第24話 本屋の雰囲気って良いよね

 昼食を終えた僕たちは、ショッピングモールの一階にある本屋さんに来ていた。入り口だけ見ると少し手狭に見えたが、少し進んで右に曲がると、とても大きな空間が広がっている。近所の本屋しか行かない僕にとっては、結構ビックリする光景である。隣を歩く夕凪さんを見ると、特に驚いた様子もない。僕が普段行く本屋が小さいだけで、このサイズは一般的なのだろうか。


「そういえば坂鳥君はどんなジャンルの小説を読むのかしら」


「結構雑食で何でも読むけど、うーん。あえて言うなら、どんでん返しものとか好きかな」


「そう、どんでん返しものね。ならいくつかおすすめがあるわ」


 そう言って夕凪さんはどんどん奥へと進んでいく。僕は置いていかれないように後ろにくっついて歩く。文庫本が並んでいるコーナーに着くと、夕凪さんは一度立ち止まり、指で本の背表紙をなぞるように探し始める。本は出版社ごとに棚が分けられていて、作者名であいうえお順に並べられているため、とても探しやすくなっている。しかし夕凪さんが探している棚は、その他と書かれている棚で、僕の知らない出版社名が立ち並んでいる。


 何をお勧めされるのかな。


 そんな事を考えながら、夕凪さんが本を探している様子を眺める。そして暫く経ち、夕凪さんの指が一冊の本の前でピタリと止まる。


「この本なんかどうかしら。読んだことないと良いのだけれど」


 棚から本を取り出し、僕に見せる。それを丁寧に受け取った僕は表紙に目を走らせる。タイトルは……


「『夏の空にさよなら』……か、なんだか悲しそうなタイトルだね」


「ええ、間違いなくあなたは泣くわ。それもただ泣くだけじゃない。体の水分が干上がり、目元が腫れ、頭がぼーっとして何も考えられなくなるわ。体も小刻みに震えるようになるし、最悪不登校ね」


「そこまでっ!? 大丈夫この本? 呪われてたりしない?」


「失礼ね、ちゃんとした本よ」


 いや、説明が怖かったからなんだけど……でも夕凪さんがそこまで言うほどの本だ、正直興味はある。


「ごめんごめん、せっかくだしこの本買わせてもらうよ」


 僕は本を片手にレジへと向かう。


「待ちなさい」


 そして、本日二度目の待ったが入る。


「どうしたの?」


「おすすめの本が一つだなんて、私、一言も言ってないわよ。最低でも後二冊は買ってもらうわ」


 どうやら僕は、夕凪さんの読書魂に火をつけてしまったみたいだ。まぁ、夕凪さんが楽しそうだし、僕もなんだかんだ言って楽しいので特に何か言ったりはしなのだが。


 再び本を探し始める夕凪さんを横目に、僕は僕で気になる本がないか探してみる。基本的に僕は帯に書いてある一言に惹かれて購入する事が多い。なので目指すは、書店員さんのおすすめコーナー。あそこなら本が縦じゃなくて横に積まれているから、帯が見やすいのだ。


 おすすめコーナーまで歩いてきた僕は、本を物色し始める。「全ての伏線が一つに纏まる」とか「きみはこの伏線に気付けるか」とか、どれもこれも心惹かれるような言葉が散りばめられている。


 うーん。どれもこれも面白そうだ。伏線って響き良いよね。僕大好き。


 とりあえず他の棚も見てみようと考えた僕は周囲を見渡す。ミーハーな僕は映像化作品とか、受賞作品とかも大好きなのだ。今見ている棚にそれらがあまり置いていないと言うことは、何処かに専用の棚があるはずだ。僕が普段通っている本屋さんにもあるんだ、ここにないはずがない。


 あれかな? レジの近くにそれらしき棚を見つける。僕は確認するために歩いていくと、その棚の近くで見たことのある顔を見つける。


 図書委員の怖い眼鏡お兄さんだ。


 いやいや、お兄さんって言っちゃったけど、普通に隣のクラスの男子だったよ。サッカーの時に見たし。彼も本屋さんに用があったのかな。まぁ、図書委員なのだし別段おかしくもないか。


 何となく鉢合わせるのが恥ずかしくなった僕は、こっそりと様子を伺う。


 どんな本を読むのかな。


「何しているのかしら?」


「へやっ!?」


 後ろを振り返ると、そこには本を七冊ほど抱えた夕凪さんが不思議そうに僕の顔を見ていた。


「いっ、いや大したことじゃないんだけどさ。てかその本どうしたのさ」


 重くないのだろうか?


「選んでいたらどんどん増えてしまっの。これでもかなり数を減らしたのよ? どれもこれも私がお勧めする逸品よ」


 ドヤ顔でそんな事を口にする。


「……とりあえずその本置こうか。重いでしょ」


「そうさせてもらうわ」


 やはり少し重かったのだろう。若干プルプルしながら、雑誌コーナーの本の上に、持っていた本を置いた。


「それで、質問に答えてもらってないのだけれど。坂鳥君は私を置いて、一人で何をしていたのかしら」


 さっきより若干言葉がキツくなっている。やはり、何も言わずに別の場所に行ったのは不味かったのだろうか。


「あ、あぁごめん。ちょっと知っている顔を見かけたからさ。容疑者の誰かってわけじゃなかったけどね」


 そう言って、彼がいた方向に体を傾けると、そこにはもう誰もいなかった。


「ふーん。まぁいいわ、それより坂鳥君、今度側から離れるときはきちんと言ってからにしなさい。貴方に分かるかしら、おすすめしたい本をようやく見つけて満面の笑みで振り返ったら、知らないおじさんと目があった私の気持ちが」


「そ、それは悪かったよ。真剣に選んでいるところに話しかけるのも悪いと思ってさ」


「真剣に選んでる時に、放って置いてどこかにいく事は、悪いと感じなかったのかしら」


 ぐぅの根も出ない。


「これは罰を受けるべきよね」


 夕凪さんは、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて僕を見る。


「お、お手柔らかにお願いします」


 僕は今日という日が無事に終わる事を祈った。

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