第18話 サッカー
サッカーグラウンドの中心に集められ、一組の生徒は赤いビブスを先生から受け取りそれを着る。その後、真ん中の白線を境に両クラスが分けられた。六月は雨が降る事が多かったし、若干土がぬかるんでいる気がする。だがまあこの程度なら問題はないだろう。先生が各々のポジションに移動するように言ったので、生徒たちはぞろぞろと移動を開始する。一組は予想通り鴇岡君が攻撃側を務めるらしい。茶髪のおしゃれイケメンがグラウンドの中央に立っている。
フォワードって言うんだっけそれ? お、図書館で僕達を睨んでた眼鏡君もいるじゃないか。彼も一組だったのか。後は……あぁ、やっぱり枯野君は参加しないみたいだ。端っこの方で座りながらグラウンドを見ている。まあそんな気はしていたけどさ。キーパーはよく知らない人だな。でも、がっしりとしている体形から、何かしらの運動はしているのだということが分かけど。
「二組は誰がキーパーをするんだ?」
教師からの呼び声がかかったので一度考えるのを止め、手を上げた後に自陣のゴールポストまで歩いていく。
「そんなに緊張してたら始まった後上手く動けないぞ。リラックスリラックス」
ゴールポストの少し前、所謂センターバックと言われる位置から柳君に声をかけられた。緊張しているように見えたのだろうか?
「ありがとう」
でも大丈夫だよ。僕は今、この状況をすごく楽しんでいるんだから。ゴールポストに着いた僕は振り返り、全体を見渡す。こちらの攻撃側にはポテンシャルの高い玄さんとサッカー部の杉染君、そしてその少し後ろにはサッカー経験のある若竹君が陣取っている。
正直、作戦という作戦は用意していない。ただ、これが授業であるという事、そして素人の集まりであるという事、それを利用していきたい。結局、というか、幸いな事に、一組のサッカー部は彼一人だけなのだ。ならそこに付け入る。
「よーし、みんな揃ったな? じゃあ早速始めるぞー」
教師のそんな掛け声の後、ついに試合開始のホイッスルが鳴る。先行は一組、鴇岡君の隣にいた男子が軽くボールを蹴り鴇岡君にボールを渡す。受け取った鴇岡君はいきなりトップギアで中央突破を始める。玄さん達が止めに入るが簡単に躱され、ぐんぐんこちらに迫ってくる。
体育館の方からは女子たちの歓声が聞こえ、グラウンドのこっち側からは慌てたような声がたくさん聞こえてくる。
正直ここまで圧倒的だとは思わなかった。一度躱された玄さんや若竹君が追いつき再度止めに入るが、それも簡単に躱される。
「くそっ!」
皆のイラついた声が聞こえる。一組の生徒は半数がこちら側に攻めてきているが、鴇岡君は他にパスを出すこともない。独壇場だ。最後の砦である柳君も躱す。そろそろシュートを打ってくるはずだ。そう考えると自然と体に力が入っていく。
「悪い坂鳥! 止められなかった!」
柳君がそう言った時にはすでに鴇岡君はシュート体勢に入っていた。
軌道を読め、鴇岡君はどこに打ってくる? 足だけじゃなくて全体を見ろ。目線は? 重心は? 考えろ僕。……多分
「こっち!!!」
僕はボールが来るであろう方向に飛び込み、ボールを捕らえる。……が
バチンッ! と音を立ててボールはあらぬ方向へと飛んでいく。それと同時に僕の体も倒れ、体操着が泥でまみれた。
いっ痛ぅ!
流石サッカー部。威力があんなにあるなんて。僕の指が折れたらどうしてくれるんだよ本当に。心の中でそんな悪態を付きつつも、僕は何でもないという風な顔をしてその場で起き上がる。そして目線をグラウンドに戻すと、そこにはビックリした顔の鴇岡君が前に立っていた。
簡単にゴールを決められると思ってたの? ざまぁ見ろ。
「大丈夫。ボールが来ても僕が止めるから」
「坂鳥、お前……」
柳君は僕を心配してくれているようだ。優しいね。でも、正直今はそれどころじゃない。僕はボールをはじいただけで、止めたわけではないのだから。僕はすぐさまボールを探す。幸いこっちの生徒がボールを取っていたが、攻めてきた相手に囲まれている。ボールを取られるのも時間の問題かも知れない。
「宍倉君がフリー!」
なら僕が全体を見て声出しをしよう。
僕の声が聞こえたのか、即座に辺りを見渡し、玄さんの方にボールを蹴る。蹴った瞬間、相手の足にボールが当たり、軌道が少しズレるが問題なく玄さんのもとへ転がっていく。
「ナイス!」
玄さんが大声とともにボールを蹴り出す。が、すぐ近くまで来ていた鴇岡君に道を阻まれる。
足も速いんだな。でも大丈夫。
「玄さん! 後ろに若竹君!」
「おう!」
玄さんはすかさず若竹君にパスをする。それに反応し鴇岡君がボールを追ってくるが、それも問題ない。
「若竹君! 右前方の杉染君が空いてる!」
「了解!」
若竹君も僕の指示に従い、ボールを蹴ってくれる。そうしてしばらくの間、攻めあぐねてはいたものの自陣でボールを回していた。が、しかし、ついに相手にボールを奪われてしまう。
「くっ!」
「鴇岡! パスッ!」
「さんきゅ!」
そうして再びボールは鴇岡君のもとへ。彼は少しボールを足元で遊ばせた後、またこっちに攻めてくる。今度は本気なのだろう。さっきまでの遊びの表情はもうない。
熱くなってるね。目を見れば分かるよ。そんなに止められたのが悔しい? でも残念。一点たりとも君にあげたりしないから!
僕は再度集中し、一挙手一投足を目に焼き付ける。鴇岡君はまたもこちらの生徒を抜き去り、僕の方へと距離を詰め、シュートを打つ。
ボールはゴールポストから若干軌道がズレる。
よし、このままなら……違う! 回転がかかってる!
僕は即座に反応し、曲がってきたボールをなんとか弾く。
「ふぅ」
でもまだ安心できない。弾いたボールは相手に渡り、またしてもボールは鴇岡君のもとへパスされる。
あと何回こんなのを繰り返したらいいんだろうね。試合の時間は全部で二十分だったから、あと半分くらいかな? 凄いねサッカー選手って、こんなの九十分もやっているんだろ? 僕なら前半でばてるね。自慢じゃないけど。
僕は鴇岡君を見据え、集中する。
さっきみたいなボールがまた飛んでくる可能性がある。油断は禁物だ。それは鴇岡君も同じなのだろう。どこか攻めあぐねている様子だ。
それを見た杉染君が、後ろから迫り、ボールを奪取しようとする。何度も足を出すが、鴇岡君の持つボールに触れることはない。が、だんだんと端に攻めていったおかげか、鴇岡君もボールを持っているのがきつくなり、他の生徒にパスをする。
チャンスだ。
近くにいた玄さんがパスされた生徒の方へ向かう。迫られた生徒は身がすくんで動けなくなる。
流石だぜ玄さん! 凄い威圧だ。
玄さんは簡単に相手のボールを奪い取り、相手陣地へ攻める。慌てた敵チームが急いで玄さんに迫るが、なかなか追いつけない。
へっへっへ、ウチの玄さんのポテンシャルをなめるなよ?
そうして相手陣地に蹴り進み、遂にゴールを射程圏内に捕らえる。
「おらぁ!」
玄さんは野太い声を出して力の限りボールを蹴る。ボールはものすごいスピードでゴールポストの中央をまっすぐ進んでいく。
……そして予想通り簡単に止められた。
「くそがぁああああ!」
玄さん……相手の正面に向かって打ったらそうなっちゃうよ。いくらスピードがあってもさ。後そんなに怒らないの。見に来た女子たちまでビビってるよ。
体育館の方をちらりと見ると、さっきまで観戦していた女子達が誰一人として声を上げていない。おや? さっきまでとメンバーが少し違う? 夕凪さんがいるし。あっちはちゃんとローテーションでやっているのかな?
まぁそれは置いておいて……時間は後少し。最後まで気を緩めるわけにはいかない。
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