第三章 王宮でのお茶会

その①


 家族やルーファス様、スタンこうしやくみなさまに温かく見守られ、私たちは共に勉強したり、それぞれの興味の先を追求したりして十四さいになった。アカデミー入学まであと一年。

 今のところ〈マジキャロ〉のキャロラインは登場せず、ルーファス様は百点満点中二百点のこんやくしやでいてくれている。でも、ゲームの世界でもきっとこのころまでは良好な関係だったのだろう。

 これまで年月をかけて大事に築き上げた関係が、キャロラインがアカデミーに編入してきたらガラガラとくずれてしまうのだろうか……と考えると、もうダメ。ねむれない。


 はくしやく以上の社交デビュー前のていは、小さなお茶会という王宮で行われる社交の場に年に数回呼び出される。世代に王子や王女がいれば、ご学友や将来の側近、まだ決まっていなければ婚約者をつくろうために、その機会はよりひんぱんになる。

 私たちは王太子殿でんと同い年。ルーファス様は高位貴族の立場上、生まれた時から殿下の遊び相手であり、これからはご学友になる。

 私が王太子殿下に……というか、予言でキャロラインにけいとうしていた男子たち(ゲームのこうりやく対象者)と顔を合わせたくないと言うと、ルーファス様はこれまで私がお茶会に参加しないでいいように取り計らってくれていた。しかしこのたびは、

「ピア、悪いが今回は参加せざるをえない。散々ピアは病弱だから出られないと言ってきたのに、王太子殿下じきじきに『お前の婚約者に会わせろ』と命令を下された。このようなことで命令とは……情けない」

 これまで参加しなかったことで、かえって興味を持たれてしまったようだ。

「ルーファス様、私のせいで気苦労をおかけして申し訳ありません。私、地味にひかえておりますわ」

 一言ごあいさつしてすみに引っ込んでいればルーファス様のじやにならずに済むだろうか? 私は前世の話し言葉で考え事をすることが多いために、ゆうのない場面になると、ついれいじようらしからぬ言葉使いが出てしまう。ルーファス様以外の方との会話は最小限にとどめよう。

ちがう。ピアをこれまで社交に出さなかったのは私と侯爵家の総意だ。ピアはもはやスタン家の秘宝。清らかなピアによごれたおもわくだらけのよどんだ空気など吸わせたくなかったからね。今後は難しそうだが……とにかくピア、私のそばから決してはなれてはいけないよ」

「は? えっと……はい」

 ルーファス様が口をへの字にされていらっている様子なので、疑問点? を聞くのははばかられ、とりあえず短く返事しておいた。


 * * *


 おくもどって初めておとずれた王宮は、前世の映画のセットのようにキラキラしていて、現実離れしていた。しかし、他の皆はすでに何度も訪ねているわけでれしており、おくれしているのはこの場で私だけだろう。そのしように十四歳前後の参加者によるこのつどいにはもう親はわず、使用人を一人つけるだけというルールになっている。

 くるまめにとうちやくし、私が深いため息をつくと、

「ピア様! 気を引きしめられませ!」

 と、侯爵家でもうでみがき、ますますかんろくのついたじよのサラにたしなめられた。

「……はい!」

 今日集っている人々とは、しょせん来年にはアカデミーで顔を合わせるのだ。私は腹をくくってサラにもう一度身だしなみをチェックしてもらい、深呼吸する。

 いざ、戦場へ! とこしを上げると、ぎよしやに馬車のとびらをトントンとたたかれた。

「どうしました?」

「ルーファス様がおむかえに来てくださいました」

 わざわざ車停めまで来てくれたの? うれしい……でもおじづいていることをかされているようで情けない……ううん、やっぱりありがたい。

 サラが私にコクンとうなずいて扉を開けると、みのさわやかなかんきつ系のかおりが広がる。

「ピア、こんなところまでしかけてごめんね」

 ルーファス様はアッシュブロンドのかみをキッチリ上げて、見るからに新調したこんのスーツを着ていた。もう子どもには見えない。ステップをかろやかに上がってものがおで馬車に乗り込み、となりすわる。

「ルーファス様、私が不安がっていると思われたのでしょう? ……ご明察です。実はふるえております。おむかえ本当にありがとうございます」

 ルーファス様の前ではこれまで散々弱い私を見せている。いまさらきよせいを張っても無意味だ。

「私のピアは正直者だね。でも私以外にはそんななおに返事しなくてもいいからね。迎えに来たのはもちろん一刻も早くピアを腕の中へしまい込みたいのもあるけれど、これをピアに身につけてほしくて」

