その②


「ルーファスが女の子を連れてくるなんて初めてだろ? そりゃ興味がくさ! やあ、こんにちは!」

「っ!」

 とつぜん声をかけられて頭が真っ白になる! ど、ど、どうしよう?

 ルーファス様の背中の布地をにぎりしめ、何か話そうとするものの、口をハクハクするばかりで声にならない。だって、攻略対象になるような立派な身分の男性に、ルーファス様を通さず直接話しかけられたのは初めてなのだ! 気のいたことを返さないと!

 おろおろしていると、ルーファス様の全身から冷気のようなものがした。

「……ヘンリーお前、私の婚約者をここまでおびえさせて、死にたいのか?」

「大げさだな。おれたちは王太子殿下の側近として十年以上の付き合いだろ? それにしても本当に婚約者いたんだ! 俺、殿下といないほうに一万ゴールドけてたっていうのに!」

「……もうっ! 全然、大げさじゃないと思うわ。このきよでルーファス様が本気だとわからないなんて、やっぱりあなたバカなの? あの、怯えさせて申し訳ありません。私はエリン・ホワイトと申します」

 取りなすように口をはさんだ少女は上から心配そうに私をのぞんだ。このキリッとした少女がヘンリールートの悪役令嬢なのだろうか?

 とりあえず私、しっかりしろ! 前世でも決して社交的ではなかったけれど、いい大人だったでしょう! 挨拶くらいしないとかえって悪目立ちする!

「ぴ、ピア・ロックウェルと、申します……」

 意気込みもむなしく、緊張で声が震える。情けない……。

「ちっ、名前がばれたか」

 ルーファス様の舌打ち!

「ルーファス様……」

「ああ、ごめんごめん、ピア、こんなみん、相手にしないでいいからね」

「なんて……可愛かわいらしいの」

 エリン様はぼそりとそうつぶやくや、ヘンリー様を押しのけて、ずいっと前に出た。

「ルーファス様! 私、ピア様とお友達になりたいです。なんでもルーファス様の言うとおりにします。ルーファス様がご不在の時はピア様を私が守ります! 何とぞお聞き届けを!」

 ルーファス様はエリン様の言葉にいぶかしげな表情を浮かべた。

「私はピアのそばを離れるつもりなどない」

「お待ちください! 来年アカデミーに入られましたら、女性だけしか入れない場所や場面がおそらく出てきます。絶対に、ホワイト家の名にけて、このちようぜつれんなピア様をお守り致します!」

 私を守る? いやいや私は伯爵家とはいえ下のほう。守ってもらわなくても……待って? ホワイト家って言ったら……四侯爵家の一つじゃないのっ!

 私があせっているうちにも話は進んでいる。

「うーん……この場でスタン家に忠誠をちかえる?」

「ル、ルーファス様、何を?」

 あわてて口を挟もうとすると、エリン様はそくひざをついて、やさしく笑った。

「ホワイト家は長きにわたり、自領の川のはんらんりよしてまいりました。二年前、へいちゆうかいでロックウェル伯爵のをお借りすることができ、かわはばを広げていぼうを作ったことで劇的にがいが減りましたが……的確な場所を言い当てたのはご令嬢だと……。現在は指示のとおり上流に貯水湖を作っているところです。工事が終わるのは数年先ですが、今から楽しみ……」

「待て! ここでそれ以上話すのはやめてくれ。それに『言い当てた』というのはちがいだ。ピアにはこんきよがある。わかった、立って。ひとまず君を受け入れよう。あとから使いを出すから。せんせいしてもらう」

 エリン様はしんけんな表情で頷くと、美しい姿勢で立ち上がる。

「おーい、なんの話だ?」

 ヘンリー様、私も同じ気持ちです。

「ピア、このエリン侯爵令嬢がピアと友達になりたいそうだ」

「え? こんなりんとして美しい、しかも侯爵令嬢が、私なんかの友達になってくださるの?」

「まあ! おまけにけんきよで小動物系!? なんてこと!」

 エリン様、今度はルーファス様をドンっと押しのけて、私をふんわり両手できしめてきた。案外命知らず?

