第6話 『僕』を壊したモノ、それは


 空気中の酸素を集め、そして――。

「【ファイヤ――】……ぅっ……!?」

 突然右腕が重くなり、俺は慌てて魔法を中断した。集めた酸素は、空気中に散っていった。


「それ以上はダメ! 私は大丈夫だし、平気だから!」

 傍らに居たハズの少女が、俺の右腕に必死にしがみつく。

 襲ってきた少年たちを助けるために、身を挺したというのか? あと一歩遅かったら、自分が黒焦げになってしまっていたかも知れないというのに。


「私は、大丈夫だよ……! だから、人を殺すなんて絶対にダメだよ……!」

 少女は、泣きじゃくりながら俺に訴えた。

 ああ……そうだった。忘れていた。人が人を殺すのは、悪いことだった。


 俺は――僕は、右腕をゆっくりと下ろす。

 もう攻撃はしないと、少女に伝えるかのように。

 少女は満足そうに頷いた後、鼻をすすりながら大粒の涙を拭った。

 

「えっと……助けてくれて本当にありがとう。私の名前はミリオラ。貴方が来なかったら、今頃大変なことになってたかも……」

 長く美しい茶色い髪に、小動物を思わせるような愛らしい瞳。それに、服の上からでもハッキリと分かる胸の膨らみ。

 なるほど、そういうことか。少年たちの目的がやっと分かった。


「あの、貴方の名前は?」

「ぼ、僕の……名前……?」

 名前……名前? あれ? もしかして、自分の名前さえも忘れてしまったのか?

 『ク』から始まったような気もするけど、もう覚えていない。


「マ、マナ……ケミー」

 僕は、頭に浮かんだ単語をそのまま口にした。

「『マナケミー』さん? ふーん、その年代にしては珍しい名前だね。……あっ、外見から判断しちゃったけど、年上……なんだよね? 私は16歳だけど、貴方は何歳なの?」


「い、1万と……22歳」

「……え? あ、ああ! なんだ、冗談か。マナケミーさんってば、見かけによらずユニークな人なんだね」

 何がおかしいのか、ミリオラはクスクスと笑う。冗談ではなく、本当なんだけどな……。

 より正確に言うと、僕は『100世代目』なんだけど、説明が面倒だから止めることにした。


「それにしても、さっきの魔法は凄かったね! あんなの初めて見たよ!」

「あ、ああ……アレは――」


 ふと、良い香りが僕の鼻をくすぐった。

 さっきのような食べ物の匂いじゃない。これは――。


「うっ……うぅっ……!」

 突然胸が張り裂けそうになり、僕は膝から崩れた。


「だ、大丈夫!? もしかして、魔力切れ……? 私のために、あんなに凄い魔法を使ってくれたから……?」

「ぐっ、違う……! そ、そうじゃないんだ……!」

 ああ……ちくしょう。どうしてコレだけは、忘れたくても忘れることが出来ないんだ。


 僕を最も苦しめ続けてきたモノ。

 1万年の間、何千万回と襲いかかってきたモノ。

 2周目だろうと、1万年研究しようと、女神にすら絶対に消すことが出来ないモノ。

 そう、これは――。


「ひ……人だ……女の子だ……。ああ……良い匂いがする……」

 花に寄せられる虫の如く、僕はフラフラと歩き出す。

「ええっ!? 一難去ってまた一難なのっ!?」


 悪いとは思ってる。けれど、もう……ガマンの限界だった。

 僕はミリオラを、強く、強く抱きしめる。


「にょわぁぁーーー!? ダ、ダメだよ、マナケミーさん! 確かに貴方はカッコイイし、助けてもらった恩もあるけど、でもでも、こういうのはシチュエーションが凄く大事で、だから、その――!」

「ああ……温かい。そうだ、思い出した。これが、人の温もりだ。僕は、本当に『外』に出られたんだな……」

 冷たい氷が溶け落ちるように、僕の頬には……涙が流れていた。


「ぼ、僕が、何をしたっていうんだ……? 何も悪いことをしていないのに、なぜ閉じ込めたんだ……? なぜ裏切ったんだ……? ずっと頑張ってきたのに、あんまりな仕打ちじゃないか……! 僕は、僕は……!」

 どんなに強い力を持っていても、どんなに素晴らしい精神を持っていても、絶対に耐えられないモノがある。

 それは――『孤独』だ。


「さ、寂しかった……! 本当に本当に寂しくて、何度も死にたいって思った……! 何度も何度も死のうとした……! けれど、死ぬことすら許されなかったんだ……! 孤独が僕を殺すクセに、僕を死なせてくれないんだ……!」

 1万年もの間、ずっと溜め込んできた想いが、言葉が、とめどなく溢れてくる。


「ぼ、僕は……僕は……!!」

「……私には理解できないぐらい、辛いことがあったんだね……。でも、もう大丈夫。もう大丈夫だから。私が側にいるから、安心していいんだよ……」

 ミリオラは、僕の頭を撫でながらギュッと抱き返してくれた。

 僕という存在を、認めてくれたかのように。


「うう……あああ……! うわあああぁぁぁーーー……!!」


 僕は、ミリオラの胸の中で泣きじゃくり続けた。

 疲れて意識を失うまで、ミリオラは僕を抱きしめ続けてくれた。


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1万年閉じ込められましたが、魔法を研究しまくって最強になりました 奇村 亮介 @rathi

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