第7話 決意を新たにビク〇ビクン(後編)

「いつまで寝てるんだい?ドミー君。いい加減、【女性】を待たせるのは感心しないなあ」


俺が目覚めると、白い壁に囲まれた部屋にいた。

そこにいたのは、純白の服と背中に翼が生えた人物ー、コンチである。


「あなたは…」

「まあ、そのおかげで良い光景を見させてもらったよ。君にも見せてあげたかったね」

「?」

「まあ、知らないままでいいよ。それよりどうだね、【ビクスキ】を使った感想は」


「実は、まだ自信がなくて…」

「なぜ?」

「【ビクスキ】を使いたい時、使ってる時は自信に満ち溢れているんですが、そのあとは罪悪感を感じてるんです」

「まあ、僕が【ビクスキ】を行使してるときは、多少精神が高揚するようリミッター解除してるからね」

「そうなんですか…」


「だがねえ」

それまで笑顔だったコンチが真顔になる。

「いい加減、くだらない道義心や罪悪感は捨てたまえよ」

「捨てる…?」

「ああ。なぜだか分かるかい?」


コンチがグッとこちらに顔を寄せてきた。

「君はもう、後戻りできないクズだからだ。【ビクスキ】の影響下にあるとはいえ、それを行使して【女性】を1人支配している。ある意味騙し討ちでね」

「そ、それは、あなたがそれを使って成り上がれとー」

「確かにそう言った。だからこそ、もっと堂々としろと言っている」


コンチの頬は、少し赤くなっている。

「レムーハで君が成り上がれば成り上がるほど、君以外の人間、すなわち【女性】は君を憎悪し、隙あればあーんなことやこーんなことをしようとするだろう。子作りもできない【男性】なぞ、この世に存在してはいけない異物だからな。罪悪感を示したり、泣いて許しを乞うても無駄だ。だから、もっと堂々としろ」

「…」

「あらゆる世界の生物は、2種類のタイプに分けられる。力を行使し支配するものと、力を行使され支配されるものだ。普段は道徳など法律などと言って見せかけの平等を装っているが、そんなものはまやかしに過ぎない。それに、君が昨日支配した【女性】も、いつまでもくよくよした【男性】を好ましくは思わないだろうね」

こちらの事情など知ったことではないと言わんばかりに、コンチはまくし立てた。


「君は、力を行使して支配できる人間になれる。だから心配ない、平気で人を蹴落とせるようになるんだ」

「…はい」


俺は、コンチの勢いに気圧されながらも頷いた。

確かに、今やめても、不浄な【男性】として、蔑まれるだけである。

後戻りはできない。


「分かればよろしい!そろそろ君とはお別れだ。1つアイテムを上げるから、ぜひ役立てて欲しい」


コンチは、俺にあるものを手渡した。花の装飾が施されており、陶器でできた小さな壺である。


「これは…?」

「【復元の香炉】さ。君が昨晩楽しんだ【女性】がいるだろ?彼女の前で開けてやるといい。効果はお楽しみだ。それじゃ、今後も頑張ってくれ!」


そして、指をパチンと鳴らす。

たちまち、意識が混濁し始めた。


「支配下に置いた【女性】のステータスは、こまめにチェックしておくれ。新たな発見がある…」


そこで、意識を失った。



==========



轟音。

俺の意識は、謎の爆発音で強制的に覚醒させられた。

周りを見渡してみると、あたり一面森が広がっている。

昨日の夜、俺がライナと一夜を共にした空間だ。


「ライナ?」

そばにいるはずの【女性】を呼んでみるが、いないようだった。

右手に異物の感触を感じたので見てみると、コンチからもらった【復元の香炉】が握られている。

どうやら、先ほど見た光景は幻ではなさそうだ。


「ごめん!ドミー。びっくりした?」

やがて、ライナがこちらに駆けつけてきた。

髪が乱れ、顔には水しぶきがかかっている。

川で顔でも洗ったのだろうか。 

着衣も乱れており、昨日の行為の影響が残っている。


「スキルを行使したのか?」

「そうよ、あんたに強化してもらった【ファイア・ダブル】をね!爽快な気分だわ」

「そうか」


ライナはニコニコと笑っていた。

なぜだが、少し違和感を感じる。


「何があったのか?」

「別に!少しモヤモヤを解消しただけよ。もう心配ないわ」

「ならいいが…そうだ、この香炉を使ってみてくれ」

「…変なことするんじゃないでしょうね」

「そんなものではないさ、多分な」

「ならいいけど」


俺は壺の蓋を開ける。なんとも言えない、甘い香りが漂った。

するとー、


「あら!」

髪が整えられ、汚れや乱れの無くなったライナが視界に現れた。

なるほど、【ビクスキ】を行使したあとに使えということか。


「…これでもう一回できるってわけね。変態」

「まあ、迷惑料だと思ってくれ」

「そうね。でもありがとう、助かったわ」

ライナが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「私、あなたに謝りたいことがあるの」

だが、すぐに表情が曇った。

「なんだ?」

「さっき、あなたを殺そうとした」

「…」

即答できる懺悔ではなかった。

「結局、殺せなかったけどね。詳しくは言わないけど、【ビクスキ】の効果だと思ってちょうだい」

「そうか…いいさ。済んだことだ」


俺も、謝りたいことがあった。

「昨日は、無理やりやってしまって悪かった。最低なことだと思ってる」

「良い心がけだわ」

「もう、ライナの意思を無視することはしない」

「でも、あなたの強化がないとこの先立ち行かないからね。その時はお願いするわ」

「ああ」

「じゃあ仲直り!と言いたいけど、握手すると変な感じになるわね…」


ライナは、真剣な表情を浮かべる。

「じゃあ、言葉で誓いを立てましょう。冒険者が行う【断金の交わり】とかどう?」

「それでいいさ」

「分かった。じゃあ…」


手順は、至ってシンプルだった。

「冒険者ライナ!同志ドミーと行動を共にし、互いの目標達成を目指す!」

「だ、【男性】ドミー!同志ライナと行動を共にし、互いの目標達成を目指す!」


「「この誓いは、何者も破ることはできない!!」」

俺たちは、短いながらも、確かな誓いを交わした。



この誓いは終生続くことになるが、それは別の話。





==========



「さーて、どこに行こうかしらねえ」

荷物をまとめ終えて、俺たちは森を出ることにした。

「ドミー、あんたこの辺のことあまり知らないでしょ?この辺で街といえばね…」


「場所は決まってるさ」

「うん?どこよ?」

「ゴブリン退治を依頼したギルドがある街。当然だろ?報酬をもらいに行かないといけないからな」

「あー、そうか…」

ライナは少し表情を曇らせた。


「行きたくないのか?」

「いや、私が冒険者集団を抜けたって話はしたでしょ?」

「会いたくない顔馴染みがいるってことか」

「うん…」


「大丈夫だ、俺がついてる。何とかして見せるさ」

俺は、コンチの忠告通り、少し強気に答えた。

それぐらいでなくては、誰かを支配する資格などない。


「…」

ライナは俺をじっと見つめた。

少し迷いがあるようだったがー、

「いいわ、あんたに任せる」

肯定した。

「それでいい」

俺は先を歩いていく。


「…あんたが成り上がるのか、それとも破滅して惨めに死んでいくのか、見届けさせてもらうわ」 

「ああ」

そのため、ライナの最後の呟きまでは耳に入らなかった。


「それまで、そばにいてあげる…」


こうして、歪んだ関係が始まった。

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