その③


「エリン様とルーファス様のお付き合いは長いのですか?」

「付き合いが長い、というか義務? 高位貴族は幼い頃から例のお茶会のお子様版があったの。三歳くらいからだったかしら。将来王太子を支える側近の人選ね。女性は侯爵家に二人いるからそれでオーケー。男性はルーファス様しかいないから、伯爵家のめぼしい子どもを数人ピックアップ。その中にヘンリーもいたし、少し大きくなると二歳年下の第二王子殿下も加わられたわ」

 三歳からお見合いとは! 高位貴族の義務とは大変だ。

「そこで、侍女の先導であれこれ一緒に遊ぶようにうながされるのだけど、ルーファス様は全く乗ってこずに一人で本を読んでいたわ。くつたくのない王太子殿下がさそいに来て手を引っ張られるとやれやれって顔をしていたわね。食事のマナーもかんぺきで、音楽会の時は見事なピアノをろうしてねえ。私はバイオリンなものだからいつも組まされてかくされて、ほんっと苦痛だった」

 へえ、ルーファス様はピアノをたしなまれるのか。たのめばいてくれるかな? いや、お前も弾けとか、やぶへびになりそうだからやめておこう。

「とにかくあの頃から精神ねんれいは既に大人で、つまらなそうに、申し訳程度に微笑ほほえんで私たちをながめてた。彼にびてくる子どもを小難しい話をしてけむいて……とにかくあんな腹の底で何を考えているかわからない男と関わるにはごめんだと、私はヘンリーたちのチャンバラを見ていたわ」

「ええと……なんか……すみません」

 一応婚約者としてあやまっておく。エリン様はくすっと笑った。

「やがてアメリア様が王太子殿下と婚約したことで、私はお役めんになった。そしてその頃お茶会に講師として招かれた騎士団長と少しお話ししたごえんで、私はヘンリーと婚約することになったの。男性陣のお茶会は今も続いているのよ? ルーファス様も当然しぶしぶ参加しているはずだわ」

「なるほど! ヘンリー様とのご縁ができたのであれば、お茶会に参加したことも結果的には有意義でしたね!」

「ま、まあね」

「エリン様はヘンリー様のどういったところがお好きなのですか?」

 本日の本題に入る。私は前世も現世も引きこもりの人見知りではあるけれど、一応前世では思春期を過ごし終わった大人だったわけで、このとしごろの女の子というものが、彼氏のことを聞いてほしくてたまらないものだということは、知識として知っている。

「え、ピアってば、そんなことを聞いてどうするの? まあでもそこまで聞きたいのなら……。あのね、ヘンリーのいいところは……バカなところなのよ。バカだから、裏でコソコソ悪口言ったり、言動がいつになったりすることがない」

「それは、ルーファス様も一緒ですね。ルーファス様も嫌だと思ったことは絶対にしない正直なお人なのです」

「……それとはちょっと違う気がするわ。とにかくね、私と向き合っているうちは、私のことだけを見ていてくれるって信じられるの。母のように、ここにいながら他の男のことばかり考えているような人と家庭を持つなんて……それが貴族社会ではめずらしいことではないとしても……そんなの嫌……」

「……よくわかります」

「希望ばかりしつけても悪いから、私も一応ヘンリーにきられないように努力しているのよ? 一緒に剣の稽古をしたり、おもしろい話を仕入れて披露したり。最近はピアから聞いたルーファス様の意外な日常を話したら、とっても食いついてくるのよ? 話題の提供ありがとう!」

「ええぇ~……」

 私の背中にあせが伝う。私、秘密こうらしていないよね?

 ヘンリー様をバカだバカだと言いながら、剣のうでまえや、意外にもレディーファーストなところなど、めて褒めて褒めちぎるエリン様。砂糖をきそうだ。

 口直しに紅茶を一口飲み視線を上げると、突然エリン様の後ろに上着をいだシャツ姿のヘンリー様が音もなく近づいていた。いつの間に! と、驚いて声をあげそうな私に、彼はシーっと口に人差し指を立てる。

 彼は後ろからエリン様の目をおおって、甘─い声でだーれだ! と、言うと思ったら、エリン様を背中からめした。

「うそでしょ──!!」

 私のぜつきようと共に、エリン様は立ち上がり、何がどうなったのか、電光石火のはやわざでヘンリー様は足元にたおされ、両手はエリン様によって頭の上に押さえつけられ、ドレスのみぎひざが彼のみぞおちに入っていた。

「あー気づかれたか~!」

「いい加減このような真似はおやめください!」

 エリン様がこうそくを解くと、ヘラリと笑って立ち上がり、パンパンと体に付いたほこりはらった。いつの間にか私も立ち上がってこぶしをにぎりしめており、このカップル定番のじようだんらしいと理解すると、力が抜けて、ストンと腰を下ろした。ヘンリー様は毎度こういう登場しかできないキャラなのか?

