第9話 これは、正義の行いである

 昼ご飯を食べた僕と夕凪さんは校舎の中に戻り、近くの階段下で作戦会議をする。本当は食べている時にすればよかったのだが、そんな空気じゃなかったため、今行うことになったのは内緒だ。


「早速だけど一階にある三年生の教室から確認してもいいかな?」


「そうね、場所も近いし特に問題はないわ」


「で、三年生の特徴だけど……」


「図書室でも話したと思うけど、比較的わかりやすい特徴をしているわ。まず一人目が『プリンみたいな髪色をした太っちょ』、次が『坊主頭で浅黒のムキムキマッチョ』、最後が『ほぼほぼパンツが見えてる腰パン出っ歯』、この三人が私に告白してきた三年生よ」


 やっぱり何度聞いても個性的である。あれだろうか、夕凪さんは比較的変な人に好かれやすいのだろうか。ストーカーの件もあるし……


「坂鳥君、今貴方失礼なことを考えなかったかしら」


 少し逡巡していると、横から夕凪さんが顔を覗かせてくる。意外と鋭い、これが世に聞く女の感というやつだろうか。というか顔が近い、夕凪さんとの会話には慣れてきたが、まだこういった事には耐性がない。


 僕は赤くなる顔を隠すようにそっぽを向く。


「そそそそんなことないよ」


 おっと動揺が……


「……まぁいいわ。それで? 具体的にどうやって確認していくのかしら。三年生の教室を一つ一つ確認するのはなるべく避けたいところなのだけれど」


 そういって少し気まずそうな顔をする。いやまぁ僕だってそんな方法はなるべく取りたくない。三年生の教室前を通るだけなら緊張なんかしないが、教室の中を確認するとなると話は別だ。もしかしたら話しかけられるかも知れないし、そんな事はなかったとしても注目を集めてしまうのは確実だ。特に夕凪さんは、告白して来た相手と鉢合わせてしまうかも知れないのだ。もし犯人なら怒り心頭だろう、隣にこんな素敵ボーイがいるのだから。心中は察する。


「確かにそれは避けたいね」


「だって私の魅力にやられて九人目が現れても困るもの」


 全然察せていなかったよ僕。でもまぁどんな理由にしろやる事はもう決まっている。


「取り敢えず夕凪さんはここで待っていてよ。いったん僕が見てくるからさ」


「あら、私が一緒に見に行かなくてもいいの?」


「これだけ特徴があればね」


 それだけ言い残して僕は行動に移る。取り敢えず端から端まで歩いてみようか。見つからなかったら見つからなかったで構わない。まぁ戻る時少し恥ずかしいけど。


 スマホをポケットから少しだけ出して操作する。そして各々の教室の前を通り、中をチラ見。一番奥の教室まで来たら折り返して夕凪さんの元へと帰る。


 夕凪さんは廊下の角から少しだけ顔を覗かせて僕の方をじっと見ていた。


「坂鳥君、貴方はちゃんと教室の中を見たのかしら。いえ、疑っているわけではないのよ。ただ、殆ど教室の中を見ているようには見えなかったものだから」


「あぁまぁそうだよね。とりあえず上で話そうか。あまりここにいるのもあれだし」


 そう言って僕は三階より少し上、屋上に出る扉の前まで夕凪さんを誘導する。屋上は基本的に開放されていないので、ここにはあまり人は来ない。まぁたまに不良とかがいるんだけど、今日は誰もいないみたいだ。


「いやぁ、久しぶりに三階まで登ると少し疲れるね」


「久しぶりって言うほど時は経っていないと思うのだけれど。まぁいいわ。それで? わざわざここまで足を運ばせたと言う事は、何かしらの成果はきちんと出ているということよね。もしなんの成果も得ていなかったのであれば、もう一度一階まで行かなくてはならないのだけれど」


 そこまで考えていなかったとは言えない……


「ま、まぁとりあえず確認をしてほしいんだけど、この写真を見てくれる?」


 僕はポケットからスマホを取り出し、画面を夕凪さんの方へと向ける。そして一枚ずつスライドしていき確認を取る。


「ど、どうかな?」


 あまりに反応がなくて不安になった僕は、ご機嫌を伺うように夕凪さんに聞いてみる。


「坂鳥君はあれかしら? ストーカーの天才というやつなのかしら」


「なんて暴言!?」


 自分でも気にしてたんだぜ?


「ご、ごめんなさいね。あまりに上手に撮れているものだからつい本音が」


 慌てた様子で訂正してるけど、本音って言っちゃってるからね。


 僕がジト目を向けると、夕凪さんは一瞬顔を逸らす。


「でも坂鳥君も悪いのよ? 周りに一切バレずにこれだけの写真を撮ってきたのだもの。手を借りる相手を間違えたのではないかと少し怖くなったわ。私を不安にさせたのだから、むしろあなたが謝りなさい」


「えぇ……理不尽。で、その反応を見た限りだと、写真の方は問題ないってことでいいのかな」


「そうね、写真は問題なかったわ」


「他に問題があったみたいな言い方しないで欲しいんですけど! ……じゃあ同じ要領でやってくから夕凪さんは待っててくれる?」


「えぇ、検討を祈るわ」


「どうしたのさ急にかしこまっちゃって、大丈夫だよ、次に行くのは一年生なんだから」


「いえ、そういうことじゃないのよ。今ふと思ってしまったの。もし、もし仮にだけれど、あなたが写真を撮っているところが見つかってしまったら、ただじゃ済まないと思って」


「え……」


「しかもその写真に写っているのは全て男、話題が話題を呼んで大変なことになるかもしれないわ」


 マジかよ。


 僕は夕凪さんの言葉を受けて、今まで自分がしてきたことを振り返る。そしてその結果から、僕が行っていたことが、どう考えても盗撮であると思いいたってしまった。


「……どうしよう夕凪さん。僕、そこまで考えてなかったよ」


「ミイラ取りがミイラになった、という事かしら。でも安心なさい。犯罪はね、バレない限り犯罪ではないのよ。どこかの偉い人が言っていたわ」


 いや、偉い人はそんなこと言わないと思う。だけども僕はそれを指摘することは絶対にしない。指摘してしまったら僕が悪いことになってしまうのだから。


「それにね坂鳥君。あなたがやった事は素晴らしい事なのよ。ストーカーの被害にあって恐怖に震えている女の子の為に、自分を犠牲にしてでも犯人を特定しようとする。その行動が正義でないのだとするならば、この世のいったいどこに本当の正義があるというのかしら。だから誇っていいのよ。あなたは今、正しいことをしているの」


 夕凪さんは僕の両肩に手を置き、やさしい眼差しで囁くように僕に言う。


 確かにその通りだ、僕は何を迷っていたのだろう。こんなにも僕のことを考えてくれる女の子がいるんだ。しかも今、その子のためにできることがある。ならここで行動しないのは男じゃない。僕は心の隙間に入り込んだ怯えを吹き飛ばし、使命感に満ちた目で夕凪さんの目を見つめる。


「もう、大丈夫みたいね」


 慈愛に満ちた目が、僕の瞳をまっすぐ捕らえる。


「うん、ありがとう夕凪さん。僕、行ってくるね」


 そういって僕は、少し軽くなった体を前へ押し出すようにして、一年生の教室がある方へと向かって行った。

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