 そう言うとルーファス様はポケットから小鳥の卵ほどの大きさの、おそろしくとうめいの高いエメラルドの一つ石のネックレスを取り出した。そして、手をばしてあっという間に私の首にけ、胸をかざった。おそおそるそれをささげ持つ。

「こちらを貸してくださる……と?」

「ん? 貸すというか、うちのほうしよくひんはいずれ全てピアのものになるんだけどね。スタン家にはむすめはピアしかいないから。ドレスはベージュだったか。私の色を身につけるなどピアには思いもかばないと思ったんだ。やはり持ってきてよかった。シンプルなドレスだから〈ようせいなみだ〉がえるね。でも次回からは私がプレゼントしたドレスを着るように」

「そ、そんな恐れ多い!」

 落っことしたらどうしよう!? 背中をあせが伝う。

「まあ……どくせんよく丸出しですこと……」

 サラがボソリと何か言った。ルーファス様がチラリと視線を送る。

「サラ、文句あるかい?」

「いいえ? うちのピアおじようさまをどうぞよろしくお願いいたします」

 サラがなぜかルーファス様に頭を下げる。

「な、何? 私、準備不足でしたか?」

「いいや? よく似合ってる。さあ、では行くとしよう」

 ルーファス様が先に降りて、私に手を差し伸べてくださる。私はその手を取って馬車からゆっくりと降りる。ルーファス様はゆうに私の手を自身のひじに添えさせ、いつにない厳しい表情でささやいた。

「ここはてきじんだ。気を引きしめてね」

「……はい。邪魔にならぬように致します」

 私も囁き返し、王宮に入った。


 王宮二階の中広間、もくれんには、既に同世代の若者が大勢集っていた。立ってだんしようする者もいれば、あまいものが並んでいるテーブル席に腰かけて、お茶を飲んでいる方々もいる。堂々としたはなやかな集団にめまいがする。私、完全に場違いではないかしら? きちんとしたふるまいができる自信がゼロになる。

 すると、ルーファス様の登場に気づいた人々がざわめく。

「ちっ」

 ルーファス様が右手でグイッと私の腰を引き、自分の体で興味本位の視線をさえぎってくれる。

「……今の、舌打ち?」

「してないよ? ピア。さあとっとと殿下に挨拶して帰ろう」

 ルーファス様にうながされるままに歩くと、上座にできている行列に並ばされた。

「ル、ルーファス様、お久しぶりですね」

「……ああ」

 前や後ろのかたから声をかけられるも、ルーファス様は表情を崩さず素っ気ない。私が顔を見上げると、小さく首を横にる。はいはい、いらんことを言うなってことですね。

 私はルーファス様のお友達? に一礼後は一言も話さぬまま一歩下がる。ルーファス様が対応してくれるので少しきんちようが解けた私は、周囲に耳をかたむけ、ルーファス様の交友関係を知ろうと顔と名前を少しなりとも覚える。

 あれは髪色からりようになられるジェレミー様かしら? うすむらさきの髪なんてなかなかいないもの。おだやかなみを浮かべたご令嬢と話し込んでいる。あの背の高い赤髪の男性がきっと団長のむすに違いない……ゲームの攻略対象者はやはりこの場にいるようだ。胸がきゅっとしぼられる。顔を覚えて今後できるだけせつしよくしないようにしなければ。

 それにしてもずいぶんと視線を感じる。

「皆様ルーファス様と話したがっておられますね。重要なご相談があるのでは? 期待を背負うのも大変ですね。私、少し外しましょうか?」

 私がびしてそう耳打ちすると、

「……皆が気になっているのは、次代の勢力図に食い込もうとガツガツした人間だらけの中、ゆいいつそのふんまとっていない清純なピアで……まあいい。ピアは気にしないでいいよ。用件は……そのうち私が一人の時にしっかり聞いておこう」

 ルーファス様はそう言うと周りをひとにらみした。

「ルーファス! こええよ! 何、かくしまくってんだよ!」

 背後から声がして振り向くと、いつの間にか先ほどの赤髪の男性と、背が高く茶色の真っすぐな髪をポニーテールにした、あいいろの目の意思の強そうな少女がいた。

 不意をつかれてビクッと体を震わせると、すかさずルーファス様が私を背中にかくす。

「ヘンリー! あっちに行け!」

 そうだった。かれの名はヘンリー・コックス伯爵令息だ。ゲームでは彼のルートを遊んでいないけれど、一番攻略が簡単といううわさだった。

 アカデミーの体術や武術の授業でめまくり、ランチをいつしよに食べておを差し入れれば、青い目をキラキラさせてコロッと落ちる、と。

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