第3話 裏切り、それから
黒い檻の中で、オレは呆然としていた。
「……は? エ、エイジア、これは何なんだ……? いったい何のつもりなんだ……?」
「くくく……ははははは! これは素晴らしい……! なんて素晴らしい魔法なんだ……!」
「え? あ、ああ……そういうことか。覚えた魔法を試したかったんだな? ハハ、なんだよ、もう。驚かせるなよ」
そういえばそうだった。昔からコイツはそうだ。覚えた魔法をすぐに試したがるんだ。
「ふふ……ええそうですとも。クォーク、その檻を壊せるかどうか試してくれませんか?」
「ああ、分かったぜ。もし壊れても恨むなよ?」
「もちろんです。出来るものなら……ね」
オレは安い挑発に乗っかり、さっそく壊しにかかる。
「はぁぁぁ……ふんっ!」
オレの全力キックは、ドラゴンすらも弾き飛ばすほど威力がある。だが黒い檻は、ビクともしなかった。――いや、蹴ったのに蹴った感じがしなかった。
掴んで引っ張ったり、押してみたりしても同じだった。感触はあるのに、何も手応えを感じない。
「へぇ~、こいつは凄い魔法だな。敵を捕まえるのに向いてるぜ」
「はい、私もそう思いますよ」
エイジアは、ニタリと笑った。
「よし、これで気は済んだろ? 早く解除してくれ」
「いいえ、気は済んでいませんよ。解除もしません」
「ハハ、冗談はよせよ。このまま閉じ込めて何の意味があるんだよ? 反省しろってか? 犯罪者じゃあるまいに」
「……クォーク、貴方はまだ気づいていないのですか? それとも、気づかぬフリをしているのですか? あの時と同じように」
「あの時……? 何の話だ……?」
「ふざけるな!!」
突然声を荒げ、エイジアは檻越しに睨みつけてくる。これほど憎悪に満ちた表情は初めて見た。
「10年です……。10年もの間、私は貴方の活躍をこれでもかと見せつけられてきた……! 勇者の座を最年少で授与されたのも! 国を救った英雄として讃えられたのも! 勇者の中の勇者――真の勇者と呼ばれているのも、全て貴方だ……!」
「まさか、そんなことで……?」
「ええ、貴方にとっては『そんなこと』かも知れませんね。『そんなこと』のために、私は何度悔しさで眠れなかったことか……!」
エイジアは、極度の負けず嫌いだ。村長の息子なのに、その地位を継がずに冒険者となった理由は――オレに負けたくなかったから。
「――ですが、それは決定的なことではありません」
「決定的なこと……?」
「10年前、自分たちの村を救ったことで、私たちはお城に呼ばれましたよね? 勲章を授与された時、私たちは誰に会いましたか……?」
10年前の授与式? あの時は確か、国王と女王、それに――。
「……まさか……!?」
「フィオラ・アイナシィル。王女であり、貴方の……結婚相手。そして……私の初恋相手」
エイジアは、血が出るほど拳を握りしめる。
「初めて会った瞬間から、私はフィオラ様に恋をしていました。持たざる私でも、活躍すれば、勇者になれば、フィオラ様と結ばれるかもしれない。そう願って、貴方に負けぬよう食らいついていった。――だがその淡い想いすらも、貴方は踏みにじった……!」
4年前――フィオラが18歳になった時、オレたちは結ばれた。国を上げて結婚パレードを行った。その時エイジアは、どんな気持ちだったんだろうか……?
「悪い……本当に知らなかったんだ……」
オレは、謝るしかなかった。親友の恋心を知らずに踏み潰していたなんて、最低だ。
百の罵倒を覚悟していた。だがエイジアは……急な笑顔を見せた。
「ああ、謝らなくて大丈夫ですよ。もう済んだことですから。それに……その事実は無かったことになってますから」
「事実が無くなる? どういう意味だ……?」
「本当に分かっていないのですか? どこまでもおめでたい頭ですね。いいですか、私たちは今、2周目の人生を歩もうとしている。そして、10年前に戻ったことによって、10年間積み上げてきた功績は、全ては無かったことになっているんですよ」
エイジアに説明されて、ようやく気がついた。
そうか、10年前に戻るということは、そういう意味でもあったのか。
「ハハハ……ハハハハハ!」
「……何がおかしいのですか?」
「智の勇者様ともあろう人が、肝心なことを見落としているぜ。フィオナは結婚する時、オレに言ったんだ。『私たちの出会いは、きっと運命だったのでしょう。結婚までもが運命だとは思いたくありませんが……でも幸せなので、運命を許します』……ってな」
オレは、運命という言葉は好きじゃない。だが、フィオナとの幸せが運命なのだとしたら、百万回感謝しても足りないぐらいだ。
「お前には悪いが、きっと2周目も変わらない。オレたちは出会い、そして結ばれる。オレは、運命ってヤツを信じるぜ」
「くくく……はははははははははは!!」
「……何がおかしいんだよ?」
「運命ですか……それは良い! そうですね! 出会えるといいですね! この2周目の世界でも! ふふ、果たして何年後になるやら……!」
エイジアは、これまでに見たことがないほど醜悪で、邪悪な笑みを浮かべた。
オレは、無意識の内に檻を蹴っていた。
頭で考えるよりも、身体が、心が、おぞましく邪悪それを理解してしまったのだろう。
「お前……まさか!? まさかオレを、ここに閉じ込める気か……!?」
「やっと気づきましたか? 今回ばかりは、貴方の鈍感さに感謝ですね。おかげさまで、心に溜め込んでいた『膿(うみ)』を全て吐き出せましたよ。これで、爽やかな気持ちで2周目の世界に行くことが出来ます」
「くっ……うおおおぉぉぉーーー!!」
黒い檻に向かってあらゆる攻撃を放つが、ビクともしない。何の手応えも感じられない。
「……2周目のことを聞いてから、ずっと考えていました。どうやったら貴方をここに閉じ込められるだろうか、と。その答えが、この黒い檻――【100万年の牢獄(ミリオンダラー・ジェイル)】です。これは、私の『スキルポイント』を全て消費してようやく覚えることが出来た、本当に特別な魔術なのですよ」
智の勇者。人類最高の魔法使い。天才中の天才が、全ての『スキルポイント』を必要とするほどの魔術だと……?