 そんな私のかたに、不意に後ろから手が回る。

「なっ!」

「ピア? びっくりしたね。こいつらときたら本当に……だいじよう?」

 私の右耳のすぐそばに低く柔らかい、大好きな声がある。

「ルーファス様だ。どうして?」

「ちょっと王宮で……父の手伝いをしていたら、ヘンリーが婚約者同士のお茶会にとつげきしようと誘いに来た。女性の集まりに顔を出すのはだと断ると、一人でも行くと聞かないから」

 はあ、とため息を零すルーファス様。少しせた? アカデミーに入学して二カ月ったが、最近ルーファス様は休みがちだ。宰相閣下おとうさましつしつあつとうてきに人手不足らしく、されているという。今日のような休日まで出仕しているとは随分と激務のようだ。

「お仕事のお邪魔をしてすみません。でも、しばらく会っていなかったから嬉しいです。ヘンリー様、連れてきてくださってありがとうございます」

「ピア、私も会いたかったよ。ヘンリー、ピアがこう言っているから許してやる」

「ルーファスが笑ってる……」

「ええ、私も最初は信じられなかったわ……」

 二人のつぶやきにハッとして見ると、ヘンリー様は口をあんぐり開けたまま固まり、エリン様は肩をすくめて、少し乱れた椅子やテーブルを整えるように指示を出していた。

 あっという間に四人向けのテーブルになり、当たり前のようにヘンリー様もルーファス様もそれぞれの婚約者の隣にすわる。

 私の、できるだけ他の攻略対象者には会わないで生きていこう! という決意は一体……。

 とりあえず、気を取り直してエリン様におたずねする。

「えーっと、こんなこと、よくあるのですか?」

「しょっちゅうよ。さきれなく突撃してくるの」

「先触れなんかしたら面白くないだろう? それにしても今日のエリンの服、ピアノのけんばんみたいだな」

 ヘンリー様はそう言うと、大きな口を開けて、手づかみで青りんごを食べた。ヘンリー様はお菓子は腹にまらないから、好んでは召し上がらないそうだ。

「ほんっとにもう!」

 エリン様がわき腹をつねる。そうしながらも、どこか嬉しそうだ。

「だってこいつ、いっつも、こんなでかい家で、一人でつまらなそうにしてるんだぜ? 全力で驚かすしかないだろう? いてえ!」

 エリン様は今度は手加減なしでつねったあと、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 ヘンリー様のやり方はあらっぽいけれど、エリン様のじようきようを正確にあくして、見守っているようだ。この立派なお屋敷でひとりぼっちのエリン様がさびしくないように。

「ヘンリー様は……おやさしいのですね。私はエリン様の友達として合格点でしょうか?」

「はあ? 何言ってんの? エリンは俺の何倍も人を見る目がある。エリンが選んだ友達に文句つけるわけないじゃん。でもまあエリンとルーファスと話しているのを見て、いい子だってことは俺にも伝わった。俺もピアちゃん好きだよ! 仲良くしようぜ!」

「る、ルーファス様! この人ご存じのとおりバカなんです! 他意はございません! ヘンリー、あなた命がしくないの!?」

「ん?」

「……エリンじよう、次の騎士団の公開稽古はいつかな? 君たちも当然参加するよね? 久しぶりに私も参加するむねを団長に伝えておいて。こいつを正当な場で一回るから」

「お! 久しぶりにルーファスと手合わせできるのか? やったぜ!」

「わあ、三人とも戦うのならば、見学に行きたいです! お邪魔でしょうか?」

「ああああ! なんて脳天気な! なぜごくが目の前ってことが伝わらないのお!」

 そうして四人でしばし楽しいひとときを過ごした。かんきつるいの好きなルーファス様に例の晩白柚? をむいて差し上げたら、美味しそうに食べてくださった。

 エリン様の顔色がドンドン悪くなっていったのは、女同士の秘密の恋バナを聞かれたとあせったから? まるでへびにらまれたかえるのようだ……。

 それともヘンリー様と二人で過ごすチャンスを邪魔しちゃったからかもしれない。そう思って私とルーファス様は一足先にホワイト侯爵邸をあとにした。

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