第2話 『白い世界』、それは



 赤い球体の説明は、一昼夜に渡って続いた。――もっとも、ここでは昼なのか夜なのか分からないが。

 どれもこれも興味深い話だったが、さすがに何度か欠伸をしてしまった。

 エイジアは、一字一句聞き逃すまいと瞬き一つしなかったが。


 赤い球体によると、2周目の引き継ぎは大きく分けて二つになるらしい。


・一つ目、身体は12歳に若返るが、記憶はそのまま。

・二つ目、1周目の経験と功績が『スキルポイント』に変換され、自由にスキルを獲得できる。


 一つ目については、当然といえば当然だろう。記憶まで戻ったら何の意味もない。

 二つ目については、驚きのあまり声を上げずには居られなかった。


 オレたちの言う『スキル』とは、いわば経験の塊のようなモノだ。

 肉体強化の訓練を続けることによって、【スタミナ増加(微)】のスキルが身につく。

 敵を何匹も倒せば、【攻撃力増加(微)】のスキルが。

 長年炎の魔法を使うことで、【炎魔法効果増加(高)】なんてレアスキルが身につくこともある。


 一般的には『スキル持ち』などと呼ばれ、冒険者の間でも花形の存在だ。

 勇者と呼ばれるようになった人たちは、そのほとんどがレアスキルを持っている。

 レアスキルを獲得する=勇者になれる、という考え方が浸透しているほどだ。


 ちなみに武の勇者であるオレは、【大物喰らい(高)】というレアスキルを持っている。

 効果は、<相手が格上であればあるほど攻撃力が倍増する>。

 あらゆるピンチをくぐり抜け、絶体絶命の中で何度も逆転勝利を収めてきたおかげで、オレにピッタリなスキルを獲得できた。


 つまり何が言いたいのかというと、自由にスキルを獲得できるというのは、世界の常識を覆すほど異常な好待遇、だということだ。


 例えば、剣の勇者が持つ【攻撃速度強化(高)】、死の勇者が持つ【即死攻撃確率(高)】、運の勇者が持つ【運強化(高)】――。

 この三つのレアスキルを獲得しただけで、確実な即死攻撃を矢のように浴びせることが出来る。

 簡単に思いついた組み合わせだけで、ぶっちぎりで人類最強だ。

 恐らく魔王も、同じような手段であの強さを手にしたんだろうな……。



 『白い世界』については、説明されたがイマイチよく分からなかった。


・一つ目、『スキルポイント』を使ってスキルを獲得できるのは、ここでだけ。

・二つ目、ここを出たら二度と戻ってくることは出来ない。

・三つ目、ここでは時間の流れが1000分の1になっている。

・四つ目、ここで死ぬことは出来ない。


 一つ目と二つ目については理解できる。

 それだけ『スキルポイント』が異常で、『白の世界』が特別な場所だということだろう。


 三つ目は、イマイチ要領を得なかった。

 『白の世界』で丸一日過ごしても、元の世界では一分ほどしか経っていないことになるそうだ。

 もしかしたら、何週間もかけてスキルを吟味してね、という優しい配慮なのかもしれない。


 四つ目に至っては、もはや意味不明だ。

 死んでここに来たのに、ここで死ぬことは出来ない? その説明に何の意味があるんだろうか?


「――もう、時間のようです。それでは……世界をお願いしますね。貴方達の行く先に、光と幸があらんことを――」

 そう言って赤い球体は、力を尽くしたかのように粉々に砕け、すぅっと消えていった。


「……ああ、もちろんだ」

 オレは、自然と握りこぶしを作っていた。もう一度魔王に負けることがあったら……それは本当に世界の滅亡を意味している。

 世界を救えるのは、もはやオレたち二人だけだ。

 慎重に、吟味に吟味を重ねてスキルを選ばないとな……。


「ええっと……『スキルリスト・オープン』、だったか?」

 赤い球体に教わった言葉を唱えると、目の前におびただしい数のスキル名が表示された。スキル名の横には、数字も書いてある。

 このスキルを覚えるのに、これだけの『スキルポイント』を消費するそうだ。


 オレが貰えたのは、8100ポイント。

 これは……少ないんだろうか? それとも多いんだろうか?


 冒険者なら持っていて当然の【攻撃力増加(微)】は、わずか1ポイント。

 最低限勇者を名乗れるぐらいのレアスキルでさえ、たった100ポイントだ。


 オレは、生唾を飲み込んだ。どうやらトンデモなく多く貰えていたらしい。

 『スキルポイント』を全て使った時、オレはいったいどれだけ強くなっているんだろうか……?


「……そうだ。魔法関連のスキルは使えるようになってるのかな?」

 リストをざっと眺めてみたが……それらしいスキル名は見当たらなかった。

 2周目だろうと、オレは魔法は使えないってことか……。


 武の勇者なんて呼ばれているせいか、オレが本を読んだりしていると驚かれることが多い。

 全く失礼な話だ。本は趣味レベルで好きだし、何かを研究するのも結構得意なのに。

 だが、どれだけ本を読もうと、研究しようと、素養が無ければ魔法は使えない。この残酷なルールは、女神にすら変えることが出来ないのか……。


「エイジア、何か良さそうなスキルはあったか?」

「ええ……まぁ……」

「まぁゆっくり決めようぜ。こっちで一ヶ月悩んだって、現実世界じゃ一時間も経ってないんだからな」

「はい……そうですね……」

「一時間……いや、二時間おきぐらいにどのスキルを獲得すべきか、相談し合わないか? その方が確実に良いスキルと選べると思うんだ」

「まぁ……考えておきます……」


 何度話しかけても、エイジアは生返事しか返してくれない。

 魔王に負けたショックを引きずっているんだろうか? それとも、この異常な展開に戸惑っているんだろうか? ……多分、両方かもな。


「エイジア、お前の悔しさはよく分かる。オレだって今も悔しいさ。でもこうして、念願の女神の力を――」

「少し黙っていてもらえますか?」

 励まそうとしたオレの声を、エイジアはピシャリと遮った。

 いつものクールさとは少し違っていた。背筋が凍るほどの冷たさと、決して埋まらない距離を感じた気がした。


 オレだって落ち込むのをガマンして、必死にこの事態に食らいつこうとしているってのに、コイツは……!

「お前……すねるのもいい加減にしろよ!」

 堪りかねたオレは、エイジアに食って掛かる。


「すねる? ……いいえ、違いますよ」

 エイジアは、今までに見たことがないほど邪悪な笑みを浮かべ、オレに掌を向ける。

「顕現せよ、永遠に等しき檻よ。【100万年の牢獄(ミリオンダラー・ジェイル)】……!」

 それは、一度も聞いたことがない魔術だった。


 黒い線が、オレの周囲を駆け巡る。一本、百本、1万本……。細くて黒い線は重なり続け、やがて太い柱となった。

 等間隔に並んだ柱に、黒い線は更に格子状の網を張り巡らせる。上下左右前後、その全てに。何者も逃れられぬよう、隙間なく。

 そう、これはまさしく――檻だった。


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