第12話 無言の圧力に屈しました

「それで、次は何をするの?」


 目の前に座る夕凪さんが、思い出したかのようにそんなことを口にする。


 現在は放課後、図書室へと集まった僕たちは、前回と同じく一番奥にある席に座って話をしていた。議題はもちろん、ストーカー犯についてである。


「うーん、実はちょっと迷っているんだよね。僕や夕凪さんじゃ、正直これ以上の調査はどうしても難しくなってくると思うんだ」


「どうしてそう思うのかしら」


 夕凪さんはいまいちピント来ていないのか、そんなことを口にする。


「だって夕凪さんは、容疑者や周りの人達に聞き取り調査しづらいでしょ? 被害者だし。それに僕はコミュ障だから、聞き取りなんて高度な事できないんだよ」


「コミュ……障?」


 引っかかるところでもあったのだろうか、彼女は眉をひそめて首を傾げる。


「ん? あぁコミュ障って言うのは……」


「意味くらい知っているわ」


「えっ? じゃあ何が疑問なのかな」


「坂鳥君、貴方は決してコミュ障ではないと思うわ」


「そんなことないって、思い出しても見てごらんよ。僕が誰かと親しげにしゃべっているところを見たことがあるかい?」


「でも宍倉君や私とは普通に喋れているじゃない」


「まぁそうだけどさ。うーん何て言えば良いのかな……あーあれだね、内弁慶ってやつなんだろうよ僕は。だから彼や夕凪さんとは普通に話せているんだと思う」


「残念ね、坂鳥君は話すと結構面白いのに」


 彼女の素直な感想なのだろうか。そんな事を言われてしまっては顔が赤くなる。


 僕は表情を悟られないように顔を少し逸らす。


「あーその……話を戻すけど、別に聞き取り調査をしないとは言っていないんだ」


「どういう事?」


「聞き取り調査は得意な人にお願いしようと思ってさ」


「あら、そんな人がこの学校にいたのね。まさか坂鳥君に私と宍倉君以外の知り合いがいたなんてびっくりだわ」


「失礼な! ちゃんといるともそれくらい。しかも他にもまだ一人、知り合いと呼んでもいい人がいるんだぜ?」


 水柿さんのことである。


「そ、そう……それは良かったわね」


 夕凪さんは少し同情した様な顔をして僕を見てくる。


 ヤメテクレ、そんな目で僕を見ないでくれ! いいじゃん、つい最近までは一人だけだったんだ。むしろこの二ヶ月で、一気に三人も連絡先をゲットした僕を褒めて欲しい。


「おっとそうだった、その人にお願いする前に夕凪さんに確認を取りたいんだけど、盗撮の件はその人に話しても大丈夫?」


「別に構わないけど……」


 そう口にしてはいるが、ちょっとだけ表情が曇っている気がする。やはりと言うか、当然と言うべきか、あまり他の人に知られたくないのだろう。


「まぁ安心してよ。その人は女だし、僕の師匠でもある人なんだ。変なことにはならないと思うよ」


「師匠? 坂鳥君の?」


 何だか『師匠』というワードにすごく反応している気がする。心なしか興奮しているようにも見えるし……


「そうそう。こう言っては何だけど、彼女に調査を任せれば、高い確率で欲しい情報を手に入れられると思うんだ。お悩み相談みたいなこともしているしね」


「お悩み相談……その人は生徒会か何かに所属しているのかしら?」


「いや別にそういう訳じゃないんだけど。うーん、何て言ったらいいのかな、探偵みたいな事を個人でしてるんだよね」


「探偵……」


 顎に手を当てて考えるそぶりをしているが、口元がにやにやしているのがわかる。


 調査のためにあんぱんと牛乳を用意したくらいだ。きっと彼女はそういうのが好きなのだろう。


「で、相談してもいいかな?」


「わかったわ。坂鳥君の師匠なら安心してお願いできるわ」


「じゃあ早速だけど、師匠に相談してくるね」


「待ちなさい、私も一緒に行くわ」


「え?」


「行くわ」


「本当に?」


「行くわ」


「…………」


 できれば僕一人で行きたいんだけどなぁ。師匠と話しているときの僕はいつもよりも口が悪くなるし、何か理由を付けて断ることはできないだろうか。


「もしかしてだけれど、私を置いて行こうとか考えていないかしら」


 ……バレてる。


「ととととりあえず外に出ようか」


「じーーーー」


「いや、こっち見てるのは伝わってるから、別に口で言う必要は……」


「じーーーー」


 ……え? これ僕がイエスって言うまで続く訳じゃないよね。


「じーーーー」


「分かった、分かったから。降参、降参です。そんなに見ないでよ。一応向こうに確認してみるけど、無理だって言われたらちゃんと諦めるんだよ?」


「わかったわ」


 一応納得してくれた。


 僕はポケットからスマホを取り出し、師匠にメッセージを送る。すると一分も経たない内に返信が返ってきた。


 師匠はもしかしなくても暇なのだろうか? 


「夕凪さん、師匠から連絡きたよ」


「返事はどうだったのかしら」


「連れてきなさいだってさ」


「ふふん、師匠さんは坂鳥君と違って物分かりの良い人のようね」


「僕を引き合いに出す必要なくない!? とりあえず片付けてから向かおうか」


 机の上に広げた荷物を鞄の中に詰め、図書室を出る。


「それで、そのお師匠様には何処に行けば会えるのかしら」


 図書室を出た辺りで夕凪さんにそんな事を言われる。


「あぁ、そういえば言っていなかったね。師匠がいるのは特別棟にある資料室だよ」


「そんな所あったかしら」


「知らないのも無理はないと思うよ。今は殆ど使われていないみたいだしね。師匠はそこを使って暇を潰したり、相談事を受けたりしているんだよ」


「専用の部屋ね、私も一つくらい欲しいわね」


「師匠に掛け合ってあげようか? 後継者探しているみたいだったし」


「坂鳥君は後継者じゃないの?」


「まぁね。ほら、僕ってば内弁慶じゃん? だから依頼なんてまともに受ける事できないんだよね」


「それは残念ね。案外似合いそうなのに」


 彼女は何を基準にしてそんな事を言っているのだろうか? 


「夕凪さんが探偵になったら手伝いくらいはするからいつでも頼ってね」


「別にいいわ。私も人と話すの得意じゃないもの」


 そんな事を話しながらしばらく歩いていると、目的地である資料室の前に辿り着く。


「さて夕凪さん、ここが僕達の目的地である資料室だ。準備はいいかい?」


 ここを通ったらもうセーブ出来ないんだぜ?


「何か準備が必要だったのかしら」


「いや気にしないで」


 どうやら特に問題ないらしい。そうと決まれば早速中に入りますか。


 僕はいつものようにノックをせずドアを開けた。


「師匠、いますかー?」

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