その③
「ピア、歩ける?」
私は慌てて頷いた。王宮で背負われでもしたら、末代までの
ゆっくりと二人で場を離れる。チラッと振り返ると、殿下たちは次の参列者と
広間を出て、美しい庭を望むテラスの椅子にそっと座らされた。
「ピア、水を持ってくるよ。ここを動かないで」
「ごめんなさい。ルーファス様」
ルーファス様が心配そうに指先で私の
「こんなに青くなって……待っていてね」
早足で室内に戻る姿を見送っていると、次々とルーファス様はお知り合いに足止めされて、なかなか先に進めない。ドンドン
「あらら……ふふ」
私は小さく笑った。〈マジキャロ〉でもルーファス様は常に表情を変えない
やっぱり足を引っ張ってしまった。ルーファス様、ごめんなさい。
私たちはずっとこのまま、仲の良いままでいられるのだろうか? 私は
遠くに見えるガラスハウス? は温室だろうか? 〈マジキャロ〉で王太子殿下とヒロインのデートの場所だった。あれこれ思い出し、ますます
結局のところ、記憶を取り戻したあの日から、何も
キャロラインがアカデミーの三学年目(十七歳)に現れて、ゲームの世界が動き出さなければ、私はずっと宙ぶらりんのままだ。
ルーファス様ルートのことなど……考えたくない。ヒロインが
せめてキャロラインをいじめたなどという噂が立たぬように、今まで以上に引きこもるか、それともいっそ海外へ留学にでも行かせてもらおうか……一応他国の言葉も日常会話レベルは
ダメだ、そもそもロックウェル家にはそんなコネもお金もない。相手国にしてもメリットがなければボランティアじゃあるまいし、
手首を
「どこの国であっても、必ず化石はあるわ」
……ルーファス様はこの国にしかいないけれど。
「やあ可愛いお嬢さん、こんなところで……おや? 顔色が悪いね」
突然頭の上で男の声がしたので、
誰だろう? 今日は父親
「人に
えっと……胸が〈
「はじめまして。ピア・ロックウェルと申します」
私が立ち上がろうとすると、手で制止された。私は逆らわず座りなおす。
「ピアと呼んでいいかい? 私は……ジョニーおじさんとでも呼んでくれ。そうか、既に家宝を身につけさせるほどか……スタン一派を敵に回すと
「あっ、あの」
「緊張しないで。あちらにいる君の同年代の子らと違って、このおじさんは君を笑ったりしないし、ここでの会話を言いふらしたりもしないよ? そんなことしたら大目玉をくらうからね。レオは怖いからな……」
「おじさんだなんて!」
ここで同調してはいけないことくらい、世間知らずの私にだってわかる。大きく深呼吸して、先ほどの返事をする。
「こ、このような社交の場は初めてだったのですが……やはり苦手で
「たくさんの人と知り合って、お
「いえ、できるだけ人目につかず、ひっそりと乗り切りたいと思っておりました」
「ほお? 自己主張の激しい世代なのに……引っ込み思案なのかな。ならば戦線
ジョニーおじさんはニヤリと笑って、茶目っ気たっぷりにウインクした。
「そうかも……しれませんね」
私も小さく笑って、手元の化石をそっと
「ん? それは何かな?」
ジョニーおじさん、私の
「あのっ、古代の二枚貝の化石です」
「化石? 見せてくれる?」
「どうぞ」
差し出された手のひらにそっと
「これはただの石の模様ではないの?」
「え~、だいたい一億五千万年前の貝が、時代を
「お! 急に
ジョニーおじさんが急に前のめりになった。
「わ、忘れました」
「おお! 口が
ジョニーおじさんの視線を追うと確かにルーファス様がグラスを片手に早歩きで真っすぐ戻ってきていた。おじさんはどうやらスタン侯爵家ともお付き合いのある方のようだ。だとすればまあまあの貴族か高級
「ピア、今ここに誰がいたの?
「ルーファス様、あのこちら……、あれ?」
ジョニーおじさんは消えていた。
「中年の、ルビーのような瞳の男性で、この場に
突然現れたジョニーおじさんと話したせいで、いつの間にか気持ちが
私はコップを受け取り、ゆっくりと冷たい水を飲んだ。
「お見苦しい姿を
「サラは馬車の準備で先に向かった。では、よいしょ!」
ルーファス様は座る私の膝裏と背中に腕を回し、私を抱き上げた。
「る、ルーファス様! 私、歩けます!」
そう言いつつも、安定確保のため私は両手をルーファス様の首に回す。
「
ルーファス様は私の顔を胸に押し当て、後頭部をサラリと撫でたあと、安定した足取りでテラスの階段を下り、庭に出た。
「ピアの可愛い顔を晒す気など毛頭ないが、我々が付け入る
不意に立ち止まったルーファス様は、私の額にキスをした。な、長くない?
「ルーファス様、あのえっと……」
「虫よけだ。そろそろ馬車の準備が
王宮に虫がいるの? 父の作った
冷静
* * *
ルーファス様の領地で五度目の夏を過ごす。私もルーファス様も随分大人になった。
ルーファス様と一緒にいる時間が長くなればなるほどわかる。彼は努力の人だった。人の三倍は勉強し、体を
私をそっと守り、領地まで連れてきてくれて、
私はやっぱり……好きになってしまった。
〈マジキャロ〉ではヒロインにだけ見せていた
意地悪なことも言うけれど、本当は家族
ルーファス様が残念ながら〈マジキャロ〉のルートに乗っても、その結果私が国外追放の
けれどそう思っていた自分は子どもだった。
前世の彼氏もどきなんて目じゃないほど、好きだ。ルーファス様に捨てられたら、あのとき以上にぼろぼろになるだろう。そしてこの
そうであれば、ますます〈マジキャロ〉の
ああ、ダガーやブラッドと一緒に、ルーファス様と手を
「ピア、どうした? 手が止まっているぞ? その論文、入学前にアカデミーに提出したほうがいい」
私はこれまでの採掘収集結果をルーファス様のアドバイスで文章にまとめている。実績があると、アカデミーで
「すみません。ボーッとしてしまいました」
いけない! お
ただ、お
足元に
私は無意識のうちにダガーの頭を前から後ろに撫でつけながら、
どうするべきか、どうするべきか、どうするべきか……。
「ピア、口を開けて?」
私の口にチョコレートが飛び込んだ。
「甘い……」
「『糖分は脳を活性化する』んだろう?」
「はい」
ルーファス様は、私に、とてつもなく甘い。
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