第19話 試合結果は?

 相手のキーパーはキャッチしたボールを蹴り上げ、中央付近までボールを戻す。そして落ち込んでる玄さんは、そのまま相手陣地から動かない。何だか肩を落としているように見えるが、さっきのシュートに自信があったのだろうか?


 まぁそれは置いておこう。中央付近ではすでにクラスメイト達が戦っているのだから。皆も鴇岡君の動きになれてきたのか、ボールに触れないまでも、上手くコースをふさいでいる。やはり鴇岡君以外に目立った生徒がいない事が大きな要因だろう。鴇岡君がパスを出しても、受け取った生徒がウチの子にボールを奪われてしまうのだ。


 結局、鴇岡君は最初と同じく一人で状況を突破しようと動き出す。ウチの生徒を次々と抜き去り、またしても僕のところまでやってくる。残り時間は後五分といったところだろうか? 多分そろそろ最終局面というやつだ。鴇岡君としてもここで点を取っておきたいはず。


「まぁこっちとしても、ここで点数をあげるわけにはいかないんだけど……」


 鴇岡君がドリブルでウチの生徒を躱しながら時折こちらを見てくる。シュートのタイミングを探しているのだろうか? 


 そうして迂回しながらドリブルした後、急に鴇岡君が右側にパスを出した。突然の行動に驚いたが、それどころではない、パスの先には一組の生徒がいるのだから。


 しまった!


 残り時間がわずかという事もあり、二組の生徒は皆鴇岡君の方に意識を集中していた。その結果、フリーになっている生徒が何人か出てしまっていた。そこを狙い鴇岡君はボールを蹴ったのだろう。僕は意識を切り替え、ゴールを入れられないように体を動かす。幸いその生徒は受け取った後すぐには行動しなかったので、ひとまずは安心。それにしても鴇岡君、一人で特攻すると見せかけて、なんて事をするんだ。びっくりしたじゃないか。


「早くボールこっちに戻して!」


 えっ? 


 声のした方向を見ると、そこにはフリーになっている鴇岡君の姿があった。


 やばい、パスはこの為だったのか。


 僕は右サイドに寄せていた体を急いで中央付近まで戻すが、鴇岡君にボールが渡る方が少し早い。胸のあたりに蹴られた雑なパスを受け取り、そのまま地面にボールが接触する前に蹴り出した。


 上手い! ボレーシュートってやつか! でもさっきまでのボールよりは若干甘い! これなら間に合う!


 体を乗り出しボールの方へ全力で飛び込む。そうすることでぎりぎり触れそうな位置まで体を押し出すことができた。でもこれじゃあ駄目だ。すでに鴇岡君はボールが弾かれても対応できるように左サイドに重心を移動している。


「キャ……ッチ!!!」


 届け、届け! 届け!!!


「へぶうっ!?」


 そうして僕は、地面と熱いキスを交わす事になった。


 でもその両手は、しっかりとボールを掴んでいて……


「……っし!」


「お、おぉ、おおおおおおおおっ! ナイス! ナイス坂鳥!」


 近くにいた柳君が感動のあまり全力でこっちに向かってきた。僕はそれを華麗に躱した後「なんで!?」ボールを思いっきり蹴り上げた。


「玄さん!」


「おう!」


「しまった!? 戻れ! 戻れ皆!」


 いち早く状況に気付いた鴇岡君が皆に指示を飛ばす。でも……


「もう遅いよ」


 今、中央付近には誰もいない、それどころか相手側にはキーパーしか存在しない。学校の緩いルールで行われているサッカーだ。オフサイドだとかそんな難しいルールはない。これはすでに先生に確認済みだ。なら、後は誰もいない敵陣をただひたすら突き進み、シュートを打つだけだ。


「今度は外さないでよね」


 僕は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。











 そうして数秒後、敵陣のゴールから野獣のような雄たけびと、ゲーム終了を告げるホイッスルの音が聞こえた。


「やったな坂鳥!」


 そうだね! 柳君が最後まで鴇岡君に食いついてくれたおかげで、僕の負担は結構減ったんだぜ。ありがとう!


「勝てた」


「なんだよ坂鳥、もっと喜んでもいいと思うぜ?」


 柳君は僕に近づき、肩を組んでくる。


 違うんだ柳君。僕はこれでもすごく喜んでいるんだ! でもほら僕ってシャイだろ? 皆の前だとこれが限界なんだよ!