「「おいっ!」」

「もちろんです。ピア様、いっぱいお話、しましょうね!」

「は、はい!」

 初めて、この世界でお友達ができた。とうとつではあったけれど、エリン様のほうから抱きついてくれた……ということは私に好意を持ってくれたのだ! やはり嬉しくて、つい涙が浮かんでくる。だってこれまでは親しく話せる同性はサラしかいなかったもの。

 緊張したまま視線を動かし、ルーファス様を見上げる。よろしいのでしょうか?

「はあ……まあ、よかったね、ピア」

「はいっ!」

 私はできるだけ好印象をあたえられるように、勇気を出して手をそっとエリン様の背中に回して、笑ってみた。

「え、エリン様、よろしくお願いします。アカデミーではエリン様の後ろからついていきます。仲良くしてください!」

 なぜかエリン様はぼうぜんとした。

「うるんだひとみで見上げられて……それがあざとくないとかありえて? ルーファス様がピア様を門外不出にされてきた理由がよくわかりました。これはきようですわ。かしこさとはかなさと無防備のゆうごう!」

「脅威だろう? エリン嬢、案外話がわかるな」

「おい、俺はわかってないぞ?」

 ヘンリー様と私はまたもや置いてけぼりをくらった。


 突然現れた二人は他の挨拶回りのため去り、私たちは列に戻る。しばらくすると、私たちの順番が回ってきた。

 ルーファス様が深々と礼をされるので、私もそれにならう。

「殿下、本日はお茶会にお招きいただきありがとうございます」

「ルーファス、心にもないことを言うな。さあご令嬢、顔を上げてくれ」

 私は静かに体を伸ばす。かくしていたためにヘンリー様の時よりもどうようはない。緊張はあるけれど。

「ふーん、あなたがルーファスの長年隠してきた婚約者か」

 特別あつらえのごうに座った、こんの髪にルビーのような瞳の王太子フィリップ。思ったよりも小さい。それはそうだ。スマホ画面の彼はこの三年後の姿なのだから。

「ピア・ロックウェルと申します。よろしくお願い致します」

 ルーファス様とのシミュレーションどおり、余計なことは言わない。

「どんなわく的な女かと思えば……本当にほそっていて病弱なのだな」

「殿下! レディに対して失礼ですわよ!」

 つまらなそうに、口をへの字にする王太子。隣に立つ女性が場を取りなすように声をあげた。ああ、アメリア・キース侯爵令嬢だ。悪役令嬢らしいぱっちりとしたつり目だけれど、まだ少し幼く、ゲームで見たようなキツイ表情をしていないので、ただただ愛らしい。手入れされたプラチナブロンドは当然縦ロールだ。

おこるなよアメリア。私は君のほうがうんとタイプだと言いたかっただけだ。ルーファスとしゆかぶらずよかったよ。ルーファスを敵に回したら勝てる気がしないからね」

「もう、殿下ったら……」

 かたをすくめる殿下をポンっと気安く叩きいさめるアメリア様。とても仲むつまじい様子……。

 記憶がぶり返す。


〈マジキャロ〉のゲームしゆうばんのスチル、アカデミーのダンスホールで、アメリア様を睨みつけきゆうだんする、今よりぐっと背の高くなったフィリップ王太子。

 反論することも許されず、ジッと顔をゆがえるアメリア様。

 こんなに仲睦まじいのに、あと三年で、あんな険悪になるの?

 私も? 私とルーファス様も? 今これほど良好な、戦友のような関係を築けているのに、やはりにくしみをぶつけられるの?


「……ア、ピア、ピア!」

 ルーファス様に肩をすられ、我に返る。

「あ……」

 右手を額に当て、目を閉じる。こんなことではダメだ。気を引きしめるよう注意されていたのに。いつまでも私は成長しない。弱気なままだ。

「ロックウェル伯爵令嬢、顔が真っ青よ? 休まれたほうがいいわ」

 アメリア様が気にかけてくださる。美しく、殿下に意見できるばかりか思いやりまであるなんて。

〈マジキャロ〉でのあなたは、プレイヤーである私のこいの邪魔をする、ただただ憎らしい存在だった。でもゲームが現実となった今、あなたのほうが真っ当だ。いじめやいやがらせをしなければ、ずっと殿下を支えてきたあなたこそが確かにおうになるべき人だと思う。

「うん、本当に病弱なのだな。呼び立てて悪かった。ルーファス、休ませてやれ」

 王太子が手のこうをこちらに向けて振り、退出を促す。

「……失礼致します」

 ルーファス様と共になんとか頭を下げた。

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