番外編 エルムス王に関する記述

※完全なる番外編です。無理に読む必要はありませんが、読むと物語をより楽しめます!



レムーハ記 ドミー王の記録 草案より抜粋 


滅亡した王朝の事績を記録するのは、新たに成立した王朝の責務である。

よって、ムドーソ王国についても本書は記録する。



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ムドーソ王国の祖は、エルムスという【女性】である。

小作農だった両親を早くに失い、親戚の富豪の家で農業に従事した。

だが、エルムスは棒術や剣技といった武術を極めることに熱中し、まったく働こうとしない。

やがて親戚の家を飛び出し、賭博や用心棒といった稼業で生計を立てることとなった。


エルムスの荒んだ人生に転機が訪れたのは、賭博場を訪れた貴族に見初められ、恋人の契りを結んだことである。

この時、エルムスはすでに35歳となっていた。


だが、エルムスにとっては不幸なことに、【口合わせ】や【生命降臨の儀式】を繰り返しても、どちらも妊娠しなかった。

家柄の差からエルムスの責任とされ、貴族の屋敷から追放される。

この時、すでに40歳となっていた。


全てを失い彷徨っていたエルムスは、とある大きな岩を発見する。

感情に任せて剣を振るいつつ、エルムスは叫んだ。


ーこのまま、何も成さずして死ぬものか!


振るった剣の破片が右目に突き刺さり、エルムスは光を1つ失った。

生死の境を彷徨ったが、一命を取り止めた。



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この後、エルムスは片目を失った壮絶な面構えを気に入ったエルーデ王国の将軍によって、兵士の身分を与えられる。


エルムスは全将兵の先頭に立って突撃するだけでなく、部下の傷口に沸いたウジ虫を口で吸い上げて癒し、多くの支持を集めた。


やがて、自分に兵士の身分を与えてくれた将軍が死に、後を継いでエルーデ王国の将軍となる。



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エルーデ王国将軍時代に挙げた戦果として著名なのが、半知的種族であるオークの大軍を破った【ケカの戦い】である。

記録によれば、以下のような流れで行われた。


エルムスはオーク軍の攻撃を誘発するため、前衛に800人の歩兵を配置した。

それを見たオーク軍は、軍の中核を占める騎兵隊10,000人に命令し、突撃を開始する。


だが、これはエルムスが仕掛けた罠であった。

巨大な盾の下に身を潜めていた前衛の歩兵たちは、オーク騎兵が数十歩まで近づくと一斉に立ち上がり、大声を上げながら遠距離攻撃系の【スキル】を斉射したのである。


これは、オーク騎兵と長年戦ってきた部下の意見を聞き、エルムスが考案した作戦であった。

実は臆病な生物である馬は、潜んでいた兵士が立ち上がり大声を上げたため、勢いが鈍る。

そこを【スキル】で次々と打ち減らされたため、やがて敗走していった。

前衛の800人は、この日を想定して鍛え上げた遠距離攻撃系【スキル】の達人揃いだった。


驚愕したのは、後方から進軍していたオークの歩兵である。

敵に向かって突撃したはずの味方騎兵が敗走し、こちらに突っ込んでくるのだ。

たちまち、大混乱となった。


その気を逃さず主力を前進させたエルムスは、オーク軍を速やかに打ち破った。 

途中逆襲を受け危うい場面もあったが、こう叫んで切り抜けた。


ー我は王となる女ぞ!


明らかに不遜であったが、エルーデ国王に密告する者はいなかった。



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これらの功績が認められたエルムスは、エルーデ王国軍の最高司令官となる。

同時に【正義公】という異名を名乗った。

エルーデ国王が詰問すると「王の正義をあまねく実行する決意を表したものです」とエルムスは答えた。


だが、年老いた王が病死すると、エルムスはエルーデ王国に反旗を翻す。

「王の正義」とは、自らの野望だったのだ。


この時、エルムスに関する逸話として知られているのが【城門での嘆息】である。

エルーデ王国の首都ラゴモ(現ムドーソ)に進軍したエルムスは、城門が開け放たれていることに気付いた。

すでに、裏切り者が王族を皆殺しにし、降伏の構えを見せていたのである。


ー我がこと、成れり!


エルムスはしばし狂喜したが、


ーこれで、長年仕えたエルーデ王国も終わりか…


と嘆息したという。

ラゴモに入場したエルムスは、殺害された王族を丁重に弔い、裏切り者を一族ごと殺害した。



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その後、エルムスはエルーデ王国の残党や周辺勢力を討伐し、アンカラ地方を統一する国家ムドーソ王国を建国した。

立身出世を決意した40歳からはや20年、60歳のことである。



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統一国家ムドーソ王国を建国したエルムスであったが、晩年は猜疑心に囚われるようになった。

これまで苦労をともにしてきた配下たちを、「血のつながりのない他人」であると認識しはじめたのである。


こうして大粛清が始まり、多くの名将や能吏が殺害されていく。

功臣序列第3位のジョタは引退して難を逃れようとしたものの、刺客を送り込まれて殺害された。

諫言した者も殺害され、周囲は一言も発さなくなった。



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暴虐な王と化したエルムスにも、最期の時がやってくる。


ー貴様も、子孫のない私を愚弄するか。


ささいな理由で養子を剣で殺害した時、その破片が左目へと突き刺さったのだ。

全ての光を失ったエルムスは塞ぎ込むようになり、みるみる衰えていった。

やがて臨終を迎えるエルムスに対し、群臣は問いかける。


ー王よ、国を継ぐ後継をお定めください。


エルムスは嘆息し、こう答えた。


ー私は決めたのだ。もう何も決めぬと。


そして、その後は一言も発さなかった。

立身出世を渇望して30年、70歳の時である。

王国を誰にも引き継がせぬまま、この世を去っていった。

死後、「烈王」という賞賛とも皮肉ともとれる称号が送られた。



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その後、いくつかの政変が起こり、王国は元腹心チディメという者に引き継がれる。


国を乗っ取る形となったが、チディメはムドーソ王国の名前をそのまま残した。

その後ムドーソ王国にはチディメの血を引く4人の王が立ち、やがてドミー王による新王朝が到来することとなる…。

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