1万年閉じ込められましたが、魔法を研究しまくって最強になりました

奇村 亮介

 第1章 ~終わりの終わり、始まりの始まり~

第1話 敗北、そして


◆◇◆女神暦 1322年◆◇◆



 冒険者になって10年、オレは本当に強くなったと思う。

 それこそ、勇者と呼ばれるほどに。


 出会いに恵まれた。精霊の祝福も得られた。なにより――仲間がたくさん出来た。

 仲間が居たからこそ、オレはここまで来ることが出来た。

 仲間が居たからこそ、オレは絶対に魔王を倒せると信じていた。


「クォーク。貴方の身体はまだ動きますか?」

 オレの親友であり、智の勇者――エイジア・ハーロットは血の混じった咳をしながら訪ねた。


「ああ、もちろんだ。オレは武の勇者だぞ? まだまだ動くに決まってんだろ……!」

 動くといっても、残った部分を無理矢理動かすだけだ。右手と左足は、もう既に無い。


 魔王は強い。世界を滅ぼしかねないほどに。誰だって知っている。――だが、これほどの強さがあるなんて、誰が想像しただろうか?

 唯一の弱点といわれた聖剣は、かすり傷一つ負わせることが出来ずに折れた。

 人類最強のパーティーとうたわれた仲間たちは、最初の一撃で半分死に絶えた。

 絶望が仲間を一人、また一人と削っていき、残ったのは……オレとエイジアの二人だけ。


 オレが駆け抜けてきた10年は……わずか1時間足らずで終わりを告げようとしている。

 だがそれでも、それでも――オレは、折れた聖剣を構える。


「せめて……せめて一撃は入れてやる。無念に散った仲間たちのために。次に来るであろう勇者たちのために。この魔王が無敵じゃないことを、証明してやるんだ……!」

 エイジアは、呆れたように笑う。

「フッ、相変わらず諦めの悪い人ですね……。ならば、魔王に突っ込んで死んで下さい。最後の刃が届くように、私が全力で援護をしてあげますよ……!」


 オレは、魔王に向かって飛んだ。

 エイジアは血を吐きながら、ありったけの加護魔法をオレにかけてくれた。


「……後のことは任せたぜ、フィオラ……。帰れなくて、ごめんな……」


 全てをのせたオレの一撃は、魔王に――。



■-------------■



 気がつくとオレは、真っ白で何もない世界に来ていた。


 ああ……オレは死んだのか。魔王相手に、全力を尽くして負けたんだ。悔いは……もちろん残っている。むしろ、悔いだらけだ。

 フィオラに、必ず魔王を倒して帰ってくると約束したのに。けれど、もうどうしようもないんだな……。


 それにしても、これがあの世なのか? 想像していたのとぜんぜん違うな……。

 一つだけ嬉しいことがあったとすれば、無くなったハズの手足が元に戻っていたことだった。


「あ、貴方……クォークですか!?」

 これは……エイジアの声か。まるで信じられないものを見たようなトーンだ。

 オレは、エイジアもここに来ていると確信していた。だから、今更驚きはしない。


「……ん? んん!? エイジア、お前……若返ってねぇか!?」

 しかめっ面でついた眉間のシワが、キレイさっぱり消えている。肩にかからない程度の金髪に、サファイアのように無垢で青い瞳。

 その姿は、オレたちが冒険を始めた頃――12歳にまで若返っていた。


 まさか……オレもか? 両手を見ると、深く刻まれた歴戦の傷跡が消えている。

 うっとうしいほど伸びた黒髪が、母親にテキトーに切られた短髪に戻っている。

 前言撤回だ。こんなの、驚くに決まってる。


「いったい、何が起きているんだ……?」

 答える人など居ないのに、思わず口に出してしまった。


「ようこそお越しくださいました」

 またしても声が聞こえてきた。今度は誰だ? もう驚かないからな。


「な、なんだありゃ……?」

 手のひらサイズの赤い球体が、空からフワフワと降りてくる。

 ソレはオレたちと同じ目線のところで、ピタリと止まった。


「ここは、『白の世界』。貴方達に分かりやすく言うのであれば、あの世とこの世の境目……といったところでしょうか」

 その球体は、喋る度にチカチカと光った。