「もっとも、その所為で使える魔法はこれだけになってしまいましたが。ですが、貴方をこの世界に閉じ込めることが出来るのなら、安いものです」
「ここから出せ!! オレたち二人じゃなきゃ、魔王は倒せないんだぞ!?」
「……私にとって、魔王なんてどうでもいいんです。私は、1周目では手に入れられなかったモノを、2周目で手にしたいだけ……。そうして私は、ようやく貴方に勝つことが出来る。ふふ、貴方が大好きな逆転勝利、ってヤツですよ」
「分かった! エイジアの勝ちでいい! だから……だから、ここから出してくれ……!」
このままでは世界が……! フィオナが……!
「創造神である女神をも殺す武器を知っていますか? それは――『孤独』です。クォーク――いえ、武の勇者よ。貴方は永遠にも等しい孤独に耐えられますかね? ふふ、楽しみだ……」
「エイジア! てめぇ!!」
「またお会いできる日を楽しみに待っていますよ。私にとってはたった1000年後、貴方にとっては100万年後ですがね。狂わずに生き残れることを願っていますよ」
『白い世界』に、光の道が現れる。アレがきっと、『外』への道筋だろう。
「エイジアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「くくく……ははははははははははははははははははは!!!」
オレの叫び声など気にもせず、エイジアは高笑いしながらその道をゆっくりと歩き、そして……消えていった。
◇----------◇
「うわあああぁぁぁーーー!!」
黒い檻を攻撃し始めて、いったい何日経ったんだろうか?
どれだけ蹴っても、どれだけ殴っても、何の手応えも感じられない。
抜かりのないエイジアのことだ。物理攻撃では絶対壊せない檻にしているに違いない。
頭では理解していたが、心と身体はそれを拒否していた。理解したのは、指一本も動かせないほど疲労し、倒れた後だった。
今になって、『白い世界』の四つ目のルールがよく分かった。
ここで死ぬことは出来ない。裏を返せば、ここで殺すことは出来ない、という意味だ。もしかしたら、仲間割れを防ぐルールだったのかも知れない。
エイジアは、それすらも理解し、その上で檻に閉じ込めることを選択したのだろう。
エイジアが智の勇者と呼ばれるようになったのは、天才的な魔法使いだからではない。
戦場を左右するほど智略にも長けていたからだ。
まさか、こんな形でオレに牙を向けられるなんてな……。
とにかく、なんとかして2周目の世界に行かなければ……。
だが、どうやって? 理屈は分からないが、この黒い檻は物理攻撃を無効にする。これを壊す方法を見つけない限り、オレは『外』に出ることは出来ない。
物理攻撃が効かないなら……魔法攻撃か?
そうか……それしかない! エイジアも、まさかオレが魔法を使って黒い檻を壊すとは想像もしないハズだ。
なぜならオレは、魔法を一切使えないのだから。
幸いにも、オレはまだ『スキルポイント』を1ポイントも使っていない。
スキルの組み合わせによっては、もしかしたら――。
見つけ出そう、この黒い檻を壊す方法を。
見つけ出そう、オレが魔法を使える方法を。
時間だけなら、腐るほどあるのだから――。
■-------------■
――1万年後。
ああ……やっとだ。今日やっと、黒い檻が壊れる。
黒い檻の仕組みを理解するのに、数千年かかってしまった。
黒い檻を壊す方法を見つけるのに、数千年かかってしまった。
『エ×□ア』がかけた呪いを解くのに、1万年かかってしまった。
結局、100分の1にしか短縮できなかった。
黒い柱が折れて崩れる。黒い網が朽ちて崩れる。黒い糸の全てが……消えてなくなっていく。
何千万回と夢に見た光景。ああ……なんて美しいんだろうか。
行かなければ。『外』に。……だが、何をしに行くんだ?
もう忘れてしまった。もう覚えていない。
けれども、行かなければ。けれども、何かをしなければ。
その想いだけが、オレを突き動かし続けたのだから。
さあ、始めよう。さあ、行こう。
1万年遅れの2周目に――。
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