精強な軍隊を欠いておる。切り札の【守護の部屋】もいまや…」

「はあ…」

「だからこそ!私が書類だけでなく、剣を持って王室を守らなければならないのだ!開祖エルムスさま!このランケにお任せあれ!」

そういうと、ランケは再び剣を振り回した。

手からすっぽ抜けて、あらぬ方向へと飛んでいく。

やっぱり、ランケさんに剣は無理だな…


==========



というわけで、私はベルタという偽名を名乗ってラムス街へきている。

貴族が来ると目立つんじゃないかって?

そこで、私の【スキル】である【デザイン】の出番だ。


アンと名乗った少女が言ったように、私の姿は中流階級の人間にしか見えないはずだ。

貴族よりは劣るが、ラムス街の貧民よりは明らかに洗練された服飾。

これは、私が中流階級の商人をスケッチし、【スキル】で具現化したものだ。

服飾に限定されるが、スケッチしたものならなんでも生み出せるBランク【スキル】。

自分では気に入っていたのだがー、


「貴殿、ラーレのような商業に役立つスキルはもっておらんのか…このランケには無用じゃな」


屋敷に入って1日目から、無能の烙印を押されてしまった。

物に触れるだけで、現在の価値や将来の相場まで見抜くAランクスキル【鑑定】と比べたらね…



==========



「私は中流階級の商人なの。ドミーさんから花を注文されて、届けに来た。ドミーさんがどこにいるか知らない?」

落ち込んでも仕方ないので、私なりに密偵任務を継続することにする。

「…しらなーい」

「そ、そう。じゃあ、例えばドミーさんがよく行く場所とか知らない?」

「しらなーい…」

「…分かったわ。じゃあね」

「でもね」

「?」

「どみーさんはすきだよ」



==========



その後も、私はさまざな場所を探ってみた。

この宿唯一の宿泊施設である【おんぼろ亭】、比較的ましな飲食店【エルムス王の隠れ家】、道具屋【ミョルニル】。

主要施設に行ってみるのだが、反応は全て同じだった。


ドミーの居場所は知らない。

だが、ドミーは好いていると。



==========



ー明らかにおかしくない?

結局、夕暮れになるまで何の証拠もなかった。

それは良いのだが、違和感を感じる。


出会う住人が、みな同じことしか言わないのだ。

ドミーの居場所は知らないが、ドミーは好いている。

そんなに好かれているなら、場所を知っている人間がいてもよさそうだ。

あと、悪態やよくない噂を流す人間がいてもいいのにー。


全員がドミーを称える言葉しか言わない。



==========



「あなたが、ベルタさんですか?」

その時、私は呼び止められた。

振り返ると、異様ないで立ちの人間がいる。


私たち【女性】より筋肉質な肉体、覇気を感じるがまだ少年らしい幼さが残る表情ー。

そしてなによりー、


服装が汚れていた。

あちこち破けているし、汚れを洗った形跡はあるも落とし切れていない。

同じものを使いまわしているのだろうか。


いや、そんなことはどうでもいい。

恐らくこいつがー、


「もしかして、【男性】のドミーさんですか?」

「はい、そうですが。何かお届け物があると聞いたのですが、なんでしょうか?」

探していた標的、【男性】ドミーだった。


どうしよう。

まさか本人に会えるとは思っていなかった。

何か、ランケさまへの手土産となる情報を得ないとー


「えっと、その…」

「?」

「あの…」

「…」


そうだ、あの噂を試してみよう。

そして、体験した感想を報告するのだ。


「わ、私と握手しませんか!?」



==========



あれ…?

私は気づくと、貧相な宿屋のベッドで寝ていた。

たしか、【おんぼろ亭】の部屋だったはず…


なにされたんだろう…

ゆっくりと記憶がよみがえってきた。

ドミーという男は私の求めに応じて、右手で握手をした。

するとー、


「あっ!?…」


今まで体験したこともない、甘美な震えを体験したのだ。

それは徐々に広がっていきー、


「いやだ…なにかくる…ううううううんんん!」

私の体はビクビクと震えた。

そして、意識を失ったのだ。


「…密偵にしては、ぽんこつすぎるような…?」

最後に見えたのは、困惑する表情を浮かべたドミーだった。



==========



逃げなきゃー。

そう思っていたのだが、


ードミーさんに、早く会いたい。

ードミーさんに、あれを作ってあげたい。


自分の者ではないかのような声に支配され、動けない。

するとー、


「もう、なによドミー」

「聞いてくれよ、こいつはすごいんだぜ?救世主だよ救世主!」

「密偵なんでしょ?作ってくれるのかしら」

「大丈夫だよ、もう【絶頂】してるし」


どたばたとした話し声を共に、ドミーともう一人、【女性】が入ってきた。

金髪のツインテールに【炎魔導士のローブ】。

噂に聞く【蒼炎のライナ】だろうか。


「あ、あの…」

私は、もう我慢ならなかった。

言わないといけない。

「えーと、クラウディアさん。実は…」

ドミーも何かを言おうとしている。

なぜか本名がバレているが、どうでもよいことだ。


そしてー、


「俺の服を作ってくれ!!!」

「あなたに服を作らせてください!」


声が重なった。



==========


「え、いいのか!?」

ドミー、いやドミーさまは顔をかがやせていた。

喜んでくれて、うれしい。

私は、涙を浮かべながら言った。

「はい。私、自分の【デザイン】の【スキル】をずっと軽んじられてきました…だから、人前で出したことはほとんどありません」


ー正直外れスキルだよな、あの娘。

ー服飾など、貴族の仕事でもないからの。


辛かった記憶が蘇るが、消えていく。

そして、全てドミーさまの笑顔で上書きされていった。


「でも、あなたに出会ってから、どうしても作りたくなったんです…自分の【スキル】を試せる場所を、私にお与えください」

「ああ、ああ!」

ドミーさまは嬉しそうだ。

「本当、この世界【男性】の服なくてなあ…ライナが作ってあげるっていうんだけど、これがからっきしで…」

「ちょっと!人がせっかくやってあげたのにさ」

「すまんすまん。クラウディアさん、あなたの【スキル】は素晴らしい。というわけで、お金は払うからー」


そして、ドミー様はジャンプしたかと思うと、私にひざまづいた。

確か、あれは【ジャンピング土下座】という、異国で伝わる誠意を示す方法だ。


「とりあえず、一式お願いします!!!」




「はい…」

私は、微笑んだ。

人生で、一番幸せだった。




レムーハ記 人物伝より


服飾のクラウディア


功臣序列28位。貴族階級の娘だったが、早くから王の家臣として活動した。王や家臣の服飾を担当し、にわか作りの王朝に権威をもたらしている。後に服飾の学校を開き、王朝の文化隆盛に貢献した。


有名な事績として残っているのが、【クラウディアの一夜服】である。王やその家臣は、ムドーソ王国打倒に成功したはいいものの、即位式に必要な服飾を用意できず窮していた。そこにクラウディアが現れ、全員分の服飾を献上した。


ー王よ、あなたのために一夜で用意しました。


王は喜び、クラウディアに褒美を取らせたという。

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