第14話 ラブコメがアップを始めました
僕は今、多分だけど、眼球が飛び出るくらいに目を真ん丸に見開いている事だろう。当然だ、どんな案があるのかと用心していたら、いきなりデートを申し込まれたのだから。
「返事を聞かせて欲しいのだけれど」
夕凪さんの顔も少し赤い。それに、よく見ると差し出された右手もわずかに震えているのが分かった。彼女は多分、勇気を振り絞ってその言葉を口にしたのだろう。なら僕もそれにきちんと答えなければいけない。
ゆっくりと席を立ち、一度深呼吸をした後、夕凪さんの目をしっかりと見る。そして……
「多分彼女は囮捜査を手伝って欲しいって言っているんだと思うよ?」
いつの間にか近くに寄ってきていた師匠が耳打ちしてきた。
「…………」
…………え?
「流石にこればかりは恥ずかしいものね。犯人を釣る為とは言え、デートの申し込みをするなんて」
夕凪さんも左手でパタパタと顔を煽ぎながらそんな事を口にしている。
…………え?
あ、あーつまりそういう事か、デート現場を犯人に見てもらって、炙り出しをするって話か。うんうん分かってた、分かってたし。本当だよ? 僕からその案を出そうと思っていたくらいだし。別に勘違いしたとかそんな事は全然ないし。
「い、いいの? 疑似とはいえデートなんかしたら犯人を煽ることにならないかな」
「でもその時は、貴方が守ってくれるんでしょ?」
夕凪さんはまっすぐな目で僕の顔を見ながら言う。そんなことを言われてしまっては、流石の僕も覚悟を決めるしかない。
「なら、その期待には応えないとね」
「ええ、お願いするわ。でもそんなに硬くならないで頂戴、折角のデートだもの、ちゃんと楽しみたいわ」
「そそそそうだよね。うん、デートプランも僕に任せてよ」
「ふふ、期待しているわ」
夕凪さんはそう言って、花が咲くような顔で微笑んだ。
やっぱり女の子の微笑んだ顔って素敵だよね。
しばらくぼーっとしていたのだろう。後ろで突然師匠が手を叩き出した。どうしたのだろうか、シンバルを叩くチンパンジーの物真似なんかして。
「はいはい、話は終わったかな。終わったんならそろそろ帰った方がいいんじゃないかい。もう結構遅い時間になってきたからね」
あぁもうそんな時間か。外を見ると日がだいぶ傾いている。どうやら結構長い時間ここにいたようだ。まぁさっき図書室にもいたし当然か。
「ごめんなさい。最後に一つだけいいかしら」
そういって彼女は鞄の中から封筒を取り出した。犯人からの手紙だ。よく見ると以前のものより少し新しく見える。
「犯人から二通目が来たの」
そう呟いた。
「ふむ、これがさっき話に出ていた犯人からの手紙だね。ちょっと見てみてもいいかい?」
「ええ、構わないわ」
夕凪さんに確認を取った後、師匠は封筒を開封する。手紙の方は前回と同じく『君を見ている』と書かれていたが、写真は前回見たものとは少し違っていた。そしてその中に一つ気になるものがある。
「あ……」
「ん? どうかしたのかい少年」
「い、いや……なんて言うかその、気になる写真があって」
「どれだい?」
「この写真なんですけど……」
そういって、僕は一枚の写真を指差した。
「これは、図書室の写真だね」
「そうなんです。この写真、多分僕と夕凪さんが二人でいた時に撮られた写真だと思います」
「どうしてそう思うんだい?」
「夕凪さんだけが写るように調整されていますけど、机の上に写っているノート、僕のモノっぽいんですよね」
微妙に写っているノートの表紙に備忘録と書かれている。これは僕が自分で書いたものだ。
夕凪さんも僕のその言葉にうなずいている。
「そうね、多分そのノートは坂鳥君のものだと思うわ。私、図書室でノートなんか出したことないし……それに、ノートの表紙に備忘録なんて恥ずかしくて書けないわ」
「いいじゃん! 備忘録とか書いてもさ。ちょっとお洒落な感じ出てるじゃん!」
「そうね。中学二年生くらいの男の子がしそうなお洒落よね」
「ひどい!?」
夕凪さんの的確なボディーブローが的確に僕の急所を刺してくる。え、本当に恥ずかしいの? 高校生じゃ書かない感じ? どうしよう、あのノート玄さんとかにも見せちゃった気がする。
「はいはいそういう事は後でやってね。つまりはあれかい? 君たちが図書室にいた時、犯人もその場にいたって事かい?」
ダメージを受けた僕を見かねたのか、師匠が話を進めてくれる。
「は、はいそういうことになりますね」
「君たちはその時、不審な人を見かけたりはしなかったのかい? 容疑者の顔はもう知っているわけなのだから、その内の誰かがその場にいたとかさ」
少しでも手掛かりはないかと師匠が話を振ってくるが、僕達はそろって首を振る。
「僕は見てないかな。それにこの写真の写り方だと、僕は背を向けているだろうし」
「私も変な人は見かけなかったわ。ノートに備忘録って書いちゃうような人くらいで」
「蒸し返さないでよ!」
「ふむ、そうか……」
師匠はそう呟いた後、物事を考えるように腕を組む。
「どうかしたんです?」
「いや、何でもないとも。まぁ参考になったよ、夕凪君もありがとうね。写真はいったん返すよ」
写真と手紙を封筒へと戻し、夕凪さんへと渡す。夕凪さんは受け取った写真を鞄の中に詰め込み、帰り支度を始める。
「あぁそうそう、カップはそのまま置いておいてくれて構わないよ」
「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて、坂鳥君帰りましょうか」
夕凪さんに話しかけられ、僕はなぜかさっきのデートの話を思い出してしまった。もしかしたら少し顔が赤くなっているかも知れない。僕も急いでなるべく顔を合わせないように出口に向かう。
「う、うんそうだね。帰ろうか」
「デート、楽しみね」
「あまり期待しないでくれよ? 僕も初めてなんだから」
「あら、私も初めてよ。ふふ、素敵な一日になるといいわね」
そういって彼女は微笑む。
これさぁっ! 僕の事を完全に堕としに来ているよねえっ! やめてくれよ夕凪さん。僕は童貞なんだぜ? 女の子のちょっとしたセリフにときめいちゃうお年頃なの! 『あれ? この子もしかして僕の事好きなんじゃね?』とかマジで考えちゃうようなお年頃なんだよ!
ちくしょう! 体がカチンコチンになっちまったじゃねぇか!
「はいはいはいはい、話は終わったんだろ!? もう帰ってくれないかなぁっ! 何? 君たちここにラブコメしに来たの? 独り身の私の前で?」
独り身の師匠にとってもツライ光景だったのだろう。いつもより言葉尻が強く感じる。
「行きましょ」
早く帰らないといけないと感じたのか、夕凪さんは僕の手を握り、資料室の外へと引っ張っていく。
ええとさ。それは僕にとっても師匠にとってもオーバーキルになるんだぜ?
「出てけぇええええ!」
部屋を出る時、後ろからそんな声がした。
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