その②


 * * *


「何がどうなってうちのむすめがホワイト侯爵家にお呼ばれされちゃうの?」

 母が窓の外の遠くの山を見つめる。

 実はエリン様のご自宅に招待されてしまったのだ。自宅ならば、周囲の目を気にすることなく、恋バナできるでしょう? というようなしゆだった。

 エリン様はとっても気さくだけれど、侯爵令嬢。エリン様の発言は重く、ともすれば命令ととらえられ、相手をしゆくさせてしまう。円満なヘンリー様との婚約関係など下手に話せば、高位貴族のまんばなしとやっかまれてしまうそうだ。結婚相手がなかなか見つからず困っている私たち世代の貴族令嬢は少なくない。

 同格の令嬢といえば、アメリア侯爵令嬢がそうなのであるが、王太子殿でんの婚約者ということでもはや別格なのだという。そしてアメリア様の周りには既に取り巻きがひしめいていて、そこを分け入って話しかけるたんりよくはない。

 そこに私という、同級生で対等で話しやすく、おまけに破格級の婚約者持ちで、どれだけのろけてもやっかまれることのない友人ができた! ということらしい。

 異議あり! 私とエリン様は全く対等じゃない。侯爵家と下流伯爵家の間には大きな大きな格の差がある。そもそも私、けっこう萎縮しているんですけど?

 そういうことをオブラートに包んでうつたえてみた。

「あのねえ? 博士……っていうのはさておいて、あのルーファス様の婚約者が務まっているのよ? ただ者であるわけがないでしょう? ピアも別格なの。わかった?」

 あ……それはちょっぴりわかるかもしれない……。かれはたまにびっくりするほどブラックなオーラを出す時があるもの。まあたいてい理由があってのことだから、人間らしくて逆に安心するけれど。


「一体何を土産みやげに持たせればいいの? 侯爵家の中で一番保守的で厳格だと言われるホワイト家に……」

 母がほうにくれている。

「そうなんですか? エリン様はとっても気安い方ですよ? 私はうちのシェフのチーズの焼き菓子が美味しくて自慢だからそれがいいかなって」

 私はいちの望みをかけて兄を見る。

「ん~父上の実験中にぐうぜんできた、じよそうざいなんてどうだ?」

 聞くんじゃなかった。

「……いや、喜ばれるかもしれんぞ? ホワイト侯爵領は今王命により急ピッチでかいどうを整備、そうしているからな」

 父が本から顔を上げて口をはさむ。

「ええっ!? 女性への手土産に除草剤なんてありえません! よほどこのあいだ見つけた松ぼっくりの化石のほうが……」

「出たよ! ピアのに自信たっぷりな化石自慢!」

「お兄様ひどい!」

「はあ、思いつくものを全部わせてみましょう。何か一つくらいヒットするものがあるでしょう」

 母は案外思い切った性格をしている。


 ホワイト侯爵ていはスタン侯爵邸とは王宮を挟んで真逆に位置した、つたからまる歴史を感じさせる広大なていたくだった。

 エリン様は白と黒の配色がぜつみようで上品なワンピースでむかえてくれた。私は母が『困った時のこん!』と言い切った紺色のワンピース。前世のリクルートスーツのよう。

 ガッチガチにきんちようして訪問したものの、侯爵はご不在だった。そりゃそうだ。スタン家のおさまも私が訪問する日中に在宅していることはほぼない。

 ホワイト侯爵家のあとりはずいぶん年上のお兄様で、既に成人して家庭を持ち、別に暮らしていらっしゃるとのこと。

 エリン様のお母様、侯爵夫人はいつもいないらしい。

「うちは仮面ふうなの。王宮での行事の時以外は、母はここにはもどらない」

 なんと言えばいいのかわからない。とりあえず、お土産をエリン様に差し出す。

「……これが例の『化石』? なるほど、ぼんじんには良さがさっぱりわからないし、どうしてこれをきっかけにだいな発見が生み出されるのかなぞだわ」

「現在とほぼ変わらない姿を保っている松ぼっくりなんです! らしいでしょう!? それと母からパウンドケーキ、父から除草剤、兄からスピーカーもどきです」

「……遠慮なく受けとれるのはケーキだけね。お母様によろしく伝えてちょうだい。あとで一緒にいただきましょう。お父様って本当に無欲な方なのね。さして親交のない我が家に前回のアドバイスといい今回もとても価値のあるものを……スピーカーは価値すらわからないけど……とにかくルーファス様に報告して扱いを相談しましょう。いつたんたなげよ。さあピア、温室にお茶のセットをしているわ。こっちよ!」

