第23話 ランチタイム

 さて、ネタだと思っていたパッションインマッシブルという映画なのだが、率直に言おう。


「最高だった」


「ふふ、坂鳥君もどうやらパッションインマッシブルにハマってしまったようね。特に今回は導入部分からして盛り上がったものね」


「開幕早々敵を追いかけて街中を全力ダッシュだからね。しかも追い詰めたと思ったら敵が隠し持っていた爆弾でビルごと爆発だよ? えっ? 主人公死んだ? って思ったもん」


 映画を見終わった僕たちは、ショッピングモール内にある和食屋さんで、さっき見た映画の感想を話していた。最初は頭の中で考えていたプランにあったお店に行こうと考えたいたのだが、僕も夕凪さんも映画の感想を早く言いたくて、近くにあるお店でランチをすることにした。


「テーマソングが流れるタイミングも最高だったわ。実は坂鳥君と調査する時も、たまに頭の中であの音楽が流れるのよ」


「いや夕凪さん、被害者だよね」


「いいじゃない別に。私は何事も楽しむようにしているだけよ」


 犯人よ、君はもしかしたら手段を間違えたのかもしれない。だって夕凪さん全然ビビってないもん。それどころか絶対楽しんでるよ。これ僕が相談に乗る必要あったのかな。


「お待たせいたしました。魚介と野菜の天ぷら定食のお客様」


「あっはい」


 話をしている内に頼んでいた料理が出来上がったみたいだ。手をあげた僕の目の前に店員さんが料理を置く。白身魚の天ぷらと海老の天ぷら、そして色とりどりの野菜の天ぷらが綺麗に器に並べられている。白いご飯と合わせ味噌でできた味噌汁からは湯気が立ち上がり、仄かな香りが僕の鼻腔をくすぐる。


 続いて置かれた夕凪さんのざる蕎麦と野菜の天ぷらのセットもすごく美味しそうだ。


「じゃあご飯も来たことだし早速食べようか」


「そうね」


「「いただきます」」


 茄子の天ぷらをおろしポン酢につけて口に入れる。


「あっ、美味しい」


 茄子の甘味とポン酢の酸味がうまくマッチしていて、口の中で旨味が広がる。


「こっちのざる蕎麦も中々のものよ。食感がしっかりしていて美味しいわ。ひとくち食べてみる?」


「いいの? じゃあこっちはどうしよう。もし嫌いじゃなければ海老なんてどうかな。ちょうど二尾あるし」


「そんなに立派なものをもらってしまっても良いのかしら」


「いいよいいよ、じゃあそっちの野菜が乗っている器に置かせてもらうね。僕は……」


「お盆をそっちにずらすから、好きに食べて良いわよ」


「ありがと、じゃあ遠慮なく」


 僕は夕凪さんからつゆを受け取り、箸に取ったざる蕎麦を少しつけて口に入れる。確かに夕凪さんのいう通り、食感がしっかりしていてすごく美味しい。つゆもうまい具合にざる蕎麦の魅力を引き出している。


「しまったわ」


 夕凪さんの方を見るとどこか落ち込んだ表情をしている。何かあったのだろうか。


「どうかしたの?」


「あーんができるものを頼めば良かったと思って。カップルの鉄板でしょ? ざる蕎麦だとやっぱり難しいのかしら」


「そういうのはいいから!」


 今のシェアだって間接キスにならないように、気を使ってつゆの中に箸をつけなかったんだよ!?


 変に意識しないようにしていたのに、そんな事を言われたら嫌でも意識してしまう。僕は首筋が赤くなっていくのを肌で感じた。


「次は失敗しないわ」


「次もないです!」


「坂鳥君、自分の欲望には素直になった方がいいと思うの。我慢してばかりいると体に毒よ。それともアレかしら、もしかして私のあーんじゃ不満とでも言いたいのかしら。それはそれで不快だわ」


「違うけど! 違うけどもっ! 別に夕凪さんだからって訳じゃないよ、そういうのはアレだよ、本当の恋人とさ、キャッキャウフフしながらさ、その、あの……」


「拗らせた童貞は面倒くさいのね」


「やめてその言い方! 心にくるものがあるから!」


 バッサリである。


「まぁいいわ。それで坂鳥君、食べながらでいいのだけれど、今後の予定を教えてもらえるかしら」


「あぁうん、そうだね。この後はショッピングモールでウインドウショッピングでもしようかと思っていたんだけど、どうかな」


「いいわね」


「本屋で夕凪さんがおすすめする本とか教えてよ」


「あら、坂鳥君は私の性癖が知りたいのね。いいわ、少し恥ずかしいけど、あなたが知らないイロイロな事をお姉さんが教えてあげる」


「言い方!? 僕はただ、パッションインマッシブル以外でも共通の話題で盛り上がれたらって思っただけだよ! 夕凪さんはあれかな? 話を下ネタに持っていかないと会話ができないタイプの人間なのかな」


「そんな事を言われると流石の私も照れるわね」


「どこに照れる要素が!?」


 僕は夕凪さんが分からないよ。これが女心ってやつなのかな。


「でも分かったわ。とりあえず本屋に向かいましょうか。後はぶらぶらしながら、面白いものを探しましょう」


「そうだね。夕凪さんは行きたい場所とかない?」


「私は……そうね。洋服とか見てみたいわ。休みの日に外出する事なんてほとんど無かったから、何着ていくかすごく迷ったのよ」


「でも今日の服もすごくお洒落だと思うよ」


「この服は藍染さんに選んでもらったのよ。ほら、デートについて話をしたって言ったじゃない? その時ついでに当日の服装で迷っている事も話したのよ。そしたら強引に洋服屋に連れていかれてね。その結果がこの服よ。普段着ない服なものだから、今日も若干ソワソワしているわ」


 ナイスだ藍染さん。


「おーけー。でも僕にファッションセンスは期待しないでよ? 今時女子の旬なアイテムとかよく分からないからさ」


「その格好を見れば分かるわ」


「酷い!?」


「冗談よ。でも出来れば一緒に服を選んで欲しいわ。坂鳥君となら、きっとそれだけで楽しいと思うから」


 そう言って彼女は、心底嬉しそうに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る