第21話 初めてのデート

 そして迎えたデート当日。少し早めに来た僕は、駅の中にある妙な形をしたオブジェの前で夕凪さんを待っていた。今日は休日という事もあり、駅の前は多くの人で賑わっている。時刻は九時三十分、夕凪さんが到着するまでまだ時間がある。


「早く来すぎたかな」


 だからと言ってもう少し家でゆっくりとしていようとは考えていなかった。フリとはいえ初めてのデートなのだ。おなかが痛くなったり事件に巻き込まれて遅刻するわけにはいかない。


 手汗で持っているスマホが若干ヌルヌルするし、なんだかソワソワする。世のカップルたちも最初はこんな感じだったのだろうか? これじゃあまるで童貞じゃないか。いやまぁ童貞なんだけどさ。


 そんな事を暫く考えていると、スマホに一件のメッセージが入る。中身を確認すると夕凪さんからのメッセージだった。


『近くまで来たわ』


 僕は夕凪さんを探して周囲を見渡すが、それらしき人物は見当たらない。まだ少し距離があるのだろうか。


『あまりキョロキョロしないでちょうだい。お上りさんだと思われるわよ?』


「見られてる!?」


 どこだっ! どこにいるっ!


 さっきよりも隈なく周囲を確認するが、夕凪さんの姿は見えない。でもそんなはずはない、夕凪さんは必ず僕のことを見ているはずだ。どこかに隠れているんじゃないかと思い、隅々にまで目を光らせる。そうして暫く経つと再度スマホが振動し、夕凪さんからのメッセージが入る。僕は急いでそのメッセージを確認する。


『誰が言っていたのか忘れてしまったのだけれど、足元ばかり見ていると空の青さに気づけないそうよ』


 空? 


 どういう意味かはわからないが、視線を少し上げる。駅の中なのでもちろん空なんて見えるはずもないのだが……あっ。


『やっとこっちを見てくれたわね』


 顔をあげた僕の目線の先には喫茶店があった。駅ビルの二階部分なのだろうか、何人かの人がコーヒーを飲んでいるのが見える。そしてその中に一人、こちらを双眼鏡で覗く変人がいた。


 夕凪さんだ。


『何してるのさ夕凪さん』


 この距離だと声も届かないので、スマホで伝える。


『坂鳥君の観察をしていたのよ。あまりにひどい格好をしていたら帰ろうかと思って』


『ひどい!?』


 でもよかった。夕凪さんの目から見て僕の格好はあまりおかしなものではなかったらしい。と言ってもグレーのパーカーに黒のジーンズ、季節感なんて考えずに家にあるものを着てきただけだ。本当は黒のスキニーとかジャケットとかも憧れたんだけど、あんなおしゃれ上級者アイテムとてもじゃないが買うことができない。


『今からそっちに行くからもう少し待ってて頂戴』


『りょーかい』


 夕凪さんのおかげ? かどうかは分からないが、今の掛け合いで緊張は吹き飛んだ。さっきまで掻いていた手汗も乾き、緊張も適度にとれている。これならいつも通りの僕でいられる。念のためもう一度今日のスケジュールをスマホで確認しておく。今なら頭の中が真っ白になる事もないだろうし。


「待たせたわね」


 スマホの画面に夢中になっていたせいか、夕凪さんがすぐ側に来るまで全然気が付かなかった。僕はスマホから視線を外し、夕凪さんを睨みつける。


「上から見てるんならもっ……」


「坂鳥君?」


「……」


「どうしたのかしら。急に動かなくなってしまったわ。電池切れとも考えにくいし、ちょっと叩いたりしたら治るかしら」


「うえっ!? だ大丈夫、ちょっとぼーっとしちゃってただけだし!」


「ならいいのだけれど。体調が悪かったら早めに言うのよ?」


「う、うん」


 か、かかか可愛いぃいいいい! えっ、ちょっとマジで可愛いんですけど。やばいやばい、さっき緊張が取れたとか言ったけど、さっきどころじゃないドキドキ感で震えるんですけど! 全然夕凪さんの方を見る事ができないやばい! 


 目線を逸らし頭の中がごちゃごちゃになった僕は、一瞬だけチラリと夕凪さんがの方を見る。


 白のブラウスにデニムのスカート。街中でたまに見かけるような、そこそこ見慣れたファッションだ。なのに、それなのに、どうしてこんなに魅力的に見えてしまうのだろうか。


「さっきからちらちらと私の方を見ているようだけど、もしかしてどこか変だったかしら? 一応坂鳥君がどんな服を着てきても合わせられるように、無難な服を選んできたつもりなのだけれど」


「うへいっ!? 別におかしなところなんてないよ、本当だよ!」


「そんなに念押しされると逆に不安になるのだけれど」


「ご、ごめん」


「……まぁいいわ。それで坂鳥君、デートで待ち合わせ場所に集合した後、男の子は女の子に一言言わないといけないらしいのだけれど、それが何か分かるかしら?」


 それが何か、頭の中では分かっている。本来なら、夕凪さんに言われる前に僕が言わなければならなかった言葉だ。本当に不甲斐ない。でも、せっかく夕凪さんがパスを出してくれたんだ。これだけは緊張せずにちゃんと伝えたい。


 僕は一度深呼吸をした後、夕凪さんをまっすぐに見つめて口を開く。


「すごく……似合ってるよ」


 語彙力なんて微塵もない。本当はもっと色々な事を言えればいいのに、僕の口からはこんな言葉しか出てきてくれない。


「ふふ、正解よ」


 そう言って彼女は優しく微笑んだ。僕はその笑顔にあてられて、また少しの間、動けなくなってしまったのだった。


 こうして僕たちの初デートは始まった。


 

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