「こんな球体が、あの世の審判なのでしょうか? フッ、逆に笑えてきますね……」

「なぁ、教えてくれ。どうしてオレたちは若返っているんだ? アンタはいったい何者なんだ? ここは……本当にあの世なのか?」

 オレは、疑問に思ったことを全部質問した。


「質問したいことは山ほどあるでしょう。ですが、それに応えることは出来ません。『私』がこの世界に干渉出来るのは、ごく僅かなのです。一方的にお話する形になることを許してください」

「事情はよく分からないけど……つまり、黙って話を聞け、ってことか」

「ご理解いただけましたね? それでは話を続けます」

 赤い球体はこちらを見透かしたかのように答えた。……本当にこっちの声は聞こえてないんだよな?


「魔王に負けてしまって残念ですね。ですが、悔しがることはありません。現段階では、あの魔王には誰も勝てないのですから」

 誰も勝てない……?

「それはどういうことだ!? アンタは何を知っているんだ!? オレたちは……オレたちの敗北は、初めから決まっていたっていうのか……!?」

 答えは返ってこないと分かっていても、叫ばずには居られなかった。

 これじゃ、勝てると思って戦ったオレたちが……あまりにも惨めすぎる。


「あの魔王は例外なのです。……いえ、特別、と言ったほうが正しいでしょうね。女神の一人が、魔王に力を貸してしまったのです」

「女神……? まさか、三女神のことか……!?」

 この世界は、三人の女神によって作られたといわれている。

 それがそのまま三大国家の成立に繋がっていくのだが――。


「ウソだろ……? 勇者には力を貸してくれないクセに、魔王には力を貸すのかよ……」

 それは、あまりにもショックな事実だった。

 オレたちは魔王討伐のために、女神の加護を求めたこともあった。

 様々な伝承や逸話を元に探しまくったが、その片鱗すら見つけることが出来なかったというのに……。


「オレたちは……何のために戦ったんだ……?」

 女神が力を貸したということは、魔王が正しかったということなのか?

 あの虐殺行為は、女神が求めたものだったことなのか?

 そして、世界の破滅すらも……?

 もう、ワケがわからない……。


「本来、勇者と魔王は対極な存在であり、ある意味対等な立場でもあります。それが一人の女神の加担によって、バランスが崩れてしまった。それは、いずれ最悪な結末を生むでしょう。ですから『私』は、貴方達に力を貸すことを決めました」

「力を貸してくれる……? 嬉しいが、オレたちはもう……」

 魔王に負けて、死んでしまっている。


「貴方達には、今の記憶と経験を引き継いだまま、10年前からやり直してもらいます」


「そ、そんなことが可能なのですか!?」

 オレより先に、エイジアが声を上げた。

 ショックで黙りこくっていただけに、よっぽど驚きだったんだろう。


「本当かどうか、疑っていることでしょう。例え2周目の人生を歩んだとして、どれほど強くなれるか疑問でしょう。――ですが、貴方達は既に成功例を目にしています。そして、その強さも体験しています」


 成功例……? 強さを体験している……? 何を言っているのかさっぱりだった。

 ――なのに、心では理解していた。頭に辿り着くよりも先に、答えを口にしていた。


「まさか……魔王のことか……!?」

 悔しいが、納得してしまった。

 どれだけ出会いに恵まれようと、仲間に恵まれようと、一度目の人生だけでは勝てるハズがなかったのか……。


「強制はしません。もしこのまま静かに死にたいのであれば、それも良いでしょう。『私』は今から10分ほど黙ります。拒否するのならば、この球体を壊して下さい」


 オレとエイジアは顔を見合わせた。

 答えは最初から決まっている。エイジアは、そんな顔をしていた。きっと、オレも似たような顔をしていたんだろうな。


「……貴方達の決意に感謝します。では、お話を続けましょう。『白の世界』のルールと、2週目における引き継ぎについて――」




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