第13話 不覚にも胸がときめいた
「おやおや、彼女同伴で入ってくるとは随分と成長したものだね君も」
僕と夕凪さんが資料室に入ると、師匠はいつもの通り一番遠くの席に座りながら僕たちを迎えた。
ニヤニヤしながら変な事言ってくるし、多分からかっているのだろう。
「いやぁ師匠みたいに寂しい青春は送っていないので。大丈夫ですか? 一生独り身とか辛いと思いますよ? 今はいいかも知れないですけど、年を取った後ふと思うんじゃないですかね、『あぁ、あの時もっと青春していればよかった』って。そんな事を考えながら一人寂しく死んでいくんですよ。あぁなんて可哀そうなんだ師匠は」
仕返しとばかりに精一杯皮肉を込めて言う。もちろん大袈裟な身振り手振りを忘れずに。
「なんて事を言うんだ君は! 少年だってつい最近までこっち側の人間だったくせに! 宍倉君と仲良くなった途端にそれかい? あーあー嫌だねぇ、所詮人間なんて自分にとって都合の悪い事は無かったことにしてしまう生き物なんだ。私は悲しいよ、あの頃のキラキラとしていた少年はもういないだね」
師匠は立ち上がって喚き出し、長い髪を揺らしながらやれやれと嘆いている。
というかぼっちは別にキラキラしていない。
「冗談ですよ冗談。僕に彼女なんて出来るわけないじゃないですか」
「だよね」
けろっとした顔をして椅子に座り直す。
「おいぶん殴るぞ」
「ひいっ!?」
師匠はわざとらしくビビり、机の上に置いてあった本で顔を隠す。口元が一瞬見え、ニヤけているのがわかった。多分楽しんでいるのだろう。
まったくこの師匠は……
その反応にため息をついていると、後ろから服の裾を引かれている事に気付く。後ろを振り返ると夕凪さんが仏頂面でこっちを見ていた。
「坂鳥君、いつになったら紹介してくれるのかしら」
「あぁごめんごめん、あの黒髪ロングの大和撫子に見えなくもない残念な人が僕の師匠、
「残念とはなんだい残念とは」
遠くからそんな事を言っているが、こればかりは聞き入れる事ができない。
「なんだか坂鳥君みたいな人ね」
「どこがっ!?」
夕凪さんのあんまりな言葉に僕はつい声を荒げてしまう。反対に師匠は満面の笑みを浮かべ、うんうんとうなずいている。
「そうだろうそうだろう! 夕凪君はとても良い子だねぇ。どうだい? こっちにきて一緒にお菓子でも食べないかい? 実は貰ったばかりの美味しいチョコレートがあるんだ」
師匠は久しぶりに孫に会ったおばあちゃんみたいに夕凪さんを招き入れ、お菓子とお茶を用意する。なんて好待遇なのだろう。でもさっきの言葉に喜ぶ要素なんてあったか?
「ありがとうございます。それと知っているみたいですが、一応自己紹介させて頂きます。二年二組の
「うんうん、よろしく頼むよ。少年もそこに突っ立ってないで座りなよ。君の分も出すからさ」
僕がそのまま入り口に立っていることに気付いたのか、師匠は僕にも手招きをしてきたので、夕凪さんの正面、師匠から見たら斜め左の席に腰をかける。
じゃあ遠慮なく……
「ありがとうおばあちゃん!」
「誰がおばあちゃんかっ! 君は本当に一言多いね。そんな態度だとこの美味しいチョコレートはあげないぞ」
本当に美味しいチョコレートなのだろう。師匠はチョコレートを背に隠し、僕にあげないアピールをする。
「すみません師匠。いちいち反応してくれる姿が可愛らしくてつい。反省するのでそのチョコレートを僕にもください」
「そそそ、それなら仕方がないね! もう! しょうがないなぁ君は、今回だけだぜ?」
一瞬にして上機嫌になり、チョコレートを二つ渡してくれる。
ははっ、ちょろい
僕は赤い紙で出来た高そうな包み紙を解き、中に入っている丸いチョコレートを口に入れる。
おお、確かに凄く美味しい。濃厚な味わいが口の中でゆっくりと溶けていく。この風味はナッツだろうか? どこか香ばしい匂いが鼻を抜けていく。これは確かにもっと食べたくなるな。夕凪さんみたいに。
「あっ、君っ! 何で私の分まで食べちゃうんだ! せっかく楽しみにしていたのに」
師匠は今の今まで気付かなかったのか、夕凪さんに自分の分のチョコレートを食べられていた。
「すみません。美味しかったから、つい」
夕凪さんは悪びれる様子もなく美味しそうにもぐもぐしている。流石だぜ。
「礼儀正しい子だと思ったらびっくりだよ!」
「まぁまぁ師匠。そんなに怒らないで、僕のをあげますから落ち着いてください」
「そっそうかい? でも口の中に入れちゃったんだろ? それを貰うっていうのはちょっと……」
何故そんな発想になる。そして顔を赤くするんじゃない。
「違いますよ。ほら、まだ一つ食べていないんです。こっちの事です」
そう言って師匠に残っていたチョコレートを手渡した。すると師匠はさっきよりも顔を赤くし、そっぽを向いて何かゴニョゴニョ言っている。
「あっ、あーそうだね。そうだよね。普通そうだよね。全く君は、何を考えているんだい」
こっちのセリフである。
仕方がない。これ以上師匠がポンコツになる前に最低限の話だけでも伝えておこう。
「それで師匠、そろそろ依頼に関する話をしたいんだけど」
「うむうむそうだったね。まずはざっくりと話を聞かせてもらってもいいかい?」
そうして僕は、これまでにあったことをまだ赤い顔をしている師匠にかいつまんで説明した。
「なるほどね。じゃあ僕にお願いしたいことっていうのは、夕凪君に告白してきた人間の情報集めってことか。それで? 手の空いた君はこれから何をするつもりだったんだい?」
「容疑者の顔は分かったし、夕凪さんの側に現れたら気を払う事はくらいはできるんですけど……何かいい案無いですかね?」
「おや決まっていなかったのかい?」
「いいえ、決まっているわ」
夕凪さんが胸を張ってそんな事を言うが、僕は全く心当たりがない。
夕凪さんは立ち上がり、テーブルを迂回して僕の目の前までゆっくりと歩いてくる。一体何を企んでいるのだろうか。
遂に目の前まで来た夕凪さんは、僕に向かって右手を差し出す。そして……
「坂鳥君、私とデートしてくれないかしら」
デートの申し込みをされた。
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