「喜んでる」


「ははっ! そうか、ならいい」


 柳君は組んでいた肩から腕を離し、僕の背中を数回叩いた後、他の生徒のところへ向かった。勝利を分かち合いに行ったのだろう。


「坂鳥君、でいいんだよね?」


 少し離れた位置から、茶髪サラサラヘアーのイケメン様がこっちに向かって歩いてきた。


「どうも」


 僕は軽く会釈をする。何なんだよ次から次へと、僕のキャパシティはとっくにオーバーしているんだぞ?


「びっくりしたよ。まさかサッカー部でもない同級生に三度もシュートを止められるなんて、こんな経験はじめてだ。坂鳥君は何かスポーツをやっていたの?」


「してない」


「だとしたら本当にびっくりだよ。どうやって僕のシュート止めたの? そこまでわかりやすくはなかったと思うけど……」


 あぁそういう事か、サッカー部のエース様としては、自分に弱点があるなら修正したいとか思ったのかな? よくわからないけど。でもまぁ、重心とか目線とか足の角度とか、理由は色々あるけどやっぱり一番の理由はあれかな?


「クラス同士の戦いだったから」


「どういう事?」


 鴇岡君は首を傾げている。どうやらこれだけでは伝わらなかったらしい。しょうがない。


「鴇岡君、シュート、打ちやすかった?」


「特に変わりはなかったような気がするけど……」


 おいエース、もっと周りをちゃんと見ろ。


 僕は若干苛立ちながら、話の続きをしていく。


「一組の生徒、半分以上がこっちの陣地に来てたから、ゴール付近が密集してた」


「あ……そうか、確かにそうだ。つまり、僕のシュートコースは絞られちゃってたのか、皆で遮られていたから」


「そう」


 たいしてルールも分かっていない人間同士のサッカーだ、役割なんてあってないようなもので、我こそはとボールに群がってくる。だからゴール付近にはたくさんの生徒が集まり、混雑する。


 結果、コースが絞られた鴇岡君のシュートを僕の目で捕らえ、阻止する事ができた。


 そして後半は玄さんが相手陣地に陣取った事もあり、ディフェンスの役割の人たちまでこっち側に来たので、コースはもっと絞られていた。


 僕がボールをキャッチする事さえできれば、後は誰もいない敵陣を誰かに突っ切ってもらい、シュートを決めてもらう事ができる。


「でもそれだけじゃないでしょ? 密集していたって事は、君からしたらどこからボールが飛んで来るか分からない状態でもあったわけだよ。だから他にも何かあるんじゃないの? 何か気づいた事があったら教えてよ」


 ぐいぐいくるなコイツ。これが陽キャの力ってやつか。


 質問に対してどう答えようか迷っていると、遠くから嬉しそうな顔をした玄さんがこっちに向かって歩いてきているのが見えた。さすが玄さん! 君は救世主だ!


「助けて玄さん」


 そういうと玄さんは嬉しそうな顔を一瞬で憤怒の表情に変え、急いでこっちに向かってくる。


「あ? てめぇウチの潤に何してくれてんだ? さっきの仕返しか? おおん?」


 玄さんは鴇岡君に詰め寄り、圧をかける。鴇岡君は身を竦ませて、玄さんから目を逸らすことしかできない。プレイ中は玄さんを軽くあしらっていた癖に、終わった途端これである。


 いいぞいいぞー。やっちまえー。


「い、いや、違うんだ。その、僕は……あっ、そうだクラスメイトのところに戻らないと! じゃあね坂鳥君また今度!」


 そう言って転がるように逃げていくイケメン。正直今日一番スカッとした瞬間である。


「ありがと玄さん」


 面白いものを見せてくれて。


「気にすんな。それより大丈夫か? 最後顔面から落ちてただろ?」


「特に問題ないよ」


「ならいいんだが……」


 それでも心配なのかちらちらとこちらを見てくる。


 案外過保護だよね、玄さんって……


「おっとそうだ。これは先に言っておかないと」


 急に僕がそんな事を言うもんだから、玄さんは少し訝しんだ表情でこちらを見ている。


「なんだよ?」


「ありがと、お陰で勝てた」


「はっ! こっちのセリフだよ」


 そう言って玄さんは歯を剥き出して、ニヤリと笑った。

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