第20話 体の重さは愛の重さ

 放課後、夕凪さんから話があると言われた僕は資料室で一人、彼女が来るのを待っていた。ちなみに師匠はいない。何か用があるんだとか……


 手持ち無沙汰になった僕は、部屋の奥にある席に腰をかけ、後方にある窓から外を眺める。ここから見える景色は風に揺られる木々だけ。せっかくなので木々の音に耳を傾けると、小鳥達のさえずりも耳に入ってくる。


「なんだか落ち着くなぁ」


 師匠は普段この音を聞きながら読書をしているのだろうか。そう考えるとちょっぴり羨ましい。


「何か見える?」


「うおっほいっ!?」


 突然声をかけられた僕は変な声を出してしまう。ぼーっとしていたせいか、全然気が付かなかった。


 声のした方を見ると、夕凪さんが僕の顔を不思議そうに見ていた。


「結構待たせてしまったかしら」


「ううん、そんなに待ってないよ」


 一度席を立ち、一番奥から入り口の方を見て左側の席に腰を下ろす。僕が椅子に座った後、夕凪さんも対面の席に腰を下ろした。


「それにしても熱心に外を眺めていたようだけど、もしかして外に可愛い女の子でもいたのかしら」


「夕凪さんは僕をどういう風に見ているのかな? 違うよ、外に生えてる木を眺めてたんだ」


 まぁ、可愛い女の子がいたらガン見するけどさ。


「つまり……木に欲情していたということね」


「違うよっ!?」


「別に隠す必要なんでないじゃない。誰だって人には言えないような性癖の一つや二つあるものよ。例えば、クラスメイトの藍染あいぞめさんは分かるかしら?」


「え? うんまぁ、流石にクラスメイトの名前くらいは分かるよ」


 多分だけど。


「彼女はぽっちゃりした男性が好みらしいわ」


「へぇ、あの藍染さんが。でも良いんじゃないかな、ぽっちゃりしてる人ってなんだか優しそうに見えるし」


「そこまでなら私もそう思ったわ。でも彼女、百キロ以上ある男性に押し潰されたいと言っていたのよ」


 ……ん?


「しかも理想は二人くらいにサンドしてもらうことだって言っていたわ」


 ……


「その後もぽっちゃりについて熱弁していたわね。太りすぎて手が届かなくなった部分に溜まった垢を舐めとりたいとか、力士にタックルしてもらいたいとか。もちろん周りで聞いていた女子達はドン引きよ。ちょっとしたガールズトークのつもりが、どぎつい性癖を聞かせられる事になったのだから。結局『体の重さは愛の重さ!』って藍染さんが宣言した後、その会はお開きになったわ」


 僕、明日からどんな顔をして藍染さんを見れば良いのだろうか。


「だから安心なさい。あなたは決して独りぼっちではないのだから」


「いやいや、安心できる要素が見当たらないんだけどっ! さっき周りの女子達がドン引きしてたって言ってたじゃん。それに僕は木じゃなくて普通に女の子の方が好きだから!」


「ふーん……まぁいいわ、今はそれで」


「何か含むように言うのやめてくれないかな。そろそろ本題を聞きたいんだけど」


「そうだったわね。まぁ、これに関しては坂鳥君も想像くらいはできていると思うのだけど。議題はズバリ、今度のデートについてよ」


「あーうん、まぁそんな気はしていたけど」


 デートって面と向かって言われてしまうと少し照れ臭い。


「プランはなんとなく頭の中にあるよ」


「そう、ならいいわ。私もデートの作法や服装について聞いているところよ」


「え? 夕凪さん話ができる相手いたの!?」


「坂鳥君、それはもしかして私に喧嘩を売っているのかしら? それくらいいるわよ、さっき藍染さんの話をしたばかりじゃない」


「あぁ確かにそうだったね。夕凪さんは一人で本を読んでいるイメージが強かったからつい」


「私が独り言を呟けば何人か虫のように寄ってくるのよ」


「言い方!? えっ、その人たちって友達なんじゃないの?」


「内一人はデブ専よ? 感染したら困るわ」


「酷すぎる!?」


「そんなことないわよ。少なくとも藍染さんは喜ぶわ」


「あー、何となくそんな気はしていたけど、やっぱり藍染さんってMなんだね」


「他の人たちもどっこいよ」


「聞かなかったことにしておくね」


 どうしよう……僕のクラス、もしかしたら変人しかいないのかもしれない。


「宣伝についても何とかなりそうよ。話を聞いた子たちがいい感じに噂を流してくれるから」


 そこまで考えての行動だったのか。流石夕凪さん、僕は何も考えていなかったよ。


「そっか、じゃあ後は集合時間とか話し合えばいいかな? 一応十時くらいに駅に集合して映画を見ようと思っているんだけど」


「ちょうどよかったわ。私も見たい映画があったのよ」


「よかった。じゃあせっかくだしその映画見に行こうよ。上映時間確認したいんだけどタイトル教えてくれる?」


 スマホを取り出して上映時間をチェックする。


「パッションインマッシブルよ」


「何その暑苦しそうなタイトル」


 そんなのやってたっけ? スマホの画面を確認し、ラインナップを確認すると、確かにそこには『パッションインマッシブル』の名前があった。しかも時間も十時半からでちょうど良い。


「実在したよ」


「おかしな坂鳥君ね。実在しない映画の名前なんていうわけないじゃない」


 いや、そうなんだけどさ。


「夕凪さんが宣伝してくれたし、後は当日を迎えるだけだね」


「ふふっ、当日が待ち遠しいわ」

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