 ガラス張りの温室には見たことのない原色の花がみだれ、木々には子どもの頭くらい大きな黄色の果実が重そうに実っている。

「大きい! この果実食べられるのですか?」

「ああ、ちょっと待ってね」

 エリン様は小刀をポケットから取り出し、軽くジャンプしてその実をサクッとしゆうかくした。ゆうにテーブルセッティングされた椅子にこしかけるように勧めながら、器用に皮をむいて切り分け、皿に盛る。

「はい、少し苦いけれど口の中がさっぱりするわ。甘みが負けちゃうからこちらから食べてね」

 イケメンか!?

 勧められるままにまずその黄色のかがやく果実をいただく。さわやかなかおりがふわっと鼻を抜けて、くせのあるすっぱい苦みとほのかな甘みが、口いっぱいに広がる。とってもジューシー。前世のばんぺいにそっくりだ。

「美味しい。そしてどこかなつかしい味です」

うれしいわ。せっかく苦労してりんごくから移植したのに全然人気が出ないのよ。甘ければ甘いほど人気がある時代なのね」

 エリン様がほおに手をやり、がっかりしてみせる。こんなにみずみずしいのにもったいない。

「このジャンボミカンはビタミンたっぷりです! はだの効果がありますよ? それにこの皮の香りはちんせい効果がありそうですし、甘いものが必要ならば、この厚めの皮を砂糖けにすればいいでしょうね。でもどちらにせよたくさん食べられるものではないので、数量限定と希少価値を上げて口コミで宣伝効果を上げるとか……」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 書き留めるから。あなた、書くもの持ってきて!」

 じよがいそいそとしきに戻って、言いつけられたものを差し出した。エリン様がぶつぶつ言いながら書き起こす。

 エリン様の家の侍女のしようは茶色のロングドレスに白いエプロン。後ろに控えるサラの衣装は全身グレーだ。

「サラ、あの衣装可愛いね。うちもしちゃう?」

「私に限れば意味がないですね。きっちりあと三年あまりでスタン家の真っ黒の侍女服を着ることになるでしょうし」

「三年? そうなの?」

「はい、書けたわ、お待たせ! じゃあうちの自慢の焼き菓子を召し上がれ。私はピアのお土産をいただくわ」

 サラの謎期限が気になったけれど、本日の女主人に意識を向ける。

 紅茶は少ししぶいなと思ったら、ミルクティー専用とのこと。現世でミルクティーは初めてだ。こういうティーン世代の女子ならではの知識を教えてくれる人が私の周りにはいなかったから、ついついニコニコしてしまう。

「あら、気に入ったの?」

「希少な植物に囲まれたおだやかな温室で、美味しいお茶の飲み方を大好きなエリン様に教えていただけて、こんなに嬉しいことはありません」

 なぜかエリン様は赤面し、頭をかかえてもだえだした。そして私の後ろに視線を送る。

「えっと、サラと言ったかしら? これ、ピアの、なのよね」

「はい、思ったそのままをおっしゃっています。失礼を承知で言いますが、ピア様にはエリン様におもねる理由がありません」

「貴族社会でこれではとうてい生きていけないけれど……その危険性よりも、このままのピアの口から飛び出す言葉を浴びて生きるほうがここよくて最高に幸せになれるから、きようせいするよりも囲って守るほうにシフトチェンジしたってことね。スタン侯爵家だからそれが可能だと……あー! あの無愛想でえんりよで無関心な男が婚約者に甘いらしいって聞いた時は耳を疑ったけれど……これはちる」

 私は貴族社会で生きていけない……か。なんとなくわかっていた。前世のおくいろくて、貴族の無駄でじんに思えるルールにどうにも馴染めないのだ。ここで生きていくしかないのに。

 自分を心でせせらわらっていると、ルーファス様を無愛想だとおっしゃるのが耳に飛び込んできた。無愛想=クール? だとすれば〈マジキャロ〉の設定と一緒だ。エリン様や世間はルーファス様をどう思っているのだろう?

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