第16話 支配した地区を堪能しつつビクン〇クン(前編)

「疲れた…」

「私も疲れた~」


俺とライナ、疲れ切った声がほぼ同時に重なる。

【男性】と【女性】、骨格の違う2つの肉体が、1つのベッドに倒れこんだ。


ここはラムス街唯一の宿屋【おんぼろ亭】。

その名の通り風格もへったくれもない古びた宿屋であるが、これまで野宿生活を続けてきた俺たちにとっては楽園である。

朝から続いた狂乱も大分落ち着いたため、俺たちはまず宿を取ることにした。


「ライナのおかげで助かったよ。【腕戦争】を数日続けるより、ずっと効果的に支配を進められそうだ」

「いや、私はドミーのアイディアをアレンジしただけだからさ…あたしの考えだけじゃあ、まだ街に入れなかったかもしれない」


少し間をおいてー、


「でも、褒めてくれてうれしいわ、ありがとう」

ライナははにかんだような笑みを浮かべた。

「こんなに楽しい時間は久しぶりだったわ。ラムスの人たちも楽しそうだった」

「ああ…」

「?どうかした?」


「少し、自分の【スキル】が怖くなったんだ」

【おんぼろ亭】の天井を眺めながら、俺は自分の気持ちを正直に伝えた。

据え付けられたランプが、ゆらゆらと揺れている。


「もちろん野望はあるし、ある程度利用する覚悟はしてきたつもりだ。でも、今日は想像以上だった」

「…あれだけ大量の人間を支配したもんね」

「甘いのかもしれないけど、支配した人間を大量に死ねせたり、傷つけたりするようなことは、出来るだけ避けたい」


すると、視界にライナの姿が入ってきた。

天井を遮る形で、俺の上に膝立ちで移動したのだ。


「ふふ、私にはあーんなことやこーんなこともした癖に」

「それは、まあ…」

「大丈夫よ」

ライナは優しい表情を浮かべる。

「今日、はっきりと確信したわ。あなたは、その【スキル】を残酷なことには使わない。きっと、多くの人を救うことに役立てられる」

「…」

「だから、もっと自信を持って。たとえ何かあっても、わたしは最期までドミーの味方だから」

「…ありがとう、ライナ」


見つめあったまま、少し時間が流れる。


「ねえ」

「うん?」

「【口合わせ】、してみる?」

「俺とライナで?」

「そう」


俺は、すぐには答えなかった。

【口合わせ】が、愛する【女性】同士が行う最上級の愛情表現と知っていたからである。

さらにー、


「もしかしたら、私とドミーで、こ、子どもとか作れちゃうかもよ?まあ、そのためには儀式が必要なんだけど」


【口合わせ】をした【女性】同士は恋人関係となり、さらに【生命降臨の儀式】を行えば、どちらかが妊娠する。


それが、この世界で子孫を作る方法の一つ。


「自分で言って恥ずかしがってないか」

「う、うるさいわね。恥ずかしいに決まってるでしょ!」

「でも、興味はあるな」

「え?ひゃん!!!」


軽く腕にタッチし、力の抜けたライナをベッドに寝かせる。

そして、俺が膝立ちで上になる。


「あっ…」

俺はライナの少し赤くなった顔を見つめた。

動揺していたが、やがて目を閉じる。

唇を近づけ、【口合わせ】をー、


-警告。現在の【ビクスキ】レベルでは、【口合わせ】は禁止されています。レベルアップが必要です。


と思ったが、ナビに無情な宣告を告げられる。

ええ…。

流石に萎えてしまい、顔を離した。

「…?」

「【ビクスキ】がレベルアップしてないとダメらしい」

「あはは…」

ライナも苦笑いを浮かべた。


-ドミーさまは本日経験値を大量に獲得しました。もう少しでレベルアップしますので、頑張ってください。


やれやれ…

信じるしかなさそうだ。


「仕方ない、とりあえず腹に何か入れよう」

「そうね!私もお腹ぺこぺこ!」


荷物をまとめ、俺とライナは【おんぼろ亭】の部屋を出た。



==========



「意気揚々と出てはいいものの、私たちそんなにお金持ってなかったわね…」


【おんぼろ亭】を出て、当然すぎる問題点をライナは指摘した。

全財産は36ゴールド。

2人でまともな夕食をとれるギリギリの額だが、その場合、次の日から無一文といったところか。


「心配ない」

「当てはあるの?」

「もちろん」


俺は胸を張った。


「俺たちは、一応この地区の支配者だからな」



==========



「というわけで、俺たちに投資してほしい」

向かったのは、金貸しを営んでいる商人、シネカの自宅だった。そこそこ成功しているらしく、ラムス街にしては大きな家である。


「ドミーさま、早速のお運び、ありがとうございます…」

「さま、か。まあ程々で頼む」

「あら、申し訳ありません。気をつけますわ。おほほほほ…」


シネカは美しい青のドレスに身を包んでおり、気品を感じさせる優雅な佇まい位をしていた。

年齢は…あまり詮索する気はないが、ライナよりは上だろう。

だが、成熟した女性がもたらすオーラは、ライナの蕾のような美しさに負けず劣らない。

【ビクスキ】で支配下に置くときも、「面白そうですわね…」と不敵な笑みを浮かべていた。


「もちろん、ドミーさまのためなら、あたくしの全財産を差し上げますわ。1つだけ、お願いを聞いていただけたら、ですけどね」


ナビが表示するステータスを見ると、完全に支配下に置くための【傾向】は「養子となって稼業をつぐこと」となっていた。

さすがにやめておこう。


「そんな必要はない。ちょっとしたビジネスの話だ」

「お聞きしましょう」

「俺とライナの目標はこの街、つまりムドーソ王国の乗っ取りだ」

「…続けてください」

「だが、さしあたって軍資金が必要となる。今の俺たちは、今日にも資金がなくなりそうだからな」

「して、見返りはなんでしょうか?」

「投資してもらった額の10倍を返す。俺が王となれば、たやすいことだ」

「…」


「お、大きく出たわね」

さすがにライナも大言壮語だと思ったらしいが、これぐらい大きく出なければな。


「実現する可能性は、ゼロではない…今日の立ち回りでも、それを証明している…」


シネカは独り言をつぶやきながら、考えているようだった。

が、【ビクスキ】の力は、シネカ本人が一番実感していることである。

この都市含むムドーソ王国の住民は、全員が【女性】なのだ。

しかも、すでにラムス街の住人1000人、すなわちムドーソ城内の住民20分の1を手中に収めてもいる。

若気の至りと言われることはないはずだ。


「…10000ゴールド」

まじか。

さすがにビビったが、もちろん表には出さない。


「といいたいところですが、今から10000ゴールドをお渡ししても持て余すでしょう」

シネカは借用書を書き始めた。


「まずは1000ゴールド。これだけあれば、当面の生活には困らないはずです」

「それで実績を出せば、残りを渡すということか」

「さよう」


交渉は成立した。

満足のいく結果である。

「しかし、それほどの財があるのに、なぜラムス街に…?」

「わたくし、昔は貴族でしたので…まあ、しがらみに巻き込まれたと思ってください」


書き終わると、俺たちに向けて微笑みかける。


「古くから伝わる商人たちの言葉として、【奇貨おくべし】というものがございます。珍しい商品を買っておけば、後に大きな利益となるという意味です。今宵は、私も商人冥利につきるというものでしょう」



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