旧約第3章【男性】ドミー、辺境地帯に旅立ち新たな仲間を得る
第28話 ロザリー、自らをざまぁする
「ドミーが、ムドーソ王国のギルドに所属…?」
夜。
深い森の中を歩いていたあたしは、レイーゼの報告に驚きを隠せなかった。
「そ、そうなんですロザリー。今日立ち寄った村で村民が話していました。なんでも、エルンシュタイン王公認とか」
あたしの後ろについてる【魔法士】のレイーゼは、信じられないという表情を浮かべている。
レイーゼのスキル【トランスポート】で運ばせているさまざまな荷物が、ぐらぐらと揺れた。
「や、やばばじゃね?…ドミーの奴、そんなすごい【スキル】を持ってたのか?」
レイーゼの隣にいる【拳闘士】のルギャも、動揺を隠せない。
あたしたち3人は、Aランクの冒険者で構成されるチーム【アレスの導き】だ。数週間前、チームから追い出した荷物持ち係ドミーが生きている痕跡を発見したため、捜索を続けている。
だが、どこかで方向を間違ったらしく、見つからないまま時を費やしていた。
ーき、きっともう死んだんですよ…諦めましょうよ
レイーゼがそんなことを言い出した矢先の出来事だった
「ふふふ、やっぱり生きてたんだ、あの豚」
「…」
「…」
2人は黙りこくった。
おそらく、私の体がブルブルと震え、満面の笑みを浮かべていたからだろう。
高ぶりを覚えた時の、あたしの癖。
今までは隠し通せていたんだけど、最近はコントロールが難しくなってきた。
ドミーが見つからなかったからだ。
でも、ドミーの居場所が掴めた今も、結局震えている。
これまでは、体の震えは手の甲に噛みつくことで押さえてきた。
でも、もはやそんな気にもなれない。
ーやはり、やるしかないか。
あたしはできるだけ平静を装って、ルギャとレイーゼに話しかけた。
「ねえ、少し休憩しない?」
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「あたしたち、結構長い付き合いよね」
焚き火を囲みながら、あたしはルギャとレイーゼに語る。
保存食のパンを広げていたが、2人とも手をつけない。
だから、あたしが食べる。
1個、2個、3個、4個、5個。
結局、全て食べてしまった。
全部、全部、全部。
「…なあ!」
あたしの手を止めたのは、普段は珍妙な言葉とおちゃらけた態度を取るルギャの震え声だった。
ルギャをよく知らない人はふざけた性格と誤解するけど、あたしは知っている。
それらは全て、チームの空気を明るくするための演技なのだと。
だから、ルギャが動揺している時は、よくないことが起こるものだ。
「もう、ドミーに関わるのはやめてくれ。お願いだ…」
「どうして?あたしが自腹で買ったのよあの奴隷を。【スキル】も使えないくせに2000ゴールドもして、高い買い物だったわ」
パンが口の中に残っているが、あたしは構わず話し続ける。
「でもね、でもね、嬉しかったの。【男性】と会うことなんて、一生ないと思っていたから。思いを秘めたまま、死んでいくと思ったから。だからね…なんでもしてあげたかったの。ねえレイーゼ、何が言いたいかわかる?当ててごらんなさい」
「ロザリー、ごめんなさい…」
レイーゼは泣き出した。
なぜ泣くんだろう?
何も責めていないのに。
「怖かったの。ドミーと出会ってから、ロザリーは変わっていった。最初は私やルギャに隠してたけど、ドミーを追い出す前は、隠しもしなくなっていった」
「あら、そうなの」
あたしはほっとした。
「もしあたしとドミーの間に入ったら、殺しちゃうところだったわ」
「そんな…!!!」
「ロザリー!いい加減にしろ!今の言葉をー」
「いいえ取り消さないわ!!!決して!!!」
あたしは、ルギャの言葉を強引に打ち消した。
「あなたたちも気付いてるなら話が早いわ」
もう、この辺でケリをつけましょう。
「あたしは、【男性】が好きなの」
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「レムーハ大陸にはね、1つの言い伝えがあるの」
ルギャとレイーゼは何も話さなくなった。
いい機会だから、このまま畳み込んでしまおう。
「1000年に1度、【スキル】も使えない役立たずの汚らわしい【男性】が生まれるの。でもね、それと同じタイミングで、その【男性】が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでたまらない【女性】も生まれる。2人は結ばれて、幸せに暮らす。【運命の男女】よ」
「それが、ロザリーとドミーだと言うんですか…?」
「そうよ、レイーゼ」
本題を切り出す。
「でも、正直あたしが気持ち悪いでしょ?離れたくてたまらないでしょ?【女性】じゃなくて【男性】を愛しているなんておかしいものね」
少なくとも、この世界では。
だからー、
「…解散しましょう、【アレスの導き】を。おそらく、Aランク冒険者3人でムドーソ王国には入れないわ。1人でも危険要因だし。あたしは1人でムドーソ王国に行く。あなたたちは別れるなり、新たなメンバーを加えて再出発するなり、勝手になさい」
言いたいことは言い切った。
ルギャとレイーゼは、しばらく言葉を発さなかった。
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「…がっかりだよ、ロザリーには」
先に口を開いたのは、ルギャだった。
そう、それでいい。
「ごめんね。こんなどうしようもない異常者でー、」
「違う!!!」
ルギャから発せられた言葉は、あたしの予想とは違った。
「がっかりしてるのは、そんな小さなことで、俺たちがロザリーを見捨てると思われてたことだ!!!」
ルギャの目には、涙がうっすらと浮かんでいる。
チームを結成して10年、初めて見る涙だった。
「…あんたが眠ってる間、俺はレイーゼと話し合った。全ての意見が一致したわけじゃない。でも、あんたが誰を好きでも、10年前交わした【断金の交わり】は変わらないという気持ちは同じだ。そうだろ、レイーゼ」
「はい…私たちは、あなたを想う気持ちにいささかも変わりありません。だから、行かないでください…」
下を向いて泣いてばかりだったレイーゼも、ついに頭を上げてあたしを見つめる。
困ったなあ。
こんなはずじゃなかったのに…
もっと、軽蔑してくれないと困るのに。
「1つだけ納得行かないんです、ロザリー。私とルギャは、10年間あなたと行動を共にしました。嬉しいことも、悲しいことも、全部分かち合ってきました。それなのに、どうしてたった1年行動しただけのドミーを優先するんですか…?」
「…それは簡単よ」
どうやら、簡単には行かせてはくれないらしい。
それならそれで、考えがある。
「あなたたちも好きだけど、ドミーの好きとは違うのよ。同じようで、全く違う」
「…分からない。どう違うんだ、ロザリー」
「そうねえ」
あたしは立ち上がった。
そろそろ、力を込めなければならない。
「レイーゼとルギャが清流だとしたら、ドミーは汚泥ね。ドロドロとしていて、異臭がする。でも、今はそれを体に塗りたくりたくて仕方ないの。人体の穴全てから、体内に入れてしまいたいの」
「…それが、そんなものが、答えだと言えるのか?」
「言えるわ、少なくともあたしにはね」
もう、無駄話はこれで終わり。
「お互い妥協点を見出せないようだから、あとは実力行使しかないわね。止めるなら、排除するわ」
「…そうか」
ルギャは一瞬目を閉じー、
「なら!あんたを全力で止める!顔に傷がついても恨むなよ!ロザリー!!!」
Aランク【拳闘士】の殺気を漂わせた。
「ロザリーさん!目を覚ましてください!!!」
レイーゼも杖を構える。
「そう。じゃあ、こっちも本気で行くわ」
あたしは、腰の剣を投げ捨てた。
これは、平時に使う平凡な剣だ。
あたしの本気はー、
「来なさい、【血吸いの戟】」
右手を虚空に伸ばすと、周囲の空間が歪み、禍々しい戟が現れる。
柄は見つめると吸い込まれるように感じるほど黒々しており、刃は真紅という言葉では足りないほど赤く光り輝いていた。
それを、右手で握る。
「ルギャ。レイーゼ」
あたしは、ニヤリと笑った。
「最後の稽古をつけてあげるわ」
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長い時間が流れた。
「さすがに、無傷とは行かなかったわね…」
あたしは、腹部を手で押さえながらゆっくりと歩く。
その部分だけ鎧が砕かれており、出血していた。
少しずつ流れ出して、あたしの足や股に流れていく。
ルギャの最後の一撃。
追い詰められた【拳闘士】が、最後に一矢報いたのだ。
「少し汚れちゃったから、ドミーに綺麗にしてもらわなくっちゃ」
月を眺めると、今日は満月だ。
青白く輝いており、美しい。
ドミーも同じ月を見ているのだろうか。
「待っててね、ドミー」
月に向かって、あたしは微笑む。
「今から、一人ぼっちのあなたのそばに行くから…」
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「っ!」
「?どうしたの、ドミー」
「いや、誰かに見つめられている気がしてな」
「…誰もいないわよ?」
「そうだな。勘違いだった」
「今は、私だけを見て…」
「ああ…」
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レムーハ記 人物伝 補記より抜粋
ロザリーは、現在は滅亡した辺境の王国ラムズガルド出身と伝わる。
当初は平凡な幼児であったが、とある山で【血吸いの戟】と呼ばれるAランク武器を発見し、その後頭角を表した。
早くから家を飛び出して冒険者稼業を続けていた彼女は、偶然同じ任務に居合わせた【拳闘士】ルギャ、【魔法士】レイーゼと【断金の交わり】を結び、冒険者集団【アレスの導き】を結成する。その後、レムーハ大陸を轟かすAランク集団にまで成長した。
【アレスの導き】が挙げた戦果として語り継がれているのが、【ラコック平原の戦い】である。とある王国を15000匹のワーウルフが襲撃したのだが、1日に3、4度と突撃を繰り返し、そのたびに数百匹を殺傷した。精魂尽き果てたワーウルフが撤退すると、それを追撃し、平原に屍の山を築いたとされる。
だが、突如ロザリーは姿を消した。【アレスの導き】の活動も見られなくなり、史書から姿を消す。
この際の動向は専門家によって意見が分かれるがー、
恐らく、王の下へ向かっていたと推測されている。
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