第25話 夕凪焦は激怒した

 合計八冊の本を買うことになった僕は、ショッピングモール内の2階にあるファッションのエリアへと向かっていた。どうやら僕への罰というのは、夕凪さんがお勧めした本を全て買う、という事だったらしい。命拾いはしたが、背負ってきた鞄はそこそこ重くなり、財布の中身はそこそこ軽くなった。


「せっかくだから坂鳥君の服も見ましょうか」


「えっ、僕は……」


「拒否権があるとでも思っているのかしら」


「はい」


 どうやら僕への罰はまだまだ続いていたらしい。正直同級生に服を選んでもらうのは恥ずかしいのだが……


「この店ね」


 夕凪さんが立ち止まった先はカジュアルな服がそろっているお店だ。男女両方の服がそろっていて、お店の正面から見て左側が男性、右側が女性の服が置いてある。これから夏本番という事もあり、半そでの服が多く並んでいるのが目に映る。


 ずんずん奥に進んで行く夕凪さんの後をとぼとぼと付いて行く。ある程度奥まで進んだ夕凪さんは並んでいる服を物色している。物色しているのは左側のブース、つまりは男性用の服がある場所だ。夕凪さんは心なしか、というより、目に見えて楽しそうである。


「そうね、これなんてどうかしら」


 そう言って取り出したのは青のサマーニット。ニットではあるが、色合いが何となく涼しそうだ。


「これお洒落だと思っていたのよね」


 僕に洋服を当てながら一人でうんうんと考える。周りの人にもちらちら見られたし、ちょっぴり恥ずかしい。気にしすぎだろうか。夕凪さんは「こっちもいいわね」とか言いながら服選びに夢中である。


「坂鳥君、何か感想はないかしら。今、最初のサマーニットとこっちのシャツで迷っているのよ」


 最初青いサマーニットと茶色の襟付きシャツが夕凪さんの手に掲げられている。さっきのサマーニットも良かったが、こっちの茶色いシャツも麻っぽい生地で涼しそうだ。


「そうだね。僕も前からサマーニットが気になっていたから、買うならそっちがいいかな」


「そうね。でもせっかくだから試着してみない? もしかしたら両方欲しくなるかもしれないわ」


 夕凪さんは両方買わせたいのだろうか。まぁ、似合うと思ってくれているんだとしたら悪い気はしないんだけど。


「了解」


 僕は試着室へと足を運び、カーテンの中で服を着替える。まず最初はサマーニットだ。パーカーの下に来ていたシャツ越しだが、肌触りが良いのがわかる。よっぱりというか、予想以上というか、着心地は抜群だった。


 着替え終わった僕はカーテンを開けると、目の前で待機していたであろう夕凪さんと目が合う。


「似合うじゃない」


「どうも」


 何となく視線を合わせるのが恥ずかしくなった。


「せっかくだし回ってみてくれるかしら。こう、くるっと一回転」


 ジェスチャーをする夕凪さんの言われるがままにその場で一回転し、再び夕凪さんと視線をぶつける。夕凪さんは顎に手を当て、まるで面接官のような表情で僕を見る。まぁ、本当の面接官がどんな表情で審査するかなんてわからないんだけどさ。


「私の目に狂いはなかったわ。その服は買いね。じゃあもう一つの服も来てみてくれるかしら」


「わかったよ」


 どうやら青のサマーニットは合格したらしい。僕は再びカーテンを閉め、サマーニットを脱いだ後、茶色のシャツに袖を通す。特に問題なく着替え終わった僕は、カーテンを開け、目の前の夕凪さんに披露する。

 

「ふむふむ……こっちもなかなかね。あなたいい素材しているわ」


「それって褒められてる?」


「もちろんよ。誇りなさい、あなたは今とても輝いているわ」


「そこまで言われると逆に疑わしく感じちゃうんだけど」


「褒められた時は素直に受け取りなさい。そうじゃないとひねくれた人間になってしまうわ」


「了解。素直に受け取っておくよ。じゃあ褒めてもらったし両方とも買おうかな。そこまで値が張るものでもないみたいだし」


 僕は二着の服をレジに持っていき清算を済ませ、先に入り口まで戻っていた夕凪さんと合流する。


「買ってきたよ。夕凪さんの服はいいの?」


「私の服は別の場所で買うわ。この店には坂鳥君の服を買いに来ただけだもの。私が見たいお店はもっと奥の方にあるわ」


 そうして僕たちは、夕凪さんが見たいと言っていたお店の前まで歩いていく。歩いていくのだが……


「男の人がいない」


「何を言っているのかしら? むしろこれが普通だと思うのだけれど。もしかして坂鳥君は女性服売り場に男性がひしめき合っている姿でも想像していたのかしら?」


「そんな気持ち悪い想像はしてないよ!? でもさ、ほら、カップルとかもっといてくれてもいいと思ったんだよ。まさか店に男が僕一人なんて……」


「そんなものよ。いいから中に入るわよ」


 僕は夕凪さんに腕を引っ張られ中に連れていかれる。


「あら?」


「ん? どうしたの?」


 夕凪さんが店の奥を見ているので、僕もつられて同じ方向を向く。……藍染さんだ。あの、ちょっとおかしな性癖がある、今一番顔を合わせづらいクラスメイトの……


「ありゃりゃ、見つかっちゃった」


「見つかっちゃった、という事はつまりあれかしら。あなたは私たちのことを尾行していた、と。そういうことでいいのかしら」


 夕凪さんの目が若干怖い。


「い、いやーその、えーと……。ごめんなさいっ!」


「謝れば許される、あなたはそう思っているのね?」


 圧がすごい。


「ええっ!? 許されない感じ!? いいじゃんいいじゃん! だって気になったんだもん。だってあのこがれちゃんのデートだよ? 気にならないわけないじゃん! それに相手の男の子の事も全然教えてくれなかったし」


 どこから付いてきたんだろう。まさか駅からとか言わないよね? 映画館以外に行くっていう情報以外はほとんど当日にスケジュールが決定したんだけど……


「坂鳥君からも何か言ってよ~」


 藍染さんが僕に救いを求めてくる。何とかして気持ちはあるけどごめん、多分無理だ。


「藍染さんの味方をした時点であなたも同罪とみなすわ」


「ごめん藍染さん、僕は君の力にはなれなかったみたいだ」


「判断早くないかな」


 いや、だって藍染さんと同罪なのはちょっと……


「はぁ、まぁいいわ。せっかくだからあなたも服を選んでくれるかしら」


「いいの!? デートの邪魔にならない?」


「もう手遅れよ」


「すみません」

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