第17話 変わり始めたぼっち

 体操着に身を包んだ僕達は今、学校に備え付けられているサッカーグラウンドに集合していた。サッカーがそこそこ有名な学校ではあるが、別にグラウンドはお洒落な人工芝のものではなく、一般的? な土のグラウンドである。


 先生の指示に従って準備運動をした後、サッカーの練習に入るわけだが、ウチのクラスメイト達は何処か浮かない顔をしていた。


 まぁ、理由は何となくわかるんだけどね。


「なぁ潤、何かウチのクラスだけ静かじゃないか?」


 玄さんも疑問に思ったのだろう。こうして僕にこそこそと話しかけているわけなのだから。でも他クラスに詳しくない彼は理由が分からないらしい。


 今ここには二年一組と二組の男子が揃っている。つまりは合同授業という事なのだけど、皆が浮かない顔をしているのはソレが理由だ。


 皆さんは覚えているだろうか? 一組に在籍する彼の事を。


「一組にはサッカー部のエース、鴇岡ときおか君がいるからね」


「どいつだよ?」


 玄さんは視線を動かして鴇岡某を探している。物凄い形相だ。彼は一体、見つけてどうするのだろう? 喧嘩でも売りに行くのだろうか?


「あれだよあれ。一組の真ん中にリーダー的な茶髪のイケメンがいるでしょ? あれが鴇岡君」


 丁度見やすい位置にいたので、僕は指を差して玄さんに教えてあげる。


「ほーん、確かにイケメンだな。何だ? イケメンに負けるのが悔しいのか?」


「結果的に言ってしまえばそういうことなんだけどさ、一番の理由はそこじゃないよ。ほら、体育館の近くを見てみて」


 僕は再度指を指す。今度は体育館の方に向かって。


「んあ? あぁ女子がいるな」


「つまりさ、女子の前で無様に負ける姿を見られたくなくて、こんな雰囲気になっているんだよ。しかも相手はあのイケメン君。実際、女子の殆どがそれ目当てなのかもしれないね」


 というか体育の授業はどうしたのだろうか? バトミントンだと余る人が多いのかな?


「なんだよ、そんなことでやる気なくしてるのかウチの男子たちは」


 玄さんは盛大にため息を吐くが、僕はクラスの男子たちの気持ちが分からなくもない。誰だってかっこ悪い姿を見られるのは嫌だし。でも、だからと言ってあからさまにやる気を無くすのはやめてほしいけどね。


「ねぇ、玄さん」


「なんだよ?」


「ムカつかない?」


 僕は率直に思った事を伝える。


「は? 別にムカついてなんかねぇよ」


 嘘ばっかり。不機嫌そうな顔しているじゃん。


「僕はムカついてるよ。勝つのが当たり前だと思っている一組の連中や見に来ている女子達、どいつもこいつも僕たちが勝てるなんて思っちゃいない。そりゃあ相手はサッカー部のエース様だ。まともにやって勝てる奴なんてこの学校には一人もいないのかもしれない。だからこそ……そんなあいつらに一泡吹かせてやりたい。そう思うんだ」


「……何かするつもりか?」


 僕は精一杯悪い顔をして玄さんの方を見る。


「悪くねぇ」


 何かを感じ取ってくれたのか玄さんはそんな事を呟く。さっきまでの不機嫌な顔はどこかに吹き飛んだのか、今は早く試合をしたいという感情が表に出ている。


 言ってしまえばこれは僕の自己満足だ。玄さんや夕凪さんと友達になって、もっと学園生活を楽しみたいと思ってしまった僕のわがまま。昔の僕だったらこんな事、考えたりしなかっただろう。それに、


「僕一人だったらやるつもりはなかったけどさ……」


 周りを見渡してみると、玄さん以外にもやる気を失っていない生徒がちらほらいる。その中には柳君や若竹君もいる。彼らもこの授業を楽しみにしていたし、皆がやる気なさそうにしていてつまらないと思っているのだろう。


「他にも授業を楽しみにしている生徒もいることだしね。ただ、さっきあんな事を言った手前言いにくいんだけどさ」


「何だよ?」


「多分勝てない」


「おい!」


 玄さんは声を上げて突っ込みを入れる。その声に驚いたのか周りの生徒達も何事かとこちらを伺っている。


「多分だよ多分、それに負ける事もないよ」


「は? どういうことだよ」


「そんな難しい話じゃないんだけど、とりあえず作戦を言ってもいいかな?」


「なぁその話、俺も聞いていいか?」


 話声が聞こえていたのか、少し離れた位置から柳君がこっちに向かって歩いてきた。


「柳君」


 そんな! まさか! 柳君が僕に声をかけてくれるなんて! やっぱり君は心の友達だよ。僕が辛いときはいつも助けてくれるんだから! もう! しょうがないなぁ! 話に混ぜてあげるから早くこっちに来なさい。


「何? 何かするの?」


「俺も聞きたい」


 柳君につられて若竹君や、他の生徒も話しに混ざってくる。これが柳君効果か。やっぱり柳君は最高だぜ! さて、どこから話をした方がいいか。


「えっと、その……」


「おい潤、いきなりモゴモゴしてどうしたんだよ? つか何だお前ら? いきなり話しかけてきてよ」


 べ、別にモゴモゴなんてしてないし! ちょっとクラスメイトと会話するのに緊張しているだけだし! 後、何で玄さんは威嚇しているの?


「ひぃ!? ご、ごめんなさいぃ。……い、今さ、二人の声が聞こえてきてさ。一組と戦おうとしてるんだろ? ほら、俺もサッカー楽しみたいしさ。せっかくだからちゃんとやりたいんだよ。だから俺達も混ぜてくれよ」


 ほら、柳君達がすごくビビっているじゃないか。せっかく他の生徒もやる気になっているんだし、そんな態度取ったらダメでしょ! でも良かった。どうやら彼らも僕の作戦に参加してくれるみたいだ。


「わかった、けどいいの?」


「何が?」


 ちぃ! これだけだとやはり伝わらないか。でもすまない。言葉がのどから出てきてくれないんだ。


 僕は少し間を置き、伝えるべき言葉を探す。その間も皆は僕の事を待っててくれる。なんて良い人たちのだろう。


「一緒にやってくれるの?」


「あぁ、そういうことか。いいよ、どうせ負けると思ってたんだ。何か手があるなら俺は喜んで手を貸すぜ」


 そう言って柳君は笑ってくれた。やはりこの人は神か。


「ありがと」


「おい潤、本当にどうしたんだ? いつもより相当変だぞ?」


 ちょっと玄さんは黙ってて。


「ふぅ……じゃあ説明する」


「おう」


 皆の視線が僕に集まる。


「僕がキーパーをやる」


「お、おう」


「いやそれ作戦なのか?」


「作戦は別にあるけど……」


 皆せっかちなんだから。それに僕がキーパーをやることにもきちんと理由があるんだよ?


「でもいいのか坂鳥、キーパー多分キツイぞ?」


 鴇岡君のシュートの事を言っているのだろうか? 柳君は心配したような声でそんな事を言う。


「大丈夫。ただでやられるつもりはないから」


「ははっ! 坂鳥ってアツいんだな」


「そうなんだよ潤はすげえ奴なんだよ」


 何で玄さんが嬉しそうなの?


「じゃあ作戦話すね」


 そうして僕は頭の中で考えていた事を皆に話し始めた。そうしてちょうど話し終えた後、見計らったように教師が号令の合図を出した。


「じゃあその、がんばろうね」


「「「おう!」